家の掃除機が異世界に繋がっていた。第10話 森を抜けても町に入れない
「ティー!!!しっかりしろ!!ティー!!!テン!!頼む、早く回復を!!!」
天としても急いでティーの回復に向かいたいが、魔獣を片付けなければ固まった三人は再び一斉に噛み砕かれる事だろう。
「グガアアアアアアアオオオオオオオオォォォォォォッッッッッ!!!!!!」
天が躊躇いながらジリジリとティーの元へと摺り足で移動しているその時。
魔獣が口から血を吐き出しながら悲鳴を上げる。
苦しそうに大口を開けて悲鳴を上げる魔獣の口内に光る物が見えた。
ティーの短剣だった。
「……肉を切らせて……骨を断つ……?」
「ティー!良かった!まだ意識があるか!!」
何でティーが地球の諺を知っているのか。
もしかしたら何かで教えたような気がしなくもない天は罪悪感を感じつつも声にまだ余裕がある事を感じ、魔獣と向き合う。
スーロはティーの意識がある事に喜んで声を掛けていた。
「スーロ!!その剣をこっちへ投げろ!」
「?!」
天の言葉にスーロは素直に己の剣を天へと投げる。
天はその剣を受け取り、苦しみ藻掻く魔獣の鼻先を斬り付けた。
「グワアオウアアアオアアウアアワアアッッッッッッッ!!!!!!!」
鼻先の痛みに魔獣が顔面を上に仰け反らす。
天の前には魔獣の首元が露わになっている。
腕を上空で半回転させ、反動を付けて首元を斬り付け、再び遠心力で逆側から斬り付ける。
そのまま腰に力を入れ、全体重を乗せて今度は重なり合った傷口に突きを押し込む。
「グワワアアアアアアグオオオオオオオガアアアアアッッッッッッッッッッッッッ!!!!!!」
剣を引き抜くと勢いよく血が噴き出す。
魔獣は断末魔の悲鳴を上げ、血を撒き散らしながらその場に倒れ込んだ。
「ティー!大丈夫か?!」
魔獣が血を流したまま動かなくなった事を確認し、天は踵を返してティーの元へと駆け寄り、手を翳す。
「今度は嫌がるなよ、血を止めねえと……」
未だ血を溢れさせているティーの顔色は真っ青に変わってしまっている。
天が手を翳すが、ティーも今回は大人しく目を瞑っていた。
翳す手が淡く光り出し、溢れ出す血が見る見る減っていく。
それは巻き戻し再生をした録画映像のように出血すら体内に戻っていき、ティーの体はおろか、顔色まで元の色へと戻した。
「……あれ??治癒魔術って輸血も出来る……のか……???」
「……でも、ティー、すっかり、元気……」
違和感を感じつつもスーロの怪我に手を翳し、傷を消す。
やはり出血が巻き戻るかのようにスーロの体へと消えていった。
ティーは何もなかったように動き回り、魔獣の口から短剣を引き抜こうと手を突っ込んでいた。
「確かに、出血での怠さすら治っている……!!何だこれは?!」
「何か巻き戻してるみたいだったよな……まさかこれ……一部分の時間を巻き戻す魔術、とか……?」
「いや、時間に関わる魔術は存在しないはずだ。……まさか……テン自身の魔法、なのか?!!」
二人は藻掻いているティーの手伝いで魔獣の口を押し上げながら話を進める。
「へ?魔術と魔法って……何か違うのか?」
「魔術は精霊が作った術を発動させる事だ。魔法は己の魔力で発動させる、極めて特殊な力らしい。昔話で聞く程度しか知らんが……」
「……ふーん……あ!て事は、魔術代払わなくていいって事か!」
「恐らくそうだろうと思うが……魔法に関しては殆ど記述が残っていない。現在使える者がいないからな。だからすまないがよく分からん」
「……使える者が……いない?」
天が恐ろしい言葉を聞いてしまったとばかりにゆっくりとスーロの目へ視線を動かす。
スーロは真剣な表情でゆっくりと頷いた。
「……恐慌状態どころではないな……下手すれば奪い合いで国同士の戦争が起こるかもしれん」
「……ムリ無理無理無理!!!」
「この事は、絶対に三人だけの秘密だ!!!ティーもいいな!」
ティーは魔獣から短剣を取り戻し、魔獣の毛で血を一生懸命拭き取っている。
「テン困るの嫌……ティー、言わない」
「……頼む」
ゆっくりとテンを振り返り意志を伝えると、ティーは再び血を拭く作業へと戻った。
徐にスーロは天とティーを交互に眺めながら手元を忙しそうに動かしている。
他に何か言いたい事があるのだろうか?
