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紅掛空色  作者: えいり
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プロローグ2

「大通りの向こうの、黄色い屋根の宿屋です」

 小走りした足を一度止め、アリシア様の顔を見る。もう大通りまで十メートル程だった。

「人、多いですね」

 国軍の兵も。アリシア様が呟くのが分かった。兵士は三人。そう多くはないが、朝方ということもあり、人も多いから見つかったら大事だ。兵が動く度にカシャン、と鎧の軋んだ音が聞こえてくる。

「フード、深く被っていて下さいね」言ってからアリシア様がフードを被り直したのを見てから、

「じゃあ行きます。目の前で向こう側まで三十秒かからないでしょうし、歩きます」

 タイミングよく兵は宿屋の方も僕らの方も見ていない。目深にフードを被らせたから、通る人に見られたりしたが、向こう側まで行くのは楽だった。

 宿屋のドアを開けて先にアリシア様を入れて、さっとドアを閉める。中には宿主のフィンおばさんが暇そうに店番をしていた。

「アル、おつかいだけだったのに遅かったじゃないかい。……おや、その嬢ちゃんは?」

 頬杖をつきながらおばさんがアリシア様を指差すと、僕の隣から後ろに身を隠す。

「訳ありだよ」なんせ世間では軽く犯罪者扱いですからね。

 二階奥の部屋貸してと言えば、わがままだねえ、と文句を言いながらもちゃんと鍵を貸してくれるおばさん。鍵を受け取ると、僕らは階段を上った。その時、アリシア様がフードを外した。「わ、アリシア様ダメですって」「ご、ごめんなさい」そんな会話を聞いてしまったのだろうか、フィンさんが「本当に訳ありだね」と小さく呟いたのが聞こえた。




「目が覚めてしまった夜、自室で外を眺めていたんです。何故かその時は“飴色の空”も大分収まっていました」

 目を伏せて、その時を思い出すようにアリシア様が言った。

「あ、話の腰を折ってすいません。“飴色の空”って収まるものなんです?」

「えぇ。まだ原因不明ですが何らかの淀みなので、ちょっと魔術で細工すれば。完全な青空になんてなりませんが」

「そうだったんですか、あ、続きお願いします」

「はい。急にドアが開いて、城の老爺が『お逃げなさい、二、三日後、城下町路地裏に居る金髪の少年が助けてくれるだろう』と言ったのです。戸惑っていると突然銃声が響いて、その老爺は殺されていました。窓から飛び降りて逃げようかとも思いましたが、自室は四階で確実に死んでしまう高さ。扉の前には剣を構えた兵士がいました。仕方無しに魔術を使って走って強行突破したのですが、勢いで五人ほど。掠り傷程度だと思ったんですが、後ろからまたも銃声が鳴って、振り返ったら皆死んでいました。その後文字通り死にそうになりながら、貴方をみつけました」

 私は、本当に何もやっていないんです。

 アリシア様が静かに呟いた。

「その老爺さんとか兵士を殺した人、はっきりと見てないんですか?」

 俯きながら僅かに首が縦に動いた。「多分、王家の誰かだと思います」

「そういえば、僕と会う前の二、三日はどう過ごしてたんです?」

「あ、えっと、全て移動は夜の間にしていたんですけど、城下町を逃げまわって、近くの森海にいました。呪いの森とか、血の森とか言われてるの知ってたので、人も来なかったので」

 中々勇気ある方だな。因みに僕だったら絶対行けない。

「あと一つ申し上げれば、私は魔力も無いから人なんか殺められません」

「え?」王家は生まれ持ってるんじゃないんですっけ、と僕が言うと、

「欠陥品です。生まれつき王家が持つ魔力の一割も無いんです」

 核石で嵩増ししてるんですよ、と首から下げていたネックレスを出す。赤く、どこか暗い印象を与える核石だった。

「因みに何かできますか?」

「ちょっとした治癒と、少し光を灯せる程度です」

 そういうと、ネックレスを僕に渡し、細い指をぴんと立てる。じっと指先を見つめると、少しだけぽう、と光が出た。核石使うときには、この石を握り締めなきゃいけないんですけど、とアリシア様が言って、更に続けて

「今のが核石を使わずに出来る魔術です」

 ――これだけじゃ人を殺せないでしょう?

 アリシア様がもし本当に悪い奴だったら、こんなに綺麗で澄んだ真紅の瞳は見せないだろう。証拠も何もかもが曖昧で、同じように僕が殺されるなんて微塵も考えなかった。核石なんて消耗品だ。ある程度使ったら粉々になってしまう。すぐに捕まって、処刑でもされてしまうんじゃないか――そんな不安が頭を過ぎり、僕は、

「……分かりました。僕はアリシア様を信じてお助けしましょう」どうやって? そんなの後回しだ。

「あのっ!」

「何でしょう?」

「私、逃げたり隠れたりしなきゃいけないし、迷惑いっぱいかけると思いますが」

「大丈夫ですよ」

 笑顔で言うと、アリシア様はほっとしたように笑った。少しだけ瞳が揺らいだ気がした。

 こんこん。

「おいアル、お前屋根から別の屋根へ渡ってけるか」

 扉を開いて顔を覗かしたのは、宿の手伝いのハサックさんだった。青い顔をしていて、若いのに眉間に皺が凄い寄っていた。

「ハサックさん! え、頑張ればそれとなく……」

「嬢ちゃん何したんだい? 君がここにいるかもって、国兵が探しに来たんだ。今日で三回目。フィンさんが誤魔化してるから、早く」

 ええっ!? と僕が驚いて振り返ると、アリシア様が申し訳なさそうにしていた。「ほれ、金もってけ」とハサックさんが袋を投げて、健闘を祈る、じゃあなっ、と言って扉を閉めた。フィンさんの事だから、僕がアリシア様の事を放っておけない事くらい分かっていたのだろう。うーん、何だか悔しいな、と思いながら、残された僕とアリシア様は、

「……わ、私逃げます匿ってくれてありがとうござ「待って僕も行くから」

 ぱしんと手を掴み、壁に掛けてあった長剣を取って右腰に付ける。

「はい、行きますよ」

「えっ? あっ、ちょっと!」

 大通り側ではない窓を開けて、「はい、アリシア様登って」と言う。幸いここの屋根は女の子でも手が届きそうだ。落ちそうになりながらも登って、続いて僕が登った。屋根の上で立ったら落ちそうだったので、仕方なくしゃがむ。大通りは、さっき僕達が見た時よりも数倍人が多かった。もちろん、兵士の数もかなり増えていた。

「私達どうなるんでしょうか」

「……お互い死なないように、アリシア様が冤罪だったって分かってもらえるように努力しましょう」

「じゃあ、呪いの森行きませんか?」

「えっ……深緋(こきひ)の森、ですか」

「大丈夫です、上手く見つからないように、とにかく城下町から抜けましょう」


 え、あ、はぁ、と僕が言ってすぐ、アリシア様は姿勢を低くしながら小走り、という中々辛い業をしながら僕の先を行く。置いて行かれないように僕もついて行きながら、空を少し見上げた。

 空は、飴色だった。


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