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×ブラジル人の匂いはブルーベリー

作者: 結城菜緒

えーと、恋愛の要素はあまり強くないです。

あと、これは頭に入れておいてもらいたいのです。私は決してブラジル人さんをバカにしているわけじゃありません。これを読んだブラジル人さん、その家族さん。誤解はしないでください(´v`@)

あくまで主人公の主観です。



 冬がくるたびに思いだす。

 胸のざわめきと

 ブルーベリーの匂い。

 だから、歩きだす。



 空が薄黒い。雨が降りそうだ。

 寒くて寒くてしょうがなかった。誰もが自分のことしか考えていなくて。

 町並みをさ迷う一くくりのはずなのに、ばらばらで。まとまりなんて、協力、協調なんてありえなくて。

 雑踏が脇を流れて、靴足音が胸の声よりもうるさい。喋る声なんて嘘ばかり。話す言葉には何もこもっていないのに。

 冷たいベンチは、私の下だけは温かい。ううん。本当は冷たい。自分が気づいていないだけ。気づかないようにしているだけ。

 木を型どった雰囲気の外形に期待した私がバカだっただけ。

 はびこれば、それだけ終わりが遠くなる。

 目を開けても、腐ったような目線しか感じられない。気持ちがわるい。

 私とさほど変わらない年格好、顔作り。それなのに片手には煙草。一人でいれば、そんな人たちに声をかけられる。

 またこの声。この言葉。同じような格好に仕草。むせるような香水の匂い。昔すれ違ったブラジル人の強烈な匂いに、頭の中身を揺さぶられたのを思い出させられる。

 いつも通り、つめよる男二人を無視した。面倒だ。ふりかかる全てがどうでもいい。

 男たちは多少笑みを崩すも、それでも優しさを装った声色は崩さない。

 いくら飾っても、中身のないものはいらない。早くそれに気づけばいいのに。惨めなだけだ。

 苛立ちを表にだし始め、男の一人が私の腕をつかんでベンチから立たせようとした。いいじゃん、いいじゃんとか言いながら。言葉を発するのが面倒なら、出さなければいいのに。こっちだって欲しいなんて言っていない。しかも何がいいんだ? そんなものが通用するのなら、ツボでも買えばいいし、保険にでも勝手に入れば。

 服が近い。肌が近い。

 きつい匂いがする。車酔いしそうだ。船酔いでもいいけど。

 吐気がする。

 やばい、気が遠くなる……。



 気がついたとき、一番に空が見えた。薄い光で眩しい。

 公園のようだ。本物の木造のベンチに横たわっていたらしい。腕や腰が痛い。違和感を感じる程度だけど。

 木がまばらに植わっていて、空気がいいのはそのせいだろう。

 頭が痛い。

 額に片手を添えてうつ向く。出かけるんじゃなかった。空気が吸いたいなら、ベランダへでるだけに止めるべきだった。

 ――トンッ、トン。

 聞きなれない音がした。空気……風船が跳ねるような。

 辺りを見回すと、すぐに現況がつかめた。 黒い肌をした男の人が、サッカーボールでリフティングをしている。数メートル離れている所で、温かいであろう息を小刻に吐きながら、ボールを一心に見つめている。

 短いツンツンした髪だけでは抑えられないほどの汗が、額から頬の横をつたい、首へ、服へと落ちて消える。

 青色のコートの前から、動く度に黄色いシャツが印象を強調している。

 彼の周りの全てが生きているような気がする。

 彼に息を、命を吹き込まれた?


 ブラジル人?

