第5話 奴隷となった少女の思いがけない一日 ★
◇ ◇ Another view ◇ ◇
「……んっ、んん――」
狼人の少女、ベルは目が覚めた。
心地よいまどろみから、ゆっくりと意識が覚醒していく。
(あっ、そっか。私、そういえば奴隷になったんでしたね)
布団をめくり、のそりと起き上がった。
その無意識化の行動をワンテンポ遅れて認識し、ハタと気づく。
(ベッドで眠れるなんて贅沢……凄くグッスリ眠れた。いつ以来でしょうか? こんな、誰かから追われる心配をせず、安らかに寝られたのは)
ベルは自身にあてがわれた部屋を出て、人気のない廊下に立つ。
2階建ての家はまるでお屋敷のようで、今までベルの住んだことが無いくらい広かった。
すぐ近くにある“先輩奴隷”の部屋を訪ねる。
だが、ドアをノックしても反応が無い。
次に“厨房兼食堂”へ向かうと、そこに美少女奴隷の姿があった。
「――あっ、おはようございます、ベル」
「おはようございます、ルミアさん」
ベルより先に、この家の主人の奴隷となった少女だ。
同性であるベルから見ても、とても綺麗で可愛らしい。
異性であれば誰もが見惚れるような、そんな清楚華憐な容姿をしていた。
「さっ、朝ごはんは出来てますから。顔を洗ってきて、一緒に食べましょう」
「分かりました」
自分より一つ年上、しかも一応は先輩にあたる。
そんな彼女に、自分の食事分まで用意させてしまったことを申し訳なく思う。
だが洗面用の水魔石に触れているとき、ふと気づく。
(あっ、ルミアさん、『“朝”ごはん』って言ってた。ってことは、“夜”ごはんもあるのかな? 奴隷だから、てっきり1日1食あればいいと思ってたんだけど)
「おかえりなさい。――さっ、食べましょうか」
顔を洗って戻ってきたベルは、テーブルに並べられた朝食に驚く。
「えっ、あの、ルミアさん? これ……えっ、朝ごはん、ですか?」
編み籠に隙間なく盛られた柔らかそうなパン。
焼き目がこんがりとついたスライス肉も、ちゃんと二人分ある。
沢山ある果物も色味が綺麗で、市場で昨日・今日に買った新鮮な物だとわかった。
「はい、そうですよ? ――あっ、晩御飯はまたこれとは別にありますからね? だから遠慮しなくてもいいんですよ?」
ルミアの自然な態度や言葉から。
この朝食メニューが、今日だけの特別なものではないのだと察する。
驚きと戸惑いを抱えつつも、ベルはルミアの対面に座って食事を始めた。
(――美味しいっ! パンっ、凄くふんわりしてて柔らかい! お肉も、ちゃんとジューシーな味がします!)
「ふふっ、誰も取りませんから。ゆっくり、沢山食べてくださいね」
向かいに座るルミアは、まるで年の近い妹を見るみたいに微笑んでいた。
それに気づいて、ベルはガツガツと食べていた自分が急に恥ずかしくなる。
そっとフォークを置き、両手でコップをつかんで水を飲む。
(冷たくて、美味しい……。古い井戸とかじゃなくて、水魔石から出た水、なんですよね? この家、水魔石も沢山置いてあったし。凄いですね……)
そういえば、と。
ベルはその“家主”がいないことに気づく。
「……あの、ルミアさん。“あの人”――私を捕まえた、その、まっ、マスターさんは?」
ルミアの様子から“奴隷テイマーの青年”を悪く言うのが憚られ。
ベルは少し言い辛そうにしながらも、青年を“マスター”と呼んだ。
自分を捕まえようとしたときも、ルミアは青年に積極的に従っていたと記憶している。
ルミアが青年に対して悪感情を抱いていないことは、簡単に察することができた。
