家の掃除機が異世界に繋がっていた。第3話 大人でも好き嫌いはほどほどに。
土煙の隙間から緑色が見え隠れし始める。
物凄い早さで近付くそれは、複数の足を生やした巨大なブロッコリーだった。
「……ブロクーがこんな所に現れるとは……!!」
「き、キモッッッッ!!!」
真剣な表情で剣を構えるスーロの背後で、天は真っ青な顔で口元を押さえる。
大きさは牛ぐらいあるが、確かにブロッコリーだ。
その緑色の茎下部断面から、人間の物とよく似た形の緑色の足が8本ほど、円を描くように生えている。
覆い茂ったパンチパーマのような小房が複数生えている頭の下辺りに、吊り上がった緑色の白目に深緑の黒目が二つと、その下にはニキャロに似た鮫のようなギザギザとした歯の生えた口が付いていた。
(……ヤベえ……スゲー帰りたくなってきた……)
天はホームシックを募らせ、スーロの背後から大きすぎるブロッコリーを怖い物見たさで凝視する。
そんな天の気持ちを知る事もなく、スーロは巨大ブロッコリー……ブロクーに剣を振り下ろす。
ブロクーはその剣を僅かに躱しきれず、アフロの一房を切り落とされた。
「ブローーーーーッッッッ!!」
「ギャーーーーーーッッッッ!!!」
切り落とされた場所からは緑色の体液が零れ出す。
その映像に天は顔色を更に青ざめさせながらブロクーよりも大きな悲鳴を上げた。
恐らく天は、暫くブロッコリーが食べられなくなるだろう。
ブロクー自体は大したダメージではないらしく、相変わらずの素早さでスーロに近付き、アフロの一房を突き出してくる。
「ブローーーーー!!」
「当たるか!」
「ぐああっっっ!!!」
正面からスーロに仕掛けたアフロの一房は呆気なく避けられ、スーロの後ろにいた天の顔面を直撃する。
ブロクーを知らない天はスーロの言われた通りにしないともっと酷い目に遭うと思い、ヨロヨロとスーロの背後へ回り身を隠す。
その時スーロを狙ったブロクーの二撃目が繰り出された。
「は!そのような攻撃、当たらんな!」
「ぐはっっっ!!!」
素早くブロクーの攻撃を躱すスーロだが、スーロが死角となり攻撃の見えない天が再びその餌食となる。
天は攻撃を受けた腹を抱えながらスーロを睨み付けた。
「……お前は!!俺を守りてえのか、倒してえのか、どっちだ?!!」
流石に二撃受けるとか、スーロの作戦ミスを考えずにはいられない。
実はブロクーとの戦いで天を背後に隠していた事をすっかり忘れていたスーロはその言葉に我に返り、天の方へ振り返った。
「……ちゃ、ちゃんと、後ろに隠れていないと……危ないぞ?」
「余計危ねえわ!!!」
天はスーロから距離を置き、戦闘の構えを取りながらブロリーの様子を伺う。
確かにブロクーの動きは素早いが、きちんと自分の目で確かめれば避けれない攻撃ではなかった。
天目掛けて繰り出された一房を避け、その隙にスーロがブロクーへと剣を振るう。
スーロがブロクーの胴部を斬りつけ、ブロクーが怯んだ隙に天はその背後へと回り込み、回し蹴りを喰らわせる。
その蹴りの遠心力をつけながら天はブロクーを殴り付け、そのまま拳の連撃をブロクーへと浴びせた。
「ブロキョーーーーーーーー!!!!」
高いのか低いのか分からないブロクーの不気味な断末魔が辺りに響き、ブロクーは倒れ込む。
天は蹴りで飛んでいったスリッパを回収し、スーロのいた方角へと視線を動かす。
するとスーロは倒れて動かなくなったブロクーのアフロ部分を刈り取っていた。
「……何してんだ?」
「ブロクーの小房は栄養豊富で茹でて食うと美味い。故に高値で取引されている」
どうやら天のいた世界と似たような扱いが成されているらしい巨大ブロッコリー……いや、ブロクー。
刈り取る枝から緑色の体液が流れ出るがスーロはそれを気に病む風もなく全ての小房を刈り取り、腰に畳んで下げていた布袋へと仕舞い込んでいた。
(……いやいやいや、こんなん見て食うとか……無理だろ)
吐き気を催す口元を必死で押さえながら、土気色の顔の天はスーロの一挙一動を見守っていた。
「……そういや、人参……ニキャロは食えねーのか?持って帰らねーのか?」
先程天が倒した人参……ニキャロはそのまま放置されていた事を天は思い出し、死骸?のある方角へと視線を移す。
ブロクーがブロッコリー扱いされるなら、ニキャロも人参扱いされるのでは、という天の疑問に、スーロは眉を顰めて天の方を振り返る。
「……ニキャロは、好きではないんだ……」
「てめえの嗜好で選ぶんかよ!」
スーロの嗜好はともかく、この野菜達と魔族との抗争は関係有るのだろうか?
