家の掃除機が異世界に繋がっていた。第2話 異世界の最初の出会いは、元魔王。
「……元、魔王?!!」
「そうだ、数年前までな。今は魔力を殆ど奪われているが、これでも大した力だったのだぞ」
元魔王だと告白するスローフェルは昔の話を自慢げに語り出す。
「それじゃ、何で魔王辞めたんですか?」
「……魔族達にリコールされて、な」
「ああ」
まだ少ししか話してはいないが、それでもスローフェルの頭の残念さをよく理解した天は妙に納得してしまう。
人間と抗争しているという現状、強いだけで民衆を統治出来るほど簡単な世の中ではないだろう。
そんな天の様子にスローフェルは肩を震わせて俯いた。
「……ああ、とか!そんな言い方ないではないか!……私だって自分なりに一生懸命考えて魔族の為に頑張ったが、どうやっても上手く情勢が進まず……もう、魔族なんぞ信用せん!人間の方がずっと温かい!!」
スローフェルは俯いたまま腕を眼に擦り付けている。
魔族からリコールされたスローフェルは魔力の大半を奪われ追い出された。
人間の町で親切にされて、その人達の為に魔族を討つ剣士となったそうだ。
(元とはいえ、敵の大将を受け入れるとか、こっちの人間は随分お人好しなんだな……それが嘘だったらどうするんだよ……)
戦争でなくとも、現代の企業でさえライバル会社に密偵を送ったり内通する事はよくある話だ。
天の訝しげな表情にスローフェルは心外そうに口を開いた。
「私は元々魔族より人間の方に人気があったぞ。人間の町に遊びに行くとお菓子をくれるので次の作戦をちょっとだけ教えたり……」
「そりゃリコールされるだろ!!っつーか、よく魔族に殺されなかったよな!!」
とんでもない王様の行動で魔族の方が可哀想な目に遭っていた。
魔王を飼い慣らす人間に苦悩する魔族の図が浮かぶ。
しかもその魔王を殺さずに魔力だけ取り上げて追放のみで済ますとは懐が深すぎる。
天は魔族に同情を禁じ得なかった。
「取り敢えず、召喚した相手を探すべきだが…どうしたものかな」
天の苦悩を余所に、既に立ち直ったスローフェルは天の問題に考え込み、腕を組んで目を瞑り、眉を顰める。
この世界の召喚術は、魔族側はその術を持たず、人間も一子相伝の術で門外不出な為、現在使えると思われる者は一人しかいないと言われている。
だが、その人物の所在は世に知られておらず、元魔王で現在一剣士であるスローフェルの耳にその情報が入る事は極めて難しいと思われた。
「詰んだな」
「早えな、おい!」
早くも事態を諦めるスローフェルに、思わず天のツッコミが入る。
意味もなく異世界に投げ出され、その呼び出した人間にすら会えないとか、どんな無茶な話なのか。
別に喚びだした者に会えなくとも構わないがこの世界に留まる気はさらさら無い。
現代に帰る為には僅かな情報でも掻き集め、帰る方法を模索せねばならない。
スローフェルの残念な頭から、天は少しでも情報が引き出せるよう質問を重ねてみる。
「召喚が出来る人間が一子相伝?って事は、その一族ならその人の所在が分かるとかは?」
「一族も何処にいるか分からんな」
「その一族って有名じゃないんですか?てか、その一族自体他の人より魔力?とか高くて、どっかの偉い人のお付きやってるとか、そういう事は?」
「確かに、普通の魔術師よりは魔術の会得が有利かもしれんが……何処の誰の従者になっているかなど、聞いた事はないな」
「貴族とかなら、そーいう噂話、有りそうじゃないですか?」
「なるほど、私の以前の依頼主に貴族がいた事が何度かあるな!」
天の誘導尋問により、スローフェルは漸く糸口を見つけ出した。
冒険者の剣士であるスローフェルが請け負った仕事に幾つか貴族からの依頼が有った。
その中の一人が、この大陸の城下町に住んでいる事を思い出したスローフェルは、天に向かって感嘆の表情を浮かべる。
「お前は頭が良いな!」
「……ど、どーも……」
(……いや、それは貴女が残念なだけなんですが)
天は引きつる笑顔でスローフェルに礼を告げ、述べる。
「……それじゃ、申し訳ないですが、その人の住んでいる場所を教えて下さい」
天は一人旅を決意しスローフェルに目的地を尋ねる。
しかし、スローフェルは満面の笑みで立ち上がり、天へと手を差し伸べた。
「案ずるな!私も行こう!お前のような賢い者と旅するのも面白そうだ」
「いや、大丈夫です」
「?!!」
天は即座に拒否をする。
天の心が警鐘を鳴らしていた為だ。
正直大丈夫と言えるほどこの世界を知らない天にはスローフェルの気持ちは有り難い。
この世界の常識を教えてくれる人がいるというのは非常に助かるが、元魔王という地位が天を不安にさせていた。
それでなくとも、スローフェルの単純な思考は色々と面倒に巻き込まれそうだ。
相乗効果で何が起こるか全く予想が付かない。
特にマイナス方面に想像力の豊かな天にはどうやっても良い方へ考えが至らない。
非情ではあるが、自力で町へ行き、町の酒場や宿屋などで情報を得る方が潤滑に事を運べそうな気がする天だった。
予想しなかった天の反応にスローフェルは驚愕し、苦笑いを浮かべる。
「……え、遠慮するな。私はそこそこの腕前だ。足手纏いにはならんぞ?」
