多数決に抗う桜
冬の寒さが過ぎ、四月を迎えると、
あちこちで待ってましたと桜が花をつけ始める。
桜の木は四方八方に枝葉を張り巡らせ、花を咲かせる。
それは見るものに感動すら与えるのだが、
必ずしも喜ばれるものだけではない。
あるところに、遊歩道があった。
遊歩道とは、車道の間に作られた歩道のことで、
少し高く作られていて、時には公園のようになっているところもある。
あるところの遊歩道も、そんな公園に近い遊歩道の一つ。
その遊歩道には、古いが見事な桜が一本だけ咲いていて、
その一本の桜を境に、東西に道が分かれていた。
一本の桜は分かれ道の目印としても親しまれていたが、
この春、ちょっとした問題を引き起こしていた。
春は桜の季節。
桜は一年に一度だけ、花を咲かせる。
だから桜の花は傷つけてはならない。
大切に守らねばならない。
そうなのだがしかし、この遊歩道の桜は少々事情が異なっていた。
その遊歩道の桜は今年、見事な花を咲かせた。
広がった枝葉はまるで蜘蛛の巣のように、遊歩道中に広がっていた。
枝葉がつけた花は見事なもので、遊歩道が桜色に染まっていた。
お花見には絶好のロケーション。
それはいいのだが、今年は少し花が景気よく咲きすぎていた。
ここは遊歩道。通常の桜並木と違って、桜の木の横を人が通る。
遊歩道が桜の花びらに埋もれて、目の前も見えない。
桜の枝葉が広がっているせいで、遊歩道を通り抜けられない。
そんな苦情が、通行人から地元の自治会へと寄せられていた。
「桜の花が多すぎて、目の前が見えなくて、人とぶつかった。」
「桜の枝葉が遊歩道を塞いでいて、桜の横を通る時にスーツが破けた。」
どの苦情も、遊歩道の桜が花をつけ過ぎていることに起因していた。
とは言え、年に一度しか咲けない桜の花を切ってしまうのも気が引ける。
「苦情を放ってはおけない。専門家に相談してみようか。」
自治会ではそのような話になった。
自治会では桜についての話し合いが続けられていた。
「いっそ遊歩道の桜の枝を切ってしまおうか。」
そんな話を聞いて、呼ばれてやってきた専門家は否定した。
「この桜の木は、随分と古い木のようですね。
あまり大きな桜の枝を切ってしまうと、
そこから傷んで全体が枯れてしまうかもしれません。」
「そうですか・・・。」
確かにこの桜の木は、今年は見事過ぎる花を咲かせているが、
平年はささやかな花をつける程度なので、
古い桜であることは納得できる話だった。
「じゃあ、どうすれば、桜を傷つけずに通路を確保できますか?」
「そうですね。例えば、網でまとめてしまうのはどうでしょう。」
「網で?」
「そうです。網で枝を丸めるようにくるめば、
花も枝葉も傷つけずにコンパクトにまとめられます。」
「網でまとめるのかぁ。」
「桜の花は楽しめなくなりそうだけど、
通行の妨げになってるって苦情には対応できそうだな。」
自治会の男どもは、わいわいと話をまとめようとした。
しかし、そこに専門家が釘を刺した。
「しかし注意があります。
桜の枝葉を網でまとめるのはいいのですが、
せいぜい三日間程度までにして、その間に一日は休みを入れてくださいね。
そうしないと、折れ曲がった枝が傷んでしまいますので。」
「ということは、東西の通路を三日間ずつ通行止めにする必要があるかな。」
するとそこに、待ったの声が割り込んできた。
「ちょっと待った!」
割り込んできたのは、中年の男。自治会員の一人だ。
「ちょっと待てよ。
東西の通路を通行止めにするのはいいが、
交互ってのはまさか、同じ日数だけ通行止めにするのか?」
「そのつもりだけど、何か不都合でも?」
「不都合もなにもないよ。
あの桜の通路は、西側を通る人が圧倒的に多いんだ。
それに比べて、東側を通る人は少ない。
だったらだよ?
西側を通行できる日を増やすのが道理ってものじゃないかい?」
困った自治会の会員たちは、専門家に教えを請うた。
「先生、桜のどっちかの通行できる日を多くするなんてできますか?」
すると専門家は、顎に手を添えて考えてから言った。
「網でまとめるのは三日間まで。休息には最低でも一日間。
ですので、通行止めを三日間にする必要はありません。二日間でもいい。
つまり、東西のどちらかの通路の通行止めを少なくすることができますね。」
専門家曰く、東西の通路のどちらかを優先して通行する日を増やせる。
そんな話に、数人の男たちが立ち上がった。
「待て待て。俺の家は東側通路の先にあるんだよ。
あの桜の横を通れなかったら、随分と遠回りをさせられちまう。
西側通路優先なんて、絶対反対だ。」
「俺も俺も。」
「そもそも俺は花見がしたいんだ。
あの桜の木に手を加えること自体に反対だね。」
「いや、しかしだね・・・」
桜の東西通路のどちらを優先するのか、どうするのか、議論は紛糾していった。
遊歩道の咲きすぎた桜の問題。
東西のどちらの通路を優先して通行しやすくするか。
それを巡って自治会では話し合いが行われていた。
決め方の基準は以下のような意見が出された。
西側の通路の通行量が多いので、西側を優先する。
数日毎に東側と西側で同じだけの通行日を設ける。
いっそ両方の通路を封鎖して、桜を楽しむ。
どの意見も一長一短。
それと、通行量が少ない東側通路を優先する案は出なかった。
誰もがやはり通行止めにするなら通行量が少ない方をと、
当事者である東側通路の利用者も考えていた。
自治会のおじいさんが言う。
「じゃあ、この中から多数決で決めるかい?」
すると頷く者の多いその意見に、抗う声が上がった。
「待った!何でもかんでも多数決はよくないんじゃないか?」
「まったくだ。それじゃ西側有利が最初から決まってる。
話し合う意味がない。」
「だったらどうやって決めるんだ?
