3、浄化施設にて
やけにひりひりした足の裏の感覚と、寝違えたような首の痛み、そして強烈な頭痛と吐き気に目を覚ます。
身体を起こして正面を見ると、オドシーさんと目が合った。
ーーーゾクゥッッッ!
一瞬で全身に鳥肌が浮かび、血の気が引いていく。
おかしいな、何故かオドシーさんが物凄く恐ろしい鬼に見える。
思わず目線を外し、オドシーさんを視界に入れないようにすると、少しマシになったので、そのまま、ちらりと目線だけを周囲に向ける。
周囲には、2メートルぐらいの間隔で、ぐったりした人がずらりと並んでいる。
横8人、縦8人で俺を含めて64人か、どうやら気絶してる人もいるみたいだが……
あの人たちも俺と同じような状態になっているのかな?とか考えていると、一人、また一人と、気絶していた人達が起きだしてきた。
その風景をぼーっと眺めていると、オドシーさんの声が聞こえてきた。
「はーい、みなさんお目覚めですねー。
お目覚めみたいなので、これから浄化施設の説明をさせていただきまーす。
楽な姿勢で聞いてくださいねー。
私も楽な姿勢でお話しますからー。」
そういって、オドシーさんはどこからか取り出したクッションにごろんと寝転び、ドーナツを片手に取って話を続ける。
どうやら、社交辞令とかではなく、本当に楽にしていいようだ。
しかし、このだらしない格好を見ていると、どうして恐ろしく感じていたのかが不思議に思えてくるな。
「まずは、一人一冊資料を配るので、そちらをご覧くださいませー。」
そう言って、本を載せたラジコンカーを操作して、一人一人の目の前に資料を運んでいくオドシーさん。
その手つきは熟練されたやる気のなさを感じさせる、ある意味でとても鮮やかなもので、ちょっとだらしないお腹周りの原因が見えた気がする。
さて、俺のところにも資料が来た。
早速読むとするか。
1、「魂」ってなに?
基本的に中央部にある「核」と、周囲を覆う「エネルギー」からなる、生命の根源にあるものです。
現在のあなたたちの状態も、これにあたります。
「核」が傷つかない限り、消滅する事はなく、また、「エネルギー」に覆われている状態であれば、基本的に「核」は傷つきません。
ただし、「魂」は自力で動く事のできる何か……大半の場合は肉体ですが、肉体と結びついていないと、徐々に「エネルギー」が失われ、やがて「核」も損壊してしまいます。
そうならないために、肉体の死後、「魂」を回収して、「転生」までを管理する施設……つまり、現在私たちがいる場所が存在しています。
2、「エネルギー」ってなに?
感情や記憶など、生きているうちに感じた全てのものが「エネルギー」です。
「エネルギー」は生きているだけで「魂」が取り込んでいき、肉体が正常な限り保護されます。
ただし、肉体が危機に瀕した時などに漏れ出して、肉体の限界を超えた動きを行うために消費される事もあります。
また、「魂」が取り込もうとしたものの、性質が今まで取り込んだ「エネルギー」と相容れず、取り込めなかった部分の事を「汚染部分」と呼びます。
これが「魂」の周囲全てを覆ってしまうと、それ以降「魂」が「エネルギー」を取り込む事はなくなってしまいます。
「汚染部分」は時間の経過と共に徐々に剥がれ落ちていきますが、そのペースはとても遅いため、「汚染部分」が多く溜まってしまうと、溜まり続けた「汚染部分」に「魂」が圧迫され、悪化すると押しつぶされて消滅してしまいます。
そういった時は「魂」の防衛本能が働き、自然と命を絶ち、「魂」だけの存在となって死後の世界に送られます。
基本的に、生きている時に、罪悪感や苦痛を感じたものが「汚染部分」である事が多いため、環境や心境が劇的に変わる事により「魂」の性質が変わり、「汚染部分」が取り込まれる事もあります。
3、「浄化施設」ってなに?
「汚染部分」が多く、自然に剥がれ落ちるのに長い時間がかかる魂があった場合、「汚染部分」がなくなる前にエネルギーが全て尽きてしまう危険があります。
そこで、「汚染部分」を無理矢理「エネルギー」ごと削ることで、短時間での「汚染部分」の除去を行います。
この除去を行うのが「浄化施設」です。
4、「浄化施設」を出た後はどうなるの?
どこかの世界に送られ、その世界で生きていく事になります。
これを「転生」といいます。
「転生」した世界でまた「魂」を成長させ、浄化⇒成長⇒転生⇒浄化……のサイクルを繰り返し、ある程度までエネルギーを取り込んだ「魂」は、この死後の世界を維持する役割を担う事になります。
死後の世界の維持できるまで成長した「魂」は、よほどの事が無い限り「汚染部分」がつく事はありませんので、その後は自力で大抵の願望は叶えられますし、「魂」単体で行動できるため、基本的に不老不死となります。
5、まとめ
私たちの目的は、皆さんの「魂」を成長させて、手伝ってもらうことです。
そのため、死後の皆さんが快く「転生」出来るように、協力は惜しみません。
なので、皆さんは安心して、ここで「汚染部分」を落として「転生」に臨んでください。
・
・
・
早々に読み終わってしまった。
しかし、手持ち無沙汰になって、改めて冷静に周りを見渡してみると、ここにいる人、皆、日本人っぽいな。
それも、何となく暗そうな雰囲気の人や荒っぽそうな人が多い。
日本人だけ集めたのか、それとも日本人がストレスを溜め込みやすいのか……
まあ、生活水準は高いはずなのに、やけに息苦しい雰囲気があったからな。
やっぱりあれか、土地が狭いからかな。
しかし、「転生」か。
海外へ行った事はないけど、日夜武術家が覇を競っているような素敵な国は現代では聞いた事がないし、もし「転生」先を選べるなら、また日本に産まれるのもいいかもしれないな。
なにより、トンファーが習えるし。
「みなさん資料は読み終わりましたねー。
という事なのでー、ここに来た皆様方は魂が汚染されすぎていて、汚染部分の自然剥離なんて待っていたら何億年かかるかわからないのでー、汚染されていない所が出るまで魂をゴリゴリ削ってしまおうという話なのですー。」
そんな事を考えていると、雰囲気を見て判断したのか、オドシーさんが資料の説明内容を一言にまとめて締めくくった。
というか、なんか物騒な擬音が付いてたな……
物騒な擬音が気になったのか、大人しそうな少女が質問する。
「あ、あのー。魂をゴリゴリ削るのって、具体的にはどんな事をするんですか?というか、痛かったりしますか?」
「はい、とっても痛いですよー?
