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家の掃除機が異世界に繋がっていた。第6話 食堂に大輪の花を咲かせましょう。

「……に、似合ってるぞ、テン」

「……いや、別にフォローは求めてねーよ……」


 天の腕にはハイビスカスに似た花弁の大きな赤、オレンジ、ピンクの花々が咲き乱れていた。

何だか、ハワイに行くと『ようこそ』の意味で首に掛けられるレイのような印象が、天の腕でも『異世界へようこそ☆』な雰囲気を醸しだし、浮かれる観光客のイメージと己が統合し、妙に痛々しく感じる。

 華やかな花腕輪を三人は押し黙ったまま暫く眺めていた。


「……そーいやボウズ、俺が呪文終わった後に何か古代言語叫んでたよな?まさかあれで、自分好みの形状に変化させたとか……」

「俺の趣味はこんなんじゃねえよ!!!ってかだったら最初からそういうの選ぶだろうが!!!」

「……だが、ここにはそこまで華やかな腕輪はない、しな……」


 必死で否定する天の抵抗虚しく、何だかオヤジとスーロは天が自分の趣味でやったものじゃないかと憶測し出す。

何だか可哀想な生き物を見る目で天を見つめていた。

天はやりきれない気持ちで腕輪を外そうと試みるが、やはり外れる気配はなかった。

せめて花だけでも千切ろうと試みるが、ビクともしない。


「……スイマセン、コレ、交換出来ませんか……」

「すまねえな、俺には無理だ」


 情けない表情でオヤジに懇願する天だったがオヤジは申し訳なさそうに天の希望を両断する。

天は絶望に打ち拉がれ、その場に蹲った。

そんな天の気持ちを察したのか、オヤジがそっとしゃがみ込んでいる天へと何かを差し出す。


「……ボウズ、それが目立つのが嫌ならよ、コレを上から巻いたらどーだ?」


 オヤジが薦めてくれたのは本来頭に巻くバンダナだった。

金具も付いていない簡素な物だったそれは腕に巻くのに実に都合がよかった。

花弁が大きすぎて隠しきれないが、パーカーの袖よりは遙かにマシだ。


「……オヤジ……」


 オヤジの優しさに天は瞳を潤ませてオヤジを見つめている。

オヤジは照れ隠しか、「毎度ありー」と商品が売れた事に喜んでみせる。

そんな二人のやり取りを何故かスーロは悔しそうな瞳で見ていた。


「……けど確か、城下町の防具屋はパブレスの交換をやってた気がすんな」


 はみ出す花を必死にバンダナの中へ押し込む天にオヤジから希望の光が注がれる。

交換が出来ればその分商品の売り上げも上がる。

その為、発展都市では行き届いたサービスが多いようだ。

スーロもオヤジの言葉を聞き、思い出したように頷いた。


「ああ!そういえば私も城下町で交換した事が有ったな!」

「……スーロ……」

「すまない、すっかり忘れていた」


 スーロのガッカリな脳には大分慣れた天だったが、出来れば覚えていて欲しかった。

流石に一生バンダナで腕の花を隠して生きていくのは辛い所だ。

眉を八の時に下げ、今にも泣き出しそうな瞳でスーロを見つめた。


「よし!早速行くぜ、城下町!!」


 天は浮上して新たな目標を胸に城下町を目指す。

だが、外はすっかり日が落ち、町の外に出るには少々危険な時刻のようだった。

町中は魔法で作られた明かりが家から漏れ、そこかしこに作られた街灯からも、天のいた世界よりは弱いが温かそうな柔らかい光が灯っている。

 夜の町外は、魔族が元来の生物に魔力を注ぎ込んで改良したり、一から作り出した生物である、魔物が横行するらしい。

知力が低い為、魔族ほど厄介ではないものが多いが、それ故にどんな場所にでも現れ、己の命を省みない高い攻撃性を誇る危険な生物だった。


「取り敢えずここに一泊して、それから城下町に向かおう」


 武防具屋を出て直進した所に宿屋はあった。

石と煉瓦が混ざったような外壁、煉瓦で縁取られた上円部の入り口を抜けると、左手前に食堂への通路、その奥にカウンターが備え付けられていた。


「いらっしゃいませ、お泊まりですか?」


 白いシャツに茶色いベストを着た小太りの男がにっこりと微笑みながら天達を向かえる。


「ああ、二名頼む」

「当店は前払い制でお一人様2S頂きます」


 天の言葉に店主がカウンターに水晶のような玉を差し出す。

パブレスのある物はこれを使えという意味だろう。

天は早速バンダナの上から腕輪で料金を支払おうと試みる。

しかし布を通すと反応しないらしく、仕方なくバンダナを外し、花腕輪を差し出す。

店主は花腕輪に動じることなく作業を進めていた。


(……流石プロ。やるな)


 動じない店主に好感を抱きつつ、天は素早く会計を済ませ再びバンダナを巻き付ける。

いくら笑われないとしても人目に晒すのはあまり好ましくないというのが天の考えだ。


「客室は二階です。お帰りの際、鍵をご返却下さい。では、ごゆっくり」


 二人は鍵を受け取り、部屋があるらしい二階へと移動した。


「……何じゃこりゃ?!!」


 二階に上がった天が見た物は、無数に並ぶ四角い入り口の山、だった。

正確には、1面の壁に幅1メートル高さ1.5メートルほどの空間毎に一回り小さい扉が設置されており、通路を挟んで10コずつ上下二段備え付けられており、計40個の扉がズラリと並んでいる。