 サッカーと黒い肌を足した答えがブラジルしか浮かばない私は、なんて面白味もボキャブラリーもない人間なんだ。

 彫りも深いし。大体青色と黄色をあわせるなんてカラーセンス。ブラジル人しか持ちあわせてないよね……? 私の単なる思い込み? だとしたらブラジル人の方たちに謝らなくてはならない。

 サッカーボールが、彼の頭や右足、左足を楽しそうに駆け回っている。とまることを知らないで。ずっとずっと。永遠に続くような自然な時間だと思えた。


 何を思いたったのか、彼はボールの勢いを徐々に弱めた。数回にわたる楽しさ加減のバウンドがとまった。

 彼は深い息をはいて、目をとじて天を仰いだ。最後の滴が、額から流れ落ちる。噴きでた額の中途半端な汗を腕で拭う。

 きっと、とても暑いだろうに。それなのにコートを着ている意味が分からない。しかも青。青と黄。

 不意に、とじられていた目とまつげが上げられ、こちらを見た。

「ああ、なんだ。目ぇさめたのか。声かけてくれればよかったのに」

「わ! 日本語しゃべった」

「…………」

「…………」

 さも当然のようにブラジル人――外国人――だと思っていた私は、思わず口ばしってしまった。

 彼は目を丸くしてとまっている。

 ああ……どうしたらいいのか分からない。えっと、えっと。

「なんだそれ!」

 彼は、こらえきれなかったとでもいうように、ぷっと吹きだした。目を細めて、ははっと声をあげて笑いだす。

「外人に間違えられることはあるけどさぁ。そんなしゃべりだしは初めてだな」

 彼はそう言いながらも笑い続けていて、自分の顔が熱くなった。

「ちょ、ちょっと、いつまで笑ってるの」

 両腕を上下させながら、なかばキレ気味でそう告げると、彼は目線を上げた。

「ああ、わるいわるい」

 笑いを終わらせようと呼吸を調えたり、余分なツバを呑み込もうとしている。

「あー、笑えた」

 彼は、横っ腹を左手でさすりながら呟くと、黒目がちな目(異様に黒目が大きい)で私の顔を見たようだ。

「なんか、あれだ。あ、……ケガとかない?」

 まだ緩む口元で話しだすと、少し真顔に戻ったようにして気遣う姿勢を見せた。さっきまで笑いころげていた人が、掌を返すように心配でしょうがない、みたいな表情を見せたことに正直戸惑った。

「いや、別に」

 無愛想にしか返答できなかったことに対しての自己嫌悪が、ふつふつと沸き上がる。

 そんな私が特別気にならなかったのか、彼はふわっと息をはきながら笑顔をつくっていた。

「そう。よかった」

 あまりにもさらりと言われてしまったので、何かについて不安になった。何かは、分からないけれど。

「あ、あの、助けてくれたんでしょ。ありがとう」

 気づいたときにはそう言いながら、手をモジモジさせている自分がいた。

 彼は、離れた所に転がったボールを取りに行くらしく、背中を向けている。

「べつに、大したことはしてないよ」

 かがんでボールを片手で掴むと、こちらに体の正面を向けて歩いてきた。

「この公園に来る途中だったから。偶然見ちゃってさ。ほっとけないだろ、そーゆうの」

 さっきまでの明るさがどこかへ飛んでいってしまったかのように、彼は淡々と話していた。

「あ、今気づいたけど、寒いよな。わるい、オレ気ぃきかなくて。コートでも被せときゃあよかったな」

 表情があまり変化しない、抑えた動きは、彼の心からの心配を教えてくれた。むしろ、謝らないといけないのは私なのに。心が痛んだ。

「そんな。大丈夫。全然寒くないし」

 それでも心配そうに見てくる彼の顔を、私は直視できなくなっていた。

「あー 名前。名前なんていうの」

「オレ? あー テル男」

 彼はそう言い放った。

 テルオ?

「いや。冗談はいいからさ」

「や、冗談とかじゃないけど」

 不思議そうに私の顔を見ている。

「だから、テル男。カタカナの“テル”に男の“オ”」

 丁寧に説明する“テル男”。

「絶対嘘だよ」

 “テル男”はため息をついて、またふっと笑う。

「なんで名前で嘘つくんだよ。意味分かんねぇーし」

 まだ笑っている。

「だって、なんか“テル男”っぽくないし」

 変な言いわけだけど、本当に思った。別に、このごに及んで横文字でマルゲリータ? とかわけが分からない名前を要求しているんじゃないけど。しっくりこない。

「ぽくなくてもテル男なの」

 保育園の先生が園児に言いきかせるみたいに優しい声だ。バカにされている気もしなくはない。でも、嫌じゃないのはどうして?