「ああ、ご主人様ですか? もう出られましたよ。詳しい行き先は私も知りませんが“バイト”とおっしゃってました」
ルミアは、青年のことをベルから尋ねられたのが嬉しそうな様子だった。
また青年を“マスター”と敬称で呼んだことも、好印象だったらしい。
強制はしないが、できればベルにも青年のことを好きになってほしいという感情が伝わってきた。
「“バイト”……」
ベルはそれを聞いて驚愕する。
ということは、奴隷の自分よりも早く起きて。
そして一人で、仕事に向かったということだからだ。
せっかく自分の力で奴隷を手に入れたのだから、奴隷に働かせればいい。
なのにそうしない。
ベルはそこに、とても言い様のないちぐはぐさを感じる。
……まあそのおかげで。
ベルはこうして誰に急かされるでもなく、優雅に朝ごはんを食べられているのだが。
もちろんその奴隷が食べるご飯代も、主人である青年から出ているのだろう。
つまり自分の主人になった青年は。
奴隷のために。
決して少なくないお金を稼いで、そして出してくれる人物なのだ。
(……変な人。むぅ)
ベルは何だか言葉にできない複雑な気持ちになって。
パンをもう一つおかわりしてやった。
(美味しい……もふっ)
「ふふっ」
……そしてそんな様子を、ルミアは微笑ましく見守っていたのだった。
◇ ◇ ◇ ◇
朝食後、二人は出かける支度をして町へと繰り出した。
「えっ、買い出しですか?」
ルミアにお出かけの目的を告げられ、ベルは急に弱気になったように聞き返す。
町の案内を兼ねたお買い物。
だがそのためには、お金が必要だ。
「……でもルミアさん。私、お金なんて持ってないです」
「ふふっ、大丈夫です。ご主人様からお小遣いをいただいてますから」
そう言って、ルミアは小さな袋から硬貨を取り出して見せる。
銅貨はもちろん、銀貨も複数枚あってベルは驚いた。
(そんなに持たせてくれたんだ。私でもそんな額、持ったことない……ルミアさんが信頼されてるのか、それとも“あの人”がズボラなのか)
「いらっしゃいませ~――おっ、ルミアちゃんじゃない!」
ルミアの行きつけらしい服屋にやってきた。
奴隷が入店してきても特に態度が変わらないところを見て、ベルは思わず一人でホッとする。
もっと酷い扱いをされるんじゃないかという、漠然とした悪い想像をしていたからだ。
「こんにちは。……この子、ご主人様の新しい奴隷なんです。何点か服を見繕ってあげたくて」
「ど、どうも。よろしくお願いします……」
ルミアから紹介を受け、ベルは緊張した様子で頭を下げた。
綺麗な店主の女性から、隅々まで観察される。
自分の貧相な身体を見られ、顔から火が出るような恥ずかしさを感じた。
その後、店主が選んでくれた普段着や寝間着を数着ずつ購入する。
どれも可愛らしく、ちょっぴりエッチな部分もあって、ベルは内心でとてもドキドキした。
(わ、私がこれを着るん、ですよね? うぅぅ~今から想像しただけでも何だか恥ずかしい!)
それから雑貨屋を回り、日用品もそろえていった。
肌着も新しい物を購入する。
奴隷になる前よりも、明らかに良い品物だ。
ベルはてっきり使い古されたボロキレのような肌着しか与えられないとばかり思っていた。
奴隷になった後の境遇など、悪いイメージしか持っていなかったのである。
なので、こんなにも綺麗な肌着を。
しかも複数枚買ってもらえることになって、ベルはかなり嬉しかった。
(わっ、わっ! る、ルミアさん、凄く可愛くてセクシーなの買ってる! えっ、それ私もはくんですか!?)
