プロローグ1
「っは……助けて、ください」
「はい?」
買出しをして、家への近道の裏路地に入ったとき、僕は冷酷なる姫君に助けを求められた。
数日前、『ルフトゥ城内の兵、大量殺傷 西国の姫君によるものか』という見出しの新聞が僕の下に届いた。内容を要約すると、月白の君――アリシア=ニューウェイ――が自身が主の城から逃げ出し、逃げ出す際に城の中にいた兵や配下の者を斬りつけたり、魔法で焼き殺した、という物だった。その残虐さから、王家に必ず与えられる二つ名を彼女は剥奪された。以前は「月白の君」と呼ばれていたのだが、今下町では通り名として「冷酷なる姫君」と呼ばれている。
――っていう人が何で僕のところに?
「匿って頂きたいのです」
更に裏路地に入り、蚊の鳴く様なか細い声で冷酷なる姫君が言った。うーん、そうは言われましても。僕が判断に苦しむ表情で黙っていると、
「話だけでも聞いてください! 大方私がやった事では無いのです……!」
「本当ですか?」
さっきの小さな声とは違って、大きな声を出した姫君の勢いに少し驚き、ならば話を少しだけ、と僕は言った。えーと、大方やって無いのならば、「冷酷なる姫君」なんて呼ぶのは失礼だ。普通にアリシア様と呼ぶことにしよう。あれ、僕こんな頭が高いって感じでいいの? 一応王家で次期皇帝候補の方なんだけど。まぁそこは気にせずに行こう。こんなんだから、僕はお人好しと言われるんだろうなぁ。冤罪掛けられてるってことは、きっと深い事情があったのだろう。もし深い事情なんてなく普通に斬りかかってきたら、僕はそこまでの人生だ。あぁ、短かったな僕の一九年間|(推定)。
「その目立つ綺麗な銀髪じゃ、すぐ見つかっちゃいますよね。これ、着て下さい」
僕の着ていた長いフード付きの薄手のコート(もどき)を羽織らせる。逃げてるんですよね、と尋ね、頷いたのを確認して小走りを始めた。
「あ、ありがとうございます。あの、お名前は?」
「僕ですか? アルフレッドって言います。本名不明です」
きょとん、とした表情のアリシア様。
「不思議ですか? 僕、よく分かんないんですけど一ヶ月前から記憶喪失なんで、初めて会った人に呼ばれた名前が“アルフレッド=シャノン”だったんです。とりあえずその人を信じてアルフレッドって名乗って、年齢は多分一九歳で、多分西国出身で多分初めましてなんです」
アルでいいですよ、と付け加えておく。
「では、アル……様? ゆっくり話が出来る場所へ、お願いします」
う、一般人の僕に様付けなんてしなくて大丈夫なのに。そんな事を思いながら、
「すぐそこなので、安心して下さい」
後ろを走っていたアリシア様に笑いかければ、ほっとした様ににこりと笑った。
僕の居候する家は、もう見えていた。