 テル男は薄笑いしながらしゃがみこんだ。何事? と思い、体勢を低くして覗き込むと、靴ひもを結び直しているようだ。

「あ、それでさ」

 いきなり喋りだすからおどろいたが、私は平然を装って、直立に立ち直した。

「え、何」

 緊張してまた無愛想……。

「あのさ、気をつけた方がいいよ」

 耳を疑った。てっきり私の名前を聞かれるものだとばっかり思っていた。流れ的にそうでしょ? それともテル男は私に興味がないの?

 私は心底がっかりしていた。

 しかも、気をつけろって何のことを言っているのか全然分からないし。

「聞いてる?」

 今度は反対の左足の靴ひもを結び始めたようだ。そのテル男が謎の上目使いで私を見ている。

「聞いてる。けど、意味が分からなかった」

 見つめられていることからの緊張と、名前を聞かれることへの期待で一杯だった頭のなかを知られないようにドキドキしていたら、また抑揚のない喋り方をしてしまった。

 テル男はしばし何かを考えているようで、靴ひもを結ぶ手が少しも動いていない。

「えーとさ。つまりさ。男を無視したりとかしないほうがいいってこと。あ! だからってアレだよ。こう、笑顔で話をした方がいいなんて言ってるわけじゃないんだ……けどね」

 テル男は頭のツンツンを触りながら、ぶつぶつ呟いていた。聞き取るのがやっとだ。

「ほら、相手は男なんだし。何かと危ないだろ? だからさ……」

 そこでテル男は言葉を詰まらせた。続きが出てこない。その上、靴ひもを結ぶ気があまりにも感じられない。これじゃあ、ただ片膝を地面につけてしゃがんでいる変な人だ。いや、喋らないから、端から見たら変なブラジル人決定だ。

「靴ひも……結ばないの?」

 勇気をだして、うつ向くテル男に話しかけた。はく息がふるえた。

「へ? ああ! 結ぶ結ぶ」

 寒さのせいか、手が思うように動かないらしく、テル男はひもを結ぶのに手間取っている。

 結んだ、結んだとか言いながら立ち上がったテル男は、私に半分背中を見せた。左肩越しに横顔が見える。横顔から目を離すことができなくなった。

 テル男は、わざとらしく感じられるせき払いをした。

「なんで、無視とかしたの? 別に仲良く話せなんて言ってないよ。でも、今の君見てると、実感わかないっていうかさ」

 コートの中の黄色いシャツの襟の辺りをつまんでぱたぱた空気を入れているようだ。熱いのかな。

「嘘っぽいから」

 私は呟く。

 テル男は、振り向きそうになっていた。首が動こうとして血管が浮き出たから確かなこと。私はテル男から目が離せなくなっているから簡単に分かった。

「嘘っぽいって何が?」

 テル男は、手に持ったサッカーボールを地面に置いた。

「みんな……誰もの話し方が。声も」

 見えているテル男の左目の瞼があまり動かない。どこか一点を見つめているようだ。時々するまばたきの瞬間も見逃せない。

「……だから無視するんだ?」

 私は頷いた。

 見えないはずの私の動作を感じとったのか、テル男は少し目線を下げた。地面を見ているみたい。

「オレも?」

 不意に投げられた。不意すぎて面食らってしまった。それに、考えてもみなかった。

「オレの言葉も、声も、嘘っぽく感じる?」

 いつの間にかテル男は、こちらに向いていた。まっすぐ私の目を見ている。

 私は、目を逸らしてしまった。

 目をとじて考えてみた。テル男の言葉を、声を。笑い声も聞いた。失礼なくらい笑ってた。ふって息をはきながら笑うのを見たんだ。何回も。最初は、ブラジル人だと思ったんだっけ。