具体的には、みなさんの身体を、ヤスリでごしごししちゃいますー。
あ、その際ですが、皆様方が抵抗されないように、浄化の際はベッドに縛っちゃいますのでご安心をー。」
「間違って核の部分まで削っちゃったら大変ですものねーミ☆」等とのたまうオドシーさんの笑顔に、辺りは騒然となる。
「何で僕がこんな目に……」とか「ふざけないでよ!」とか色んな声が聞こえる。
あ、今、叫んだ人の口にラジコンカーが突っ込んだ。
やっぱりこの人、鬼だわ。
「他に質問ある人いますかー?」
だがまて、魂を削る?
つまりこれは、俺自身が完全にトンファーになるチャンスではないだろうか。
それを確認するために、俺はお姉さんに質問する。
「俺からも質問いいですか。」
「はいはーい。なんですかー?」
「魂を特定の形に整形する事は可能でしょうか?」
(もし出来るなら、最悪、汚染部分以外を削る事になってもかまわない、形もトンファーに整えて、名実共に「トンファー・オブ・トンファー」に……)
「一応、可能だけどー。
魂の形は容姿とかに影響する事もないし、転生先も魂の質でしか変わらないから、形を変えても転生候補が減って、転生先でも才能とか能力が減っちゃうだけで特に良い事は無いですよー?
ちなみに、どんな形に整形したいのかなー?」
「俺は、どうしてもトンファーになりたいんだ。
というか、俺がトンファーだ。」
周りから「お前は何を言っているんだ?」とでも言いたげな視線をひしひしと感じる。
「あ、無機物は転生先には選べないわー。
後、どんな削って形に変えても、結局、魂って「転生」先の肉体の形に落ち着いちゃうから意味が無いですよー。」
「なん……だと……」
トンファーになれない……のか。
俺は絶望した。
同時に、黒い煙のようなものが自分の周りに生まれだした。
なるほど、これが汚染部分か。
それを見てか、隣にいた人が悲鳴をあげる。
「あ、でもでもー。
魔法の概念がある世界なら、魂を無機物に移す事が出来るから、それならトンファーになる事は可能ですよー。
魂を受け入れ可能な良質の素材と、高い魔法の技術を覚えないとダメなんだけど、剣とか槍になった人はいたから、多分出来ると思うわー。」
なるほど、トンファーになる事は可能なのか。
俺は希望を取り戻した。
黒い煙のようなものが俺の中に納まっていく。
「あらあら、「トンファー・オブ・トンファー」さん、すごいですわねー。
一瞬でこんなに魂の性質を変えるなんて、中々出来る事じゃないわー。」
なるほど、これが環境や心境の変化で魂の性質が変わるって事か。
「というか、こんな事が出来るなら、普通は「浄化施設」なんて来ないんだけどー……
とりあえず、今の「トンファー・オブ・トンファー」さんの「魂」と「汚染部分」を見させてもらいますねー。」
そういって、オドシーさんは俺を抱きしめた。
柔らかい、温かい、適度な弾力と、三拍子揃った素晴らしい感触だ。
しばらく抱きしめられていると、オドシーさんの手が頭、肩、脇、腰と上から順番にぽんぽんと軽く叩いていく。
空港とかのボディーチェックみたいだな。
ボディーチェックを終えた後、オドシーさんが驚いたような表情で、拍手をしながら俺から離れていく。
「あら、あらあらー。
「トンファー・オブ・トンファー」さん、おめでとうー。
「浄化施設」を使わなくても、これなら、すぐにでも「転生」できますよー。」
「本当ですか!
なら今すぐトンファーになれる世界に「転生」させてもらえないでしょうか?」
「いいですよー。
では、「転生」のための施設にお送りしますねー。
他の皆さんはちょっと待っててくださいねー。
あ、「トンファー・オブ・トンファー」さんは、こちらの布を口に巻いてついてきていただけますかー?」
言われるがままに渡された布を口元に当て、そのまま布の端を後ろで結……ぼうとしたところで、かすかな刺激臭を感じ、俺の意識は薄れていく。
あれ……前にもこんな事があったような……
そんな既視感を感じながら、俺は意識を失った。
「あ、そうだ。
皆さんも、「トンファー・オブ・トンファー」さんと同じ事が出来たら、すぐに「転生」できますよー。
ポジティブシンキングが鍵なので、頑張ってくださいねー。」
オドシーさんは去り際にそう言って、「トンファー・オブ・トンファー」をスポーツカーも真っ青な速度で引き摺っていった。