第21話 怪盗奴隷の、温かさに包まれた一日 ★
◇ ◇ Another view ◇ ◇
「んんっ、ん……」
兎人族の少女ヴァニラは、朧気な意識で寝返りをうった。
まだ、窓から差し込む光に眩しさを感じる。
明るさから逃れる様に、布団を頭まで被った。
(……あっ、良い匂い)
清潔感ある、ふわりとした優しい香りがした。
布団を思わず顔に押し付けるようにする。
(んっ、全然カビ臭くない。昨日この部屋を、布団を、貰ったはずだよね? 普段からどの部屋も、布団も。ちゃんと手入れが行き届いてるんだ)
それはつまり。
いつ何時でも、奴隷が増えて良いように準備ができているということである。
そして奴隷を粗末に扱わないという意思の表れのように感じた。
ヴァニラは改めて、自分が奴隷となったことを思い出す。
だが何故か、悪い気持ちや不快感は湧いてこない。
あれだけ昨日は不安と絶望感で一杯だったのにと、とても不思議な気分になる。
モゾモゾと布団から出た。
顔を洗って軽く身支度を済ませ、昨日教えられた食堂へと向かう。
あくびしながら中を覗くと、そこには金髪の美しい少女がいた。
ルミアが、ヴァニラに気づく。
「あら? おはようヴァニラ。よく眠れましたか?」
同性でもドキッとするような、とても魅力的な笑顔だった。
ヴァニラはしばし呆然とする。
「えっと、うん。おはよう。……おかげでぐっすりだよ」
慌てて挨拶を返す。
また今のやり取りに、ワンテンポ遅れて胸の内がじんわり温かくなった。
(誰かに『おはよう』なんて言ってもらったの、いつ以来だろう。……なんか、こういうの、良いな)
「朝ごはん、すぐ温めますから。座って待っててください」
ルミアが立ち上がり、パタパタと厨房へ向かった。
ヴァニラは言葉に甘えて、朝食の支度をルミアに任せる。
(あっ。また良い匂いだ。……これは、スープかな?)
ヴァニラの予想は当たっていた。
ルミアは、野菜入りのスープを持って戻ってくる。
大き目にカットされた葉物野菜がこれでもかと入っていて、見た目にも色鮮やかだった。
目の前に置かれると、温かで優しい湯気が立ち上って香る。
お腹が小さくきゅぅっと鳴った。
ルミアがそれに気づいて、ヴァニラに優しく微笑む。
「フフッ。……さぁ。冷めないうちに食べちゃってください」
ヴァニラは恥ずかしく、顔に熱が集まるのを感じた。
だが、あえてそこに言及しないルミアの態度に深く感謝する。
(ルミア、可愛いし、凄く良い子だなぁ。わたしより1つ年下なのに、全然そう感じない。むしろ凄くお姉さんっぽい包容力があるよ)
「……いただきます」
「ええ、召し上がれ」
ヴァニラは若干照れを感じる。
誰かに見守られながら食事することも慣れない。
ルミアの視線を意識しながらも、木匙で具材とスープをすくう。
柔らかく息を吹きかけ適度に冷まし、そっと口に運んだ。
(……んっ。美味しい)
味付けは最低限だが、野菜の旨味がしっかりとしみ出している。
具材も柔らかくなっており、口の中で簡単にホロっと崩れた。
「……あれっ、これは」
ヴァニラは、スープの中に人参が入っているのを発見する。
ルミアに視線だけで問うと、優しい微笑が返ってきた。
「フフッ。……昨日、帰りの馬車の中で、ヴァニラが言ってたでしょう? 『好きな食べ物は人参』って」
それはテイム後。
町へと戻る馬車内での、何気ない会話だった。
(あんな、投げやりで答えてたことを、ちゃんと受け止めてくれてたんだ)
また、ヴァニラはじわっと心が温かくなるのを感じた。
(【四色】では、【白】では。誰もわたしの“好み”なんて知ろうとしなかった。わたしも、そうだったけど)
だからこそ。
言葉では言い表せないような優しさに触れた気がした。
「……パンも、好きに食べて良いですからね。おかわりも自由です」
「……うん、ありがとう」
ルミアの言葉にうなずき、編み籠に山と積まれたパンを手に取る。
持った瞬間に、すぐわかった。
指が沈み込むほどふわりと柔らかい。
大きくパクリと、一口食べてみる。
想像していたよりも、ずっと柔らかかった。
噛みやすく、小麦の風味が香ってとても美味しい。
そのまま思い付きのようにスープをすくい、口に入れてみる。
(ん~っ?! ――うわっ、凄く美味しい! なにこの組み合わせっ、口の中が幸せだっ!!)
ただでさえ柔らかい白パンが、スープでふやかされジュクジュクになる。
野菜の味がしみ込んで、いくらでも食べられる気がした。
ヴァニラは実際にその後、スープを2度おかわりする。
パンも5つ食べて、ルミアに軽く驚かれていたのだった。
◇ ◇ ◇ ◇
「ヴァニラさん、街の案内は私に任せてください!」
ドヤ顔をしたベルが、小ぶりな胸をドンと叩いた。
「えっと、うん。よろしくね、ベル」
遅めな朝食後。
ベルが、ヴァニラを街中へと連れ出してくれた。
ヴァニラは特に口出しせず。
やる気満々なベルの厚意に甘えることにする。
先導するベルについて歩くと、ヴァニラはすぐに不思議な気分を感じた。
(……こんなに堂々とわたしが街中を歩いてるなんて、凄く変な気分。いつもは【透明化】を使うか、顔を隠してコソコソしてたもんね)
お尋ね者の自分が回りの目を気にせず、普通に連れと一緒に行動している。
それがとても不思議でならなかった。
どこかソワソワとしたり、足元がフワフワした感じになる。
色々と見回ると、次第にその感覚にも慣れて来た。
ベルが終始、ヴァニラのためにと説明してくれている。
そんな細やかな気遣いが、何気にとても嬉しかった。
「ヴァニラさん、ヴァニラさん! 屋台、見ましょう! 私、奢りますよ!!」
「うん、行こっか」
そうしてベルの興味や好奇心にも付き合いながら、楽しく街中を散策する。
だが途中で、自分たちがちょっとした注目を集めていることに気づいた。
(……見られてる、よね? でも、“犯罪者を見る”って目じゃない。これは――)
観察眼の良いヴァニラは、すぐに察した。
特に異性から、チラチラと好奇の目が向けられている。
ベルも、そしてヴァニラも。
幼さを残しながらも、純粋に女性としてとても整った容姿をしている。
二人が異性から見て魅力的に見えるのは、至極自然なことだった。
(うぅ。こういうの、慣れないよ~。いつもは“仮面”つけてるか、【透明化】使ってるから!)
「……ヴァニラさん。ちょっとこの先の店に寄りますね」
突如ベルから手を引かれ、小走りで街路を進んだ。
幾つか角を曲がり、商業区の比較的静かな場所にやってくる。
ベルはまだヴァニラの手を握ったまま、一つの店へと入っていった。
(……あっ、わたしのこと、気遣ってくれたんだ)
異性の視線に晒されてヴァニラが困惑していたことを、ベルは察してくれたのだ。
「このお店は獣人の服を沢山取り扱ってるんです。私も良く来ます。ヴァニラさんも、覚えておくと良いですよ?」
そう言って、ベルは店内を進みだす。
優しく