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家の掃除機が異世界に繋がっていた。第19話 元魔王直属の側近、デリス

 薄暗い町中の片隅にある、やや大きめな古びた洋館。

ツタの葉のような植物が壁を伝い、ひび割れを起こしている。


 そこに住む、1人の男――元魔王の側近であるデリスは只闇雲に酒を煽っていた。


 事の起こりは、地人族との戦いを先立って行うはずの魔王が敵に尻尾を振り、エサに釣られて重要機密事項をバラした事が発端だった。

比喩ではなく、正に『食べ物に釣られてペロッと喋った』レベルだったのが非常に物悲しい。

そんな魔王が治めている魔族というのもどうかと思われるが、魔王がバラした作戦は魔族にとって手痛い結果を起こし、戦に負けはせずとも大きくリードする手段を失った。

そのペナルティーを科す為に、漸く上級魔族の間から魔王交代の動きが現れた。

極刑に処すべきという派、力を奪い追放する程度に止めるべきという派、厳重注意で続行派が争い合い、処分するにはその魔王は下級魔族からの評判が良く、新たな波紋を生むという理由で、魔力の大半を奪い追放するという形で収束した。

 魔王に心酔していたデリスは親愛なる魔王の裏切りに絶望する。

確かに少々頭は弱いが、魔王の持つその絶大な力、そして弱き者を助ける優しき心にデリスは心酔していた。

そのデリスの信頼を裏切った魔王に対する怒りがデリスの中で一気に膨れ上がる。

それからデリスは復讐の鬼と化した。

己の手駒を刺客として送り込み、元魔王の命を脅かす。

しかし、そこは流石に元魔王、魔力は失えどもその辺の一兵卒とは体力が違いすぎる。

狙えども狙えども返り討ちに合うデリスの手駒は既に尽きていた。


「……我の信頼を裏切りおって……!!」


 空になった酒瓶を後ろ手に投げ、破壊する。

給仕をしていた初老の男は慣れた手付きでそれを片付ける。


「……スローフェル・シュバルツァー!! 奴の息の根を止めるにはどうすれば……?」


 己の力で倒すにはスーロの耐久力は強大すぎる。

デリスは力より知力でのし上がってきた魔族の1人だ。

己の手駒も通用しないスーロに己の力が通用するはずもなくデリスは考え倦ねていた。


「……最近の様子はどうだ」


 妙案の浮かばないデリスは執事の言葉で気分を変えようと試みる。

もしかしたら打開策が浮かぶ何かがあるかも知れない、その意味合いを込めて。

デリスの言葉に初老の執事は、専ら元魔王討伐に明け暮れ世情に疎くなった己の主に対し、巷を震撼させている大きな出来事を話し始めた。


「……我が一族唯一の生命錬金術師クリエが地人族の姫を誘拐し逃亡するという禁忌を犯しております」

「……地人族の……よりによって姫をか?!」


 魔族と地人族は戦争中ではあるが、上層部同士の取り決めにより一定の地位にいる者が敵対する一定の地位にいる者に個別攻撃する事を禁じている。

あくまで一定の実力者に限って適応される禁忌である為、それを知らない者が犯す事は間々あるのだが、地人族唯一の召喚術師と対を為す魔族唯一の生命錬金術師にもそれは適応されている。


