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家の掃除機が異世界に繋がっていた。第7話 魔術代、月末締めの10日払い。

「名称はハリェセン。棍棒の一種で打撃系武器だが、素早さが上がる代わりに力が半減する」

「……言いにくい名前だな。ってか、力半減って使えねえ武器だな?!」


 これをくれた冒険者はそのまま夜の町に消えてしまった為、スローフェルにハリセン、もといハリェセンの説明を求める。

目の前にあるのはハリェセン。

ドタバタ喜劇やドツキ漫才などで古の日本にて使用されていた、攻撃力の低い武器だ。

その効能から、バラエティ雑貨などでもいまだに売られている。


「……で、コレをどうしろと?」

「……肩を叩いて凝りを解す?」

「……いや、無理だろ」


 撓りがある紙のような布ようなその素材はあまり効果は無さそうだ。

 天は不意に己の左手に視線を落とす。

咲き乱れるハイビスカスのような花の腕輪。

そして、背中にでも装備するのか、持ち手に簡素なヒモが付けられたハリェセン。

両方を装備した己を想像し、天は身震いしながら両手を頭に乗せテーブルに顔を埋めた。


「……俺、笑いモンになる為に異世界来たんかよ!!」

「て、テン、しっかりしろ!あ、ほら、これ凄いぞ!伸縮機能が付いてこんなに小さくなったぞ!」


 スーロの言葉に視線を上げると、スーロの掌に小さなハリェセンが乗っかっていた。

使用者の意図により、大きさを変えられる武器のようだ。


「へー、すげえな。で?どうすんだ?」

「……いや、その……そうだ!誰かが巫山戯た事を言った時、これで叩くのはどうだ?」

「いや、それ、元々そういうツッコミ道具だし……あ、そーか」


 天はハリェセンの使用方法を理解する。

スーロのボケにツッコミを入れろ、とそういう事か、と。

しかし元々お笑いをやる気の無い天にハリェセンはハードルが高かった。

ハリェセンを振り上げる事で周囲の注目を浴び、笑いの中心となる勇気を持ち合わせていなかった。

というか、持つ気もなかった。


「ところでスーロ、何でこの腕輪から花が生えてみんなが喜んでたんだ?」


 先程の食堂での出来事、『よくやった』と言わんばかりのスーロの態度にはこういう状態になった理由が分かっているように感じられた。

その理由を聞こうと腕輪からスーロへと視線を動かす。


「何故かなど分からんが、皆が喜んでいた。流石だな、テン!……で、どうやって花を出したのだ?」

「……それを聞きたかったんだけどな……」


 スーロの期待外れな言葉に天はテーブルの上に俯せ、腕を伸ばした。


「……いや、まあいいや……もう寝よ……」


 ぐったりと疲れ切った天は小さくなったハリェセンをズボンのポケットに捻じ込み、スーロと共に部屋へと戻っていった。



「……はあ……」


 ベッドに倒れ込み天は大きく息を吐く。

このカプセルホテルの部屋の中は天がネットで見た物より遙かに大きかった。

それはこの世界に住んでいる人間との体躯の差だろうか。

足を伸ばし、手を頭の下に敷いて天井を眺める。

小さな窓からは町の灯りが微かに注ぎ込んでいる。


「……結構便利な世界でよかったな」


 天は先程行ったトイレを思い出す。

水晶のような透明な石を彫った物である事には驚いたが、ボタンを押すと水が流れるそれは現代とあまり差が無く清潔で美しかった。

コンセントなどの電気系統が通っている様子はなかったがどうやってそこまで発展したのだろうか。


(何処の世界でも人間は逞しい、って事か)


 天はゆっくりと目を閉じ、眠りに就いた。




「今日は10日か!すまん、テン。ちょっと入金したいのだが構わないか?」

「へ?入金?」


 眠りから覚めた二人は朝食の場で今日の予定を話し合っていたその時、スーロが何かを思い出し、パンを千切っていたその手を止める。

まるで元の世界に戻ったような単語に天もスープを掬っていたその手を止め、スーロを不可解な面持ちで見つめた。


「そうだ。毎月10日は魔術代を精霊に入金する日だ」

「ま、魔術代?!!せ、精霊に?!!」


 考えもしなかった言葉に、天は目を見開きスーロを凝視する。

そんな天の様子にスーロは世界の魔術状況を説明し始めた。


「魔術を使う呪文はそれぞれの属性精霊が人間などにも力を貸す為作った物だ。それを唱える毎にレンタル料として料金が掛かる。借りた魔術には金を払うのがこの世界の基本義務だ。この店のトイレや電気、料理に使う火も全て魔術レンタルシステムで稼働している」

「なん……だと?」


 道理で便利なはずだ。

要するに元の世界の電気やガスなどの役割を魔法が全て担っていると。

そしてそれはやはりお金が掛かると。


「んじゃ、川の水も飲む度金が掛かんのか?!!」

「……そういえばそれは請求された覚えがないな。あれは精霊にとって遊びだから純粋に恩恵に授かっているのだろう」


 天の質問にスーロは考えもしなかったように感心しながら質問に答える。

川のように特別な恩恵は極稀にあるが、基本的に現存する魔術を発動させれば、使う意志が無かったとしても料金が発生するようだ。


(……ファンタジーもクソもねーな……)