そのデザインのきわどさに、ドキドキさせられたのは内緒である。
◇ ◇ ◇ ◇
「――じゃあ最後。ちょっと寄り道したいんです。付き合ってもらってもいいですか?」
ルミアが可愛く振り返って、魅力的な笑顔で誘ってくる。
ベルに断る選択肢など端からない。
ルミアの先導についていくと、すぐに良い匂いが漂ってきた。
ベルがクンクンと鼻を鳴らすと、ルミアも嬉しそうに笑う。
「あっ、屋台……」
「ええ。ちょっと待っててください――」
ルミアはベルを待たせ、屋台の一つへと向かう。
そしてすぐに何かの串を2本持って戻ってきた。
「はい、これ。買い食いに付き合ってくれるお礼。ふふっ、口止め料です」
「えっ!? あっ、えっ、でも……」
戸惑うベルの手に、ルミアがそっと串を持たせてくれた。
香ばしい良い匂いがして、堪らずきゅぅっとお腹が鳴る。
「お金は心配いりませんよ? 私のお小遣いから出しましたから――あむっ。んん~! おいひぃ!」
(お小遣い……買い出し用のとは別なんだ。つまりあのマスターさんは奴隷でも、個人のお金を持つことを許してるってことかな?)
そしてそこまで思考を進めると、ベルはハタと気づいた。
ルミアが差しだしてくれている肉串は。
ルミアが個人的に、ベルのために。
貯めている自分の小遣いから出費して、購入してくれたものだということに。
(その厚意を無下にはしてはいけない――)
「はむっ……んっ~! お、おいひい、です! ルミアさん!」
肉は噛むと口の中でホロっと崩れ、ジューシーな肉汁が溢れ出てくる。
あまりの美味さに口が止まらず、すぐに一串を食べきってしまった。
「はふぅ~。ごちそうさまでした」
「ふふっ。お気に召したようで良かったです。……まだ食べたそうですが、晩ご飯がありますからね、これくらいにしておきましょう」
もっと食べたい欲があったことを見透かされ、ベルはまた恥ずかしくて赤くなった。
ルミアの言う通りに切り上げて、屋台エリアを後にする。
少し名残惜しさはあったものの、『晩ご飯』が待っていると分かると、途端に気持ちは晴れた。
「――ベル。奴隷になってしまったばかりで、すぐに気持ちの整理はつかないかもしれません」
帰り道。
隣を歩くルミアが、前を向きながら優しく語りかけて来た。
「私もそうでしたから。……それでも。他の奴隷テイマーでなく、ご主人様の奴隷になれたのは。そう悪いことではないと思いますよ?」
ベルは、ルミアの言いたいことが、何となくだがすぐに分かった。
今日一日のことを思い出すだけでも、自分のイメージしていた“奴隷人生”とは全くの別物である。
むしろ、奴隷になる前よりも良い生活かもしれない。
「……そうなんでしょうか?」
しかし、それを正面から認めることが憚られ。
思ってもないのに、ルミアに八つ当たりするような態度を取ってしまう。
それが凄く申し訳なかった。
同時に、子供のような自分のことを強く恥ずかしく思う。
「ええ。――でも、ゆっくりでいいんです。ベルのペースで、ご主人様の良いところ、素敵なところを知っていけば」
それでも。
ルミアは気に障ったような様子は全くなく。
むしろ自分のことを慈しむような、包み込むような優しさで接してくれる。
そしてそのルミアが。
そこまで気を許し、尽くそうとしているのだ。
それだけでも自分の中にある、青年に対する険や刺々しさが少しだが和らいだ気がした。
(……まあ、どっちにしろ、私はもう奴隷の身、ですからね。少しでも主人の覚えを良くする方が、利口でしょう)
「……わかりました。これから、マスターさんのために、頑張れるよう、努力します」
自分の中にある気持ちに折り合いをつけながらも。
何とかそれだけでも言葉にできた。
ルミアも。
ベルの中にある葛藤のようなものを踏まえたうえでの言葉だと、ちゃんと察した。
「ええ! ベルが一緒ならとても心強いです! 一緒にご主人様をお支えしましょう!」
ベルには、ルミアが今日一番の上機嫌になったように見えた。
(……まあルミアさんは凄く良い人だし。獣人の私でも使ってくれる新しい職場って考えれば悪くない、か)
そうして新しく青年の奴隷となった少女は、折に触れて思い出す。
この日が自分に、新たな帰る場所ができた特別な日だったなと。
◇ ◇ Another view end ◇ ◇