その動作に天はスーロの方へと振り返り、不思議そうにスーロを見つめた。
「……二人共、私事に巻き込んでしまって……すまない」
言い出しにくそうに言葉を探っていたスーロが不意に頭を下げる。
天はスーロとパーティーを組んだ時に考えついていた事態だった為、逆に謝罪してくる事に驚き慌ててスーロを振り返る。
「予測はしてたんで気にしてねーよ……ってか、逆にスーロ一人の時じゃなくて良かったんじゃね?結果的に勝てたし」
「いや、もし来ても一人で返り討ちにするつもりだった……まさか魔獣まで連れてくると思わなかった私は浅はかすぎる……申し訳ない……仲間失格だ」
「……いや、そんな事ないだろ……?」
スーロは顔を下げたまま戻そうとしない。
姿は見えていなかったがティーが目の前で自分を庇い食われた事もショックだったのだろう。
スーロの深刻な落ち込み具合に天は動揺し、上手くフォロー出来ずに慌てふためいていた。
「……冒険仲間なんだしさ、お互いの為に力になるもんじゃねーの?俺だって二人巻き込んでるしさ」
「それは違う。私はそれを望んで天と同行した。私の問題とはやはり違う……ムリヤリ同行して巻き込んで……庇われまでして……ティーには痛い思いまでさせて、すまない……」
「……いや、だから俺も予想してたし、気にすんなって!!」
「……しかし……」
何だかどう言おうと堂々巡りな気分になる。
天は己の伝達力の無さに憤りを感じていた。
「……スーロ、それ、違う……」
天の代弁をするようにティーは短剣の血を拭き取りながら口を開く。
「……申し訳ない、すまない……じゃなくて、有り難う……でしょ……?」
当然とばかりにティーはスーロへと言葉の訂正を促す。
ティーの言葉にスーロは漸く頭を上げ、潤ませた瞳で微笑んだ。
「……そうだな、有り難う、二人とも……」
「さ、二人とも、そろそろ先行こうぜ。日が暮れちまう」
天の言葉にティーは剣を太股の鞘に戻し、天の元へと駆け寄り、パーカーの裾を掴んで歩き出す。
スーロも天の横に並び、進行方向へと歩き出した。
暗く生い茂った木が少しずつ減りだし、差し込む光が増えてきた。
恐らくそろそろ森を抜けるのだろう。
三人は襲いかかる生物を倒しながら前進する。
「私にもティーが見え、声が聞こえるようになったのは嬉しいな」
「そうだよな。てっきり幽霊かと思ったけど、どうも魔術で隠してたっぽくないか?」
「そうだな、確かに城にいるような大魔術師くらいになれば、そういう魔術が出来た気がするぞ」
「けど、だとすると、何で俺には見えたのか、って疑問がだな……」
「それは、テンだからだろう?テンならそのくらい軽く出来そうだからな」
「いや、お前の評価は真実と大分違うから信用出来ねーよ……」
「……ティーも、スーロと同意見……テンは凄い……」
ティーの言葉に天は愕然とし、スーロは歓喜してティーの手を握る。
「そうだろう!そう思うだろう!テンが自己評価が低いだけだな」
ティーはゆっくり頷くとスーロの手を剥がし、テンのパーカーの裾を握り締めた。
手を剥がされた事に少々ショックを受けるスーロだが、同意見を聞けて気分が高揚しているらしく、あまり気にせず歩を進める。
そんな二人に天は高く掲げられたハードルを想像し、深すぎる溜息を吐いた。
「……しかし、何処かで見た事があると思ったのだが、ティーはもしかして姫様じゃないのか?」
「はい?!!」
スーロの爆弾発言に天は驚愕し、目を瞠る。
当のティーは意味が分からないのか天のパーカーの裾を握り締めたまま首を傾げていた。
「……姫って……今から向かう城下町の……城の姫???」
「そこしか私は知らんぞ。ティ……ヌとかいう名前も何処かで聞いた事があるとは思っていのだ。確か姫が私に興味を持ったようで城に呼ばれた事もあったな。覚えているか?」
「……会っといて、名前も顔も忘れるんかよ、自分トコの姫さんを……」
天はスーロの言葉にガックリと項垂れる。
ティーはやはり意味が分からないのか、天のパーカーの裾を握り締めたまま首を傾げていた。
「やっぱ、記憶喪失なんかな?」
「そのようだな……どうしたのだろうか?」
天と出会った時は既に名前すらよく分かっていない状態であった為、会う前に何かあったのだろうが、誘拐などにしては怪我一つせず服も綺麗なまま寝ていたティーに何があったのか想像が付きにくい。
「……けど、このまま城に引き渡して俺が記憶奪ったと思われて罪になったりしねーだろーな……」
「!!それは……かなり可能性が高いな!!……どうしようか?」
天の言葉にティーの体が強張り、足を止める。
パーカーを引っ張られた事でその様子に気付いた天は足を止め、ティーを振り返る。
顔色が青ざめ、震えながら一生懸命パーカーを握っているティーの様子に、天はティーの頭を撫でる。
「別にムリヤリ置いてく事はしないからな。記憶が戻ってから考えようぜ?」
「……ありがと……テン……絶対、置いてかないで……」
ティーは握っていたパーカーに顔を埋める。
そんなティーの様子に天は苦笑しながらティーの頭を優しく撫でた。
三人は漸く森から脱出する。
空は赤々と燃え上がり、遠くに聳える山、広い平原にもその色を写し、夕刻を知らせていた。
平原を少し進むと巨大な城の上部とそれを囲む城壁が見えてくる。
三人は表情を明るくし、足取り軽く城の方へと進むが、城壁近くで聞こえてきた声に足を止める。
「大変だ!!!ティエレンヌ王女様が誘拐されたそうだ!!!」
「……馬鹿!!そんな事喋ってたら首跳ね飛ばされるぞ?!!」
「けど、もう城下町中の噂だぞ?!……一体誰がティエレンヌ王女様を……?!」
門番達の声を聞いた天は咄嗟に自分のパーカーを脱ぎ、ティーの頭に被せた。