野菜を魔族が魔物化した、とかそういう理由があって襲いかかるようになったのでは、という新たな疑問が天の頭に浮かぶ。
だが、天の予測はスーロによって打ち砕かれた。
「ニキャロもブロクーもその攻撃性から育てにくくはあるが、元々そういう野菜だ。似たような攻撃的な野菜としてはピマーもそうだな。緑色で表面はつるっとしているが中は殆ど空洞で一種独特の形状をしている。……私はあれの苦みも少々苦手でな……」
「お前は子供か!」
名前の互換と特徴からピマーとは恐らくピーマンのような物だと推測した天はスーロの嗜好にツッコミを入れる。
この世界の野菜は、元の世界と似ているの物が多いのだろうか。
子供の嫌いな野菜代表格、人参とピーマンが苦手だという異世界の元魔王である女剣士を天は半目に閉じた目でもの悲しく見つめていた。
「取り敢えず城下町へ行く前にこの近くにあるシダの町へ寄ってテンの装備を整えよう。ブロクーに大分やられたようだし、治療もせねばな」
「……誰のせい……いや、そんなに痛くねえしもう大丈夫だけど、治癒系の魔術とか有るのか?」
思わずツッコミを入れたくなる所を我慢し、天は己の顔面と胴部分に触れる。
多少ヒリヒリはしているものの大したダメージには感じられなかったが、天は父が語っていた話で登場した治癒系の魔術の存在を思い出す。
父が語る与太話はともかく、この世界にも治癒魔術が存在するのかと天は疑問に感じ、スーロに尋ねた。
「……治癒魔術?そんな魔術、王国のお抱えくらいしか出来んぞ」
「……有るには有るのか……治癒魔術系魔術師とかはいねーのか?」
「そんな便利な術が出来る奴がゴロゴロいたら苦労せん。治療は主に薬とかそんな所だな」
攻撃魔術や補助魔術の類を使える魔術師は割といるらしいこの世界が、火力はあるが回復は自然治癒に頼る所の多い現代と似通うものを感じ、天は何となく安堵する。
特に父から得た治癒魔術師がバンバン傷を治す情報との誤差に、やはり父はただの厨二病だという説が有力になり、何故かそこに一番天はホッとしていた。
「……けど、あんなのが居るとなると、やっぱスーロに同行してもらって良かったみたいだな」
「だろう!ちなみに、ブロクーは黒い物に突進する習性がある。覚えておくと良いぞ」
「黒……」
天は不意に自分の格好を思い出す。
黒い部分は頭髪とボトムス。
目立つとしたら頭髪だが、そんなに長くない天の髪は遠目ではさほど目立つとは思えない。
そのまま天はスーロへと視線を動かす。
スーロは黒い鎧に黒のインナー、マントも付けているのだが、それも真っ黒だった。
「お前のせいかああああ!!!!」
「え?!!……ああ!!!しまった!!!」
得意げに豆知識を披露したのが仇となるスーロは己の黒い服装に気付き、驚愕した。
どんな遠目でも黒い物体と認識されるだろうその出で立ちは、確かによくブロクーに狙われていた。
「ど、通りでレアの割によく遭遇すると思った……!!盲点だった!」
「……気付かなかったのかよ!!」
天はまだヒリヒリする己の鼻を擦りながらスーロにツッコミを入れる。
その時、妙な違和感が天の視界に入り込む。
鼻をさする自分の手から僅かに光が溢れ出し、鼻の痛みを薄め始めていた。
「あ、あれ?!」
「!!テン!!お前もしかして?!!」
暫くすると手から光は消え去り、天の鼻は元通りの傷一つ無い状態へ戻っていた。
天は自分の行動が信じられず、痛みの無くなった鼻を触り、そして愕然とした表情で当てていた手を凝視する。
「!!!て、テン!!!お前、治癒魔術師だったのか!!!……異世界人というのは、凄いな!!!」
「……い、いや……俺のいた世界にこんな事出来る奴いねえし、俺も出来なかったけど……」
スーロは感嘆の叫びを上げ、天に見入っている。
天は見開いた目でただ自分の手を見つめていた。
(……もしかしたら、異世界トリップした時にこっちの世界の能力に目覚めた、とか?)