麻雀か?野球か?サイコロか?
どれでも負けない自信はあるぞ。」
「我々だけの勝負で、
遊歩道の通行人すべての事を決めるわけにはいかんだろう。
あそこには女子供だって通るんだ。」
ワイワイガヤガヤと、自治会の議論はまとまりがつかなくなっていった。
桜が塞いだ遊歩道。
その西側と東側とどちらを優先して通行できるようにするか。
自治会では意見は出るものの結論は出ずにいた。
「いっそあんな桜なんか切り倒しちまえ!」
「何を言う!?」
酒も入って、つかみ合いの喧嘩も発生していた。
それを一喝したのは、自治会長のおじいさんだった。
「みんな、落ち着かんか!
そんなことで自治会を名乗るなんてできんぞ。」
「は、はい・・・。」
「でも、じゃあどうすれば?」
問われて、自治会のおじいさんは、長いヒゲを撫でながら言った。
「まず、多数決だが、これはまったく話にもならん。」
「どうしてですか?」
「選挙でも何でも、意見を決めるには多数決が普通でしょう。」
「それは普通ではない。よくある解決法というだけだ。
考えてもみろ。
通路の西と東と、どっちを通っても対等な人間だ。
どちらの方が人数が多いとか、女子供が多いとか、
そんなものは通行人の個人の責任ではない。
男だって女子供だって、同じ一人の人間だ。
通路を通る人間の多い少ないに、どちらが正義かなんてあるか?
さらには、我々自治会は自主的に集まった人間の集合だ。
機械的に多数決をする資格もないし、その理由もない。」
「言われてみれば・・・子供の方が狭い場所も通れるし、
この際は図体が大きい大人の方が弱者と言えるかも。」
「俺たち、女子供を優先する癖がついてたんだな。」
「そういうわけで、多数決は無しだ。
誰かをひいきするのも無し。
次に、賭け麻雀や野球は論外だ。
お前ら、警察のお世話になりたくないだろう?」
「あれは冗談ですよ。」
自治会の男たちの何人かは、額に汗を垂らして笑顔を浮かべていた。
「でも、じゃあどうすれば?」
「答えはもう出ている。
さっきも言った通り、人間は男も女も大人も子供も対等な一人だ。
病気であろうが怪我であろうが、誰かを優遇するわけにはいかない。
そうでなければ、常に他人に譲らされる者が出てきてしまう。
西側と東側と、通行量の違いはあれど、それは個々人の責任ではない。
だったら、すべての人が対等に扱われる方法をとる。
つまり、西側通路と東側通路と、対等に交互に通行止めにする。」
「うーん、まだもうひとつ納得できないけど。」
「他に方法もないし・・・はい、わかりました。」
「きっとこのやり方は、先程のやり取りと同じような苦情が出るだろう。
特に、通行量の多い西側通路を利用する者たちは不満だろう。
そうしたら、説明してやってくれ。
人はみな対等、通路の利用者の人数は個々人の責任ではない、とな。」
こうして、自治会の方針は決まった。
桜の東西通路の利用者数に関わらず、交互に通行止めにする。
きっと、納得しない人たちは出てくるだろう。
この世は多数決が支配しているのだから。
でも、多数決だけが本当に正しい方法なのか。
これから説得する必要があるだろう。
そんな人間の思い込みを嘲笑うかのように、桜はたくさんの花を咲かせていた。
後に。
網でまとめてもまとめても咲き誇る桜に白旗を上げた自治会の人たちは、
遊歩道に通路を確保するのを諦めて、みんなでお花見をしたのだった。
そこには西側も東側もなく、通りすがりの人も含めて誰もが花見を楽しみ、
西側と東側の通路の利用者は、今だけの遠回りを受け入れていた。
終わり。
この世は多数決に支配されています。
工事などで通行止めにする時は、通行量は少ない場所が選ばれます。
しかし、その道を通る人たちは、いつも譲らされることになります。
それは果たして平等と言えるのか。
不平等の上に成り立つ社会は許されるのか。
多数決以外の解決法がいつか見つかって欲しいと思います。
お読み頂きありがとうございました。