「……嘘っぽくない」

 呟く。

「嘘っぽくないよ。……偽ブラジル人だから、存在自体嘘っぽいし、怪しいけど」

 久しぶりに笑った。笑いながら喋った。

「本当か?」

 目が跳び出してきそうなくらい目を大きくしたテル男がいた。そんなテル男を見たら、自然と口元が緩む。

 いきなりテル男の方にひきつけられた。腕を引っ張られたのか、テル男が私に近よったのか。背中にテル男の腕が回された。意味が分からなくてパニックで頭が回らない。

 テル男の真意は分からない。けど、まずは落ちつこうと息を吸ったりはいたりした。

 すると、ブルーベリーの香りがした。ほのかな匂い。心地よい感覚。

 その次の瞬間、私は冷たい空気に抱かれていた。

「あ、わるい。なんかよく分かんないけど……ほら、あれ。感極まったってやつ――」

「ねぇ!」

 早口で何か言っているテル男の言葉を遮った。

「ブルーベリーの……香水? 何。この匂い」

 テル男は最初、私が何を言っているのか分からないといった様子で、首を傾げていた。

「だから、ブルーベリーだよ」

 ああ、なんだ、と空気をはいて、コートのポケットを探り始めた。

「ねぇ、何してるの。そんなことより香水の銘柄を教えてほしいんだけど」

 テル男はまだコートのポケットに夢中だ。

「あー 違うよ。香水なんてしゃれたのオレが持ってるわけないだろ。ブルーベリーは――」

 まだごそごそとあさっている。今度はズボンのポケットに手を突っ込んだ。

「あ! あった」

 あるわけないじゃない、ポケットに入るわけ――と、私は言おうとした。

「ほら!」

 掌が突き出された。テル男の掌にはブルーベリーの板ガムがのせられており、数枚残ったものがお馴染の筒みたいな包装紙に収まっていた。

「ガム?」

「ああ。意外と強い匂いするよね。でもよく分かったな。オレが持ってるの」

 掌にちょこんとのっているブルーベリーの板ガムをまじまじと眺める。存在を忘れられるくらいひっそりとズボンのポケットにしまわれていたガムたちは、みな同様に、自体が曲がっていたり、包み紙が折れていたりとよれよれだ。

 なんだ、こんなに近くにあったんだ。

「こんな簡単なことだったなんて。なんで今まで気づかなかっただろう」

 ブルーベリーに。

 テル男に。

「今までが嘘みたいだよ」

 どうしてだかむしょうにおかしくなって、笑いたくてしょうがなくなった。

「ふっ、ははは。あははははははっ」

 公園に私の笑い声が響く。

 テル男はそんな私を見ていたが、いつの間にか、ふっと笑いだした。

「ふっ。あーっははは。笑いすぎだろ」

「ふっふふっ。テル男も笑ってるし」

 お互い顔を見合わせて、笑いに拍車をかける。

 世界に二人の笑い声が響く。

 私のなかに、自分とテル男の笑顔が脈打つ。


 端から見たら、笑い過ぎな変な女と、得体のしれないブラジル人なんだろうけど。今はそんなことどうだっていいんだ。

 ブルーベリーの香りに包まれているから。




 冬がくると思いだすんだ。あの日の出来事を。私にいくつも与えてくれた日を。


 でも、ブルーベリーの板ガムは買わない。息苦しいこの世界に、私が生きていく為には必要なんだけど。

 だって、あの公園に行けば会えるでしょ? ブルーベリーと、それにまけないくらい私を包んでくれる、偽ブラジル人に。


 ほら、リフティングの音を響かせて。








おはようございます。目がしぱしぱします。


なんだか昨日、テレビでサッカー中継みたいのがやっていました。ご飯を食べながら家族で見ていたところ、このお話が浮かんだので一気に書きおろしました。初ですね。

ラストが書き終わったときに腕がとても痛かったです。侮るなかれって感じですね(?)。

ちょっと私的にも書くのを急ぎ過ぎたせいか、謎なお話だったので、素直な感想などいただけると嬉しいです。



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[一言] 読後と言うか、テル男君が登場してから思いましたのは、 【あ、これ連載で読んでみたい】って事でした。 いやもうね……テル男君のキャラ考えていた時、氏に何かが降臨していたんじゃないかと(((σ・…
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