異世界トリップや転生をすると、主人公がチートな能力を持つというのは父の話でよく聞かされていた。
この力もその類かと思ったが、自分をこちらに喚び出した者にも会えずにいる天に誰が力を授けるというのか。
考えられる事としては、やはり、元々自分がその力を持ってはいたが向こうの世界では発揮出来ない環境で、こちらの世界の、魔術が使える人間がいるという環境から、力を発揮する条件が整った、もしくは喚び出した術式に組み込まれていたのか。
「便利な力だし、ラッキーではないか。私も助かるぞ」
「……それはそーなんだけど、もし他の人にこの力がバレたら、俺、危なくね?」
この力は王国が抱え込むほど希有な力だという。
それはその力にどこまでの限界があるか知られていない事も予測される。
その事から、その力を誰かに目撃されたら、恐らく多くの怪我人、もしかすると病人達も回復目的に天の元へ押し寄せ、大混乱を招くであろう。
そして、混乱を招いた張本人として捕獲、もしくは一生お偉方に仕えさせられ強制的に監禁される事も想像に難くない。
それは、元の世界に戻る事を願う天にとっては大変厄介な事ではないだろうか。
天の懸念にスーロは驚嘆し、考え込むように顎に手を当てた。
「うむ、確かに治癒魔術はその効能すら殆どの人間に知られていない。……人目に晒すには危険な力だ。確かに隠しておいた方が良さそうだな」
「……だよな」
厄介に巻き込まれるならいっそ無い方がマシな能力に、天は深い溜息を吐く。
忘れてペロッと喋ってしまいそうなスーロに口止めの念を押したいが、それが却ってこの力を意識させてしまい、悪い方へと行ってしまいそうな気がした天はぐっと言葉を堪えた。
「取り敢えず町に行こう!私はテンの秘密を喋らんぞ!決して喋らんと誓うからな!」
「……そう言われると余計喋られそうな気がするのは何でだろうな……これが親父の言ってたフラグか……?!」
勝手にフラグを立てられた天は余計に深い溜息を吐いた。
町への途中襲い掛かってくる、隠れながら攻撃してくる不意打ち人参……ニキャロ、スーロ目掛けて真っ直ぐに走ってくる巨大ブロッコリー……ブロクー、一つ一つの大きさは地球の物と同じ位だが、それが巨大な円球となって群れ、一つずつ飛び出し攻撃してくるピーマン……ピマー達を難なく撃退しながら天とスーロは歩を進めている。
高かった日は少しずつ傾き、辺りを赤く染め始めていた。
「……うう……ピマー……苦すぎるぞ……」
大声を上げた瞬間ピマーに口内へ出撃されたスーロは半泣き状態ではあったが、概ね順調だった。
「魔族と人間は交戦中っつってたけど、そういうのは全然見掛けねえな」
先程からよく知る野菜の不可解な行動に不快な気持ちになりながら、天は全く目にしないこの世界の情勢を疑問に感じ、スーロを振り返る。
口元を布で拭きながらヨロヨロと歩くスーロは涙の堪った瞳を天へと動かし、状況を説明した。
「ここは大陸の南東で、大陸の西側から半分辺りを占領している魔族とは、もう少し北西で抗争をしている。この辺まで単独で攻撃を仕掛ける魔族もいなくはないが、極稀だ」
「んじゃ俺、ここに落ちてきてラッキーだったんだな」
自分を呼び出した召喚師が何処にいるのかは分からないが、投げ出された場所が比較的安全である事に天は安堵する。
もし抗戦真っ直中の魔族の群れになど落ちていたら、あっという間に異世界トリップはバッドエンドで終了していた事だろう。
「……しっかし、何で異世界の人間召喚とかすんだよ。自分勝手すぎねーか?!」
「テンが掌を押すから放り投げたのではないのか?」
「……いや、まあ、そうなんだけど……押したくらいで放り投げるとか、短気な奴だよな!」
珍しく正論を告げるスーロに、余計な事まで話してしまったと天は後悔しながら呼び出した人間に対する不満を漏らす。
大体召喚とか、現実を一生懸命生きているであろう人間を勝手に呼び出すなど身勝手な話だ。
例えば、呼び出される相手がトイレで奮闘中とかだったらどうするんだ。
きっと呼び出した方は手前勝手に叫んで召喚された人間を非難するんだろう。
天は想像逞しく召喚師という存在に怒りを燃え上がらせた。
「見えてきたぞ、テン。あれがシダの町だ」
その指先には、灰色の四角い石を積み重ねて作られた背の高い壁が町を覆うように建てられていた。
恐らく魔族などの敵から町を守るためであろうその壁の一部には大きな門が設置されており、鎧に身を固め、槍のような武器を手に持った男が門の左端に佇んでいた。
※ブロクーは茎も口の辺りまで美味しく食べられますが少々筋っぽく硬くなる為スーロは好んで食べないようです。