「あのクリエが……? ……何故そんな愚挙を……」


 デリスは遙か昔に会ったクリエの姿を思い出す。

筋肉で構成された大きなその体躯に反し、争いを嫌い、作り上げた魔物と己の家に引き籠もりひっそりと暮らすのを好む穏和な性格。

作り上げた魔物の行く末を危惧するような男とそんな事件は関連付け難い。

思考を張り巡らすデリスに突如扉の音が響き渡る。

若干取り乱したメイド風の女性が扉の前で深々と頭を下げ、執事の元に駆け寄り、何やら耳打ちをしている。


「……デリス様、クリエ様がお越しのようですが、如何なさいますか?」


 初老の言葉にデリスは息を呑み、酒の入ったグラスをテーブルに戻した。




 応接室に通されたクリエは大きな体を縮ませながら扉からゆっくりと入ってくる。

デリスは応接室の奥へとクリエを促した。


「……突然すみません、もうデリス様を頼るしか方法が思い付かなくて……」

「……まあ、掛けたまえ」


 クリエは土気色の顔に汗を噴き出させ、恐縮しながらそれを拭い去る。

クリエをソファに座らせ己も椅子に腰掛けるとデリスはメイドに出させたカフィンを口に運びながらクリエを一瞥した。

「……して、何用か。とは言っても恐らく姫君誘拐の件以外思い付かんが」

「……ゆ、誘拐とは恐れ多い!! 僕は只、姫に憧れるあまり、その……」


 いきり立ったかと思うと頬を赤らめ、胸元で指を弄り始める。

その様子にデリスは若干の驚きを感じながらカフィンを飲み込んだ。


「……一目惚れなんです……只ちょっと側で姿が見たくて……」


 クリエは事の真相を辿々しい言葉で説明し始めた。


 元々クリエはフォードの町にほど近い村の片隅でひっそりと暮らしていた。

そのフォードの町の王家別邸に訪れた地人族の姫はそのまま戦場付近まで供を連れ人々の慰安に訪れた。

そこで姫を見掛けたクリエは一目惚れし、姫を再び目にしようとフォードの町の別邸へ忍び込む。

そこでクリエを見つけた姫はクリエの姿に恐怖し、気を失ってしまった。

そのまま地に倒れている姫を捨て置けず、抱きかかえた所を衛兵に見つかってしまい、そのまま姫を抱えて逃走してしまったとの事だった。


「……魔族の姿を見ただけで気を失うとは軟弱なものだが……して、姫はどうした?」

「大事になってしまってちょっと手間取りましたが、直ぐにフォードの町にお送りしました! 姫も僕があげたヌイグルミや人形を気に入ってくれて、僕に悪意がない事を分かってくれましたし……」


 誘拐事件の真相は、不器用な恋愛下手による人騒がせな茶番だった。

しかし事を収拾させるには問題が大きくなり過ぎている。

戻った姫から事情を聞き出す事も有るだろうが、事態の沈静化を図る為には暫く時間が経つのを待った方が良いだろう。

「……暫く、匿ってもらえないでしょうか……勿論お礼はします!! まずはこの杖を……支配の刻印が付いております」

「支配の刻印、だと?!」


 支配の刻印とは、その持ち主が生物に焼き印を入れると能力は半減するものの完全に従わせる事が出来るという古に伝わる道具で、現存を確認出来た者はいないと言われていた。


「……何故、それをお前が?」

「……先祖代々伝わる家宝です。……決して人目に触れさせてはならないと言い含められていたんですが……」


 どんな家宝も己の命には代えられない、という訳か。

先祖代々一子相伝の生物錬金術師とは何処まで恵まれた一族なのかとデリスは若干の嫉妬を覚えながら差し出された杖に手を伸ばす。


「……しかし……これが有れば、元魔王など恐るるに足らぬかもしれぬな……」


 禁忌を破った者を庇えば己の身にもその災いは及ぶだろう。

それならばいっそ己も禁忌を犯し、本懐を遂げるべきではないだろうか。

デリスは歪んだ笑みを浮かべ手中の杖を見つめた。



* * *



 応接間のソファで再びデリスは酒を煽る。

クリエは荒ぶるデリスに抗う術もなく眉尻を八の地に下げながらデリスのグラスに酒を注いでいる。


「何処までも悪運のいい女めっっっ!!」


 デリスは禁忌を犯し地人族領土にある封印の地へ赴き、封印されていた生物達を解放し、尽く手中に収めた。

1匹はどうやら精霊で、その封印を解けば精霊から己の罪が露見するのではと躊躇しそのままにしておいたのだが、封印されていた中でも最強と思われる魔獣ですらその力が及ばない。

一体どんな力を持った者なら元魔王を処分出来るのかと、デリスは頭を抱えテーブルに突っ伏した。


「……折角クリエという手駒まで手に入れたというのに……ん? ……そうか」


 クリエの特殊能力は魔物錬成に留まらず、様々な生物の合成能力まで備わっている。

封印から解放した奴らを1匹に合成すれば、その力はかなりの物になるのではないか。

もしくは、己の力に組み込めば、或いは……


「……まずは1匹、様子見で数体合成みよ。上手くいきそうなら、我に残りの魔物共の力を合成せよ」

「そ、そんな?! 魔物の合成は戦場用のみと制限されてます! 禁忌の封印を破っただけで飽きたらず、そんな……」「……貴様がそれを言うか、クリエ。先に禁忌を破り姫を攫った者の台詞とは思えぬな」

「で、ですから攫った訳では……!!」

「……それを信じる者がいるとは思えんがな。匿ってやっている恩を忘れたか?!」


 デリスの言及にクリエは言葉を失い、無言でその場に佇む。

クリエはデリスの命令に従い、封印の地まで供をし、封印を解く手伝いまでさせられてしまった。

元々平凡平穏を望む性格であるクリエはその罪悪感から胃の不快感が収まらない。


「……お願いですから、デリス様……これ以上はもう……」

「五月蠅い!! 貴様は大人しく我の言う事に従え!! さもなくば貴様が元魔王の息の根を止めろ!!」

「……そんな、無茶な……」


 元とはいえ魔王だったスーロをよく知るクリエにはそんな大それた事をする勇気も力もなく、クリエは瞳を潤ませ手を震わせながらデリスのグラスに酒を注ぐ。


「ならば大人しく合成魔物を作り上げよ!! これは命令だ!! 分かったらさっさと支度に入れ!!」

「……は、はい……」


 抗う術のないクリエは酒の入ったデキャンターをテーブルに置き、己に宛われている研究室へ背中を丸めながら足を運ばせた。

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