「いやいや、気持ちは有り難いんですが、ここで別れましょう?」
「いやいやいや、この世界に来たばかりの人間を放ってなど行けんぞ」
「いやいやいやいや、そこまでお世話になれませんよ」
頑なに拒否する天にスローフェルの表情が悲愴感漂い出す。
「ぜ、是非一緒に行かせてくれ、テン!!実は私はずっと一人旅で寂しかったのだー!!」
「俺はテンじゃねえ!天と書いてタカシと読むって説明しただろーが、この鳥頭!!」
「嫌だー!!絶対テンと一緒に行く、絶対に行くとも!!!」
スローフェルは天の足元に縋り付いている。
その行動は天のネガティブな予想を確信へと導き、更に不安を増大させる。
しかし、女性に縋り付いて泣かれては流石に無下にも出来なくなり、天は深い溜息を吐いた。
「……分かった、分かったから……よろしく頼むよ、スローフェル」
「て、テン!ああ!私に任せておけ!私の事はスーロと呼んでくれ。親しい者は皆この愛称で呼ぶ。」
天は既に敬語を無くし、スローフェル……スーロへと手を差し伸べる。
スーロはそれを嬉しそうに涙を拭いながら握り替えした。
「……ところで、その貴族が知らなかったら、どうするんだ?」
「……他の貴族に知っている人がいないか聞いてもらおうかと思ったけど……まずいんか?」
「ああ!大丈夫だ。気さくな奴だし問題ないだろう。やはりテンは賢いな!」
「……いや……うん、頑張ろうな、スーロ」
同行してもらう間、少しでもスーロの思考を鍛えてやるべきではないかと、旅の行く末と年上の女性の将来を心配する天だった。
「では、まずテンの実力を見せてもらおうか」
握手を交わした手を離し、スーロは剣に手を置きながら後ろを振り返る。
スーロが振り返った方角に目をやると、少し離れた距離にある小さめの木が微かに揺れていた。
「さあ、あの魔物と対決してみろ。危なくなったら手を貸そう」
「……いや、俺、丸腰だから、あんま積極的に戦う気は……」
キラキラと瞳を輝かせながら魔物がいるらしい方へ手を伸ばすスーロに、天は両手を上げ横に揺らしながら武器の無い自分の状態をアピールする。
一応体術を嗜んでいるが、自ら進んで討伐をする気は全くなく、逃げを中心に考えていた天に、天が武器を持っていない事をすっかり忘れていたスーロは小さく声を上げ、慌てて咳払いをしながら腰に下げていた短剣を天に手渡した。
「……いや、ちゃんと貸すつもりだったとも。勿論、テンが異世界から来たばかりだという事は、忘れてなどいない」
言い訳をすればするほど忘れていた事を白状してるぞ、という忠告は飲み込み、天はスーロの短剣を受け取ると、小刻みに揺れる小さな木へとゆっくりと歩み寄る。
何がいるのか全く分からない、初めての体験に天の心臓は口から飛び出そうなほど、激しく大きく振動している。
心音を宥めるように、且つ音を立てないようゆっくりと深く呼吸しながら天が近づいていくと、木は一瞬大きく揺れ、そのまま静かに動きを止めた。
-----来るか?!
心音が更に激しさを増す。
天は短剣を構えながら相手の動きを見逃さないようじっと木の方へ視線を固定させた。
木から、微かに鮮やかな色が見え始める。
天は短剣を両手に握りしめ、鮮やかな色に向かって振り下ろした。
「ギャローーーー!!」
「?!!」
天の振り下ろした短剣を避け、オレンジ色の物体が天目掛けて飛び出してくる。
天は振り下ろした短剣を直ぐに胸元へ引き寄せ攻撃態勢を整えるが、飛び出してきたその物体の姿に驚愕した。
「に……人参?!!」
オレンジ色の物体の形は、正に人参そのものだった。
だが、それの根っこは二つに割れ、まるで足であるかのように器用に動かしている。
「ギャローーーー!!」
「人参が叫ぶんかよ!」
フサフサと生えた葉の下、根っこである人参の顔らしき部分に口だけが存在している。
鮫のようなギザギザの歯が並ぶその口は不気味だったが、その大きさも人参そのものだった。
「てい」
「ニギューーーーーー!!!!」
天は思わず拳で人参を殴りつける。
人参は呆気なくその場に倒れ、動かなくなった。
その天の勇姿にスーロは感嘆の表情で拍手を送る。
「ほう!ニキャロを一撃とは!流石テン、やるな!」
「……いや、だって人参だろ?」
「……人参?それは知らんが、ニキャロという野菜だ。確かにそんなの強いものではないが、初戦闘で一撃とは、恐れ入ったぞ」
スーロは素直に感心しているようだった。
何となく腑に落ちないが、取り敢えず考えない方が良いのかもしれない。
天はスーロに短剣を返し、自分は拳で戦う事を告げる。
慣れない武器を使うより、普段から使い慣れている打撃技の方が有効であると判断した為だ。
「確かに、テンは武道家が向いているようだな。もしや、異世界ではその職だったのか?」
「……いや、成り行きで会得した、っつーか……」
天は言葉を濁していると、スーロが鋭い表情に変わり、剣を鞘から抜きながら左後方を振り返る。
その方角の遠方には土煙が立ち上がっている。
その煙は徐々に大きくなり、確実にこちらへと近付いていた。
「テン!私の背後に隠れていろ!」
天はただならぬスーロの気迫に押され、スーロの背後へと移動しながら身構えた。