扉と扉の間には上部の扉へ昇る為の小さな梯子が付いている。

元いた世界で言う、カプセルホテルとそっくりだった。


「この町の宿屋だ。広い部屋の物もあるが、ここの宿屋はこの形状のみでな。その分安いぞ」

「……そりゃそーだろーな……」


 カプセルホテルは噂でしか聞いた事のない天は自分の部屋番号の扉を受付で渡された鍵で開き、恐る恐る中を覗く。

立ち上がれないのは辛いが、中は思ったより広く、ベッドの横にはスイッチ式のランプと折りたたみ式テーブルが壁に設置されており、ベッドを椅子にして作業が出来そうだ。

防音も意外としっかりしており、扉を閉めると外の音は殆ど聞こえなくなった。

奥の壁には小さな窓も付けられており、ちょっとした換気も出来るようだ。

 風呂と着替え場は地下、トイレなどの設備や食堂は一階にあり、会議室も別料金だが貸し切り出来るようになっていた。

思っていたより快適そうな空間に天は満足し、スーロと共に早速食堂へと歩を進ませた。


「店主、本日の日替わり定食は何だ?」

「本日はブロクーとシュエピのパスタとキャブラサラダ、タマオンのスープです」

「では私はそれを。テンはどうする?」

「……んじゃ、俺もそれで……ブロクー抜きで」


 ブロクーは先程スーロが八百屋に売った物を入手したのだろう。

スーロがいる間はレアなはずのブロクーもお手軽に入手出来るようだ。

天はメニューを見ながら力無くスーロと同じ物を頼む。

メニューは読めるが書いてある材料の名前がさっぱり分からないからだ。

ニキャロは恐らく人参、ブロクーはブロッコリー、ピマーはピーマンと似たような物である事は分かったが、それ以外が分からない。

野菜なのか魚介なのか肉類なのかすら分からない。

写真が有れば少しは想像しやすいと思ったが、そこは異世界、やはり写真はないらしく、店主が書いたであろう全く参考にならないイラストが載っていた。

天は肉が食いたい気持ちも強かったが、どんな生物でどんな物を食べているか分からないとちょっと口にしたくない。

自分のいた世界での物ならまだ良いが、この世界だと『普段人間食べる妖怪的な物』が食肉として出てきそうで、そうなったらトラウマどころではない。

取り敢えず始めての異世界食品なので、食べたい物は追々探すにしても、今日の出来事を忘れた頃には食べられるようになるかもしれないが、あのブロクーの緑の体液と人に似た多数の足を思い出した天はそれを除いてもらう事にした。


「何だ、テン、ブロクーは美味いぞ?」

「……いや、今日は流石に無理……」

「好き嫌いは良くないな」

「お前が言うか?!」


 スーロはテーブルに出されたコールスローのようなサラダから細かく刻まれたニキャロとピマーを器用に取り出し、天のサラダへと移動させている。

言動が一致しないスーロに軽く抗議し、サラダを口に運んだ。

ドレッシングに使われている果実の円やかな酸味と甘味、乳製品独特のコクのある甘味がキャベツのような甘味と歯ごたえのあるキャブラによく馴染み、口中に爽やかな空気を醸し出す。

塩揉みされたニキャロも独特の甘味と塩気を引き出し、苦みのあるピマーがそれらを上手く調和させている。

天は無言のままサラダを平らげた。

そしてタマオンのスープはよく炒めた玉葱のような甘味が、様々な肉と野菜でじっくりと煮込んだ出汁の塩気に深みを出し、より一層味わい深いハーモニーを奏でていた。

メインのシュエピのパスタはクリーム仕立てで、クリームがエビのコクを引き立たせながらまろやかにパスタを包み込み、少し塩味の強いそのソースはパスタに絡める事で絶妙の塩加減となり、プリプリとした歯ごたえあるパスタを引き立たせている。

天はそれらを一気に貪り食い、空になった皿を前に一息吐いた。


「ふう!美味かった!」


 冒険者用なのか盛りの多いパスタは育ち盛りの空腹を満たし、天は椅子の背もたれに寄り掛かる。

その刹那。

天の腕輪は七色の光を放ち、その身から同じような花弁を咲かせると空へ舞い、食堂の各テーブルへと落ちていった。


「?!!」


 その場にいた全ての人間が花を凝視し、そしてその花が来た方角へと視線を動かす。

天は食堂の視線を一身に浴びながら、バンダナの巻かれた隅から花弁をチラ見せしている花腕輪を凝視していた。


「……なるほど」


 冒険者達の多いこの食堂で、それぞれの冒険者達がその花へと視線を戻し、何故か納得しているように呟いている。

いきなり花を生み出したそれは天の視線を浴びながら沈黙を保っていた。


「……有り難うな」

「……ああ、初心を思い出した。この恩は忘れない」


 冒険者達が食事を済ませた後、天へと感謝の言葉を述べながら去っていく。

その瞳は倦怠感のある光の少ない状態から希望へと満ちた強い輝きを放っていた。


「……え、ええ?!!!……い、いや……そのう……???」


 天は何故感謝されるのかもどうして花がいきなり増えて飛んでいったのかも全く理解出来ない。

説明を求めてスーロへと視線を動かすが、何故か片目を瞑った状態で微笑み、サムズアップしていた。


「よう!花、サンキュー!こんなモンでわりーけど、一応、お礼な!」

「いえ……あの、この花っていった……をっ?!」


 男が天に手渡したのは、元いた世界のテレビで偶に見掛けた、ハリセンのような物だった。

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