 金に汚い精霊とかあまり良い印象が浮かばない。

そもそも精霊が人間の通貨を得てどうしようというのか疑問だが、それ以上の疑問が天の中に浮上した。


「……んじゃ、回復術とかも借りればいいだけじゃね?」

「それを行使するだけの魔力が有れば勿論可能だ。借りるにも資格がいる、という事だな。私も今では明かり魔術位しか出来ん。魔力が足りても攻撃魔術は一切使えなくなった」

「なるほど」


 魔力が高かったらしい元魔王の言葉は妙な説得力があった。

例えるなら、天がパワーショベルを借りるとする。

操作方法も知らない天が乗り回せば大パニックを起こす事は必至だ。

だから貸す方の審査がある。

それが魔力の質や量で推し量られるのだろう。

そしてパワーショベルの操作にはある程度の体力が必要だ。

それが魔術による魔力消費に当たるらしい。

便利なシステムに天は大きく頷き、感心した。


「……あれ?そういえば俺、回復使ったよな……?……!!俺も払わなきゃなのか?!!」

「魔術のレンタル料は月締め10日払いだ。テンは来月の10日に支払いだな」

「……それって、幾らくらいするんだ?」


 不吉な予感が天の心を覆い尽くす。

恐らく誰でも使える程度の簡単な魔術は安く、難しい魔術は高い、元いた世界の常識を当て嵌めれば天にもそのくらいの見当は付いた。

使える物が殆どいないという回復術が一体どのくらい掛かるのか……天には予想も付かず、スローフェルの言葉を固唾を呑んで見守った。


「……私も回復は昔から出来なかったからな。一番安価な明かり魔術だと1回1Bくらいだが……かなり大きな攻撃魔術だと10Gとか平気で超えていた気がするな」

「い!!!10G!!!……もし、払えなかったら……どうなる?」

「一切の魔術が使えなくなる。いつまでかは私も分からんが」


 回復が使えないのは寂しいが、元々使えないと思えばいい。

最悪、今月使いまくって払う前にさっさと元の世界にかえるのもいいかもしれない。

そうだ、元々この世界の人間ではない自分がこっちの都合で呼び出され、やむなく術を行使した所で料金を払う義務など有るのだろうか。(反語)

そんな考えが表情に出てしまったのか、スーロは怪訝そうに天を見つめている。


「……テン、何だか顔が怖いぞ。何を考えている?」

「いや、全く問題ないな。さて、行くか!」


 天は朝食を済ませギューの乳を飲み干し、足早に宿屋を後にした。



 宿屋を出て十字路を突き抜けた突き当たりに精霊銀行はあった。

石造りの2階建ての大きな建物。

上部が円形になった木目の両扉は開かれており、やはり入金に来たらしい多くの人が集まっていた。


「何だ、武防具屋の奥か。銀行だったのか」


 昨日は扉が閉じられていた為あまり気にも留めていなかったその建物を軽く見上げ、スーロに続いて中へと入っていく。

扉の中は黒い石が敷き詰められた広い空間の中央に設置された階段。

その周りには長椅子が幾つか置かれている。

入り口を除く三方はカウンターが置かれ、その奥に従業員らしき人々がズラリと並んでいた。

扉の側には数字の書かれた紙が口を出し、待っている人をその数字順に呼ぶのだろう。

カウンターの前にいる入金に来た者は入れ替わり立ち替わり手続きを済ませ扉から出て行くが、それでも人は溢れんばかりに堪っていた。


「……自動引き落とし機能とか、ないのかよ」

「宿屋や八百屋など定期的に収入見込みのある人間はそういう手続きも出来るのだが、冒険者は出来なくてな」


 スーロ自身もこの人混みに紛れ、入金手続きを待つのは苦痛らしい。

階段でスーロは上に行くか下に行くか少し迷って地下に下がる。

そこには四方に広がるカウンターに、やはり溢れんばかりの人が苛立ちながら階段側の長椅子に座り、呼ばれるのをじっと待っていた。

恐らく二階も同じような有様だろう。

しかし、冒険者もいるとはいえ、この町にこれだけの人がいるのは意外だった。

スーロは深い溜息を吐き、天を振り返る。


「何かこう、順番が早く来る秘策とか無いか?」

「……お前、俺を何だと思ってる?」


 冗談かと思ったがスーロは妙に真剣な表情で天は若干引き気味になる。

スーロの中で天は一体どういう位置付けなのだろうか。

町の人もみんなスーロみたいに鳥頭な訳でなく天を何故か凄いと言うスーロの心中が分からない。

分からないが考えても本人以外に分かるはずもない。


「取り敢えず済むまでその辺ブラついてるよ」

「それなら私も……」

「お前は入金があるだろーが!」


 一緒に付いてこようとする鳥頭なスーロを待ち人の群れに戻し、天は住宅街の方へ足を伸ばした。


 煉瓦の壁が立ち並び、床も四角い石が埋め尽くされているその様はどこか西洋文化のような外国へ来た気分になる。

曲がり角を曲がる所で不意に天は足を止めた。

すっかり人通りの少なくなっているこの道の奥に誰かが倒れているようだ。

白い足に紺色のバレエシューズのような形の靴。

天がゆっくりと近付くと。

水色というよりは藤色に近い、少し紫がかった淡い水色が緩やかなウェーブを描いている長い髪の女の子が道端に倒れてい……もとい、眠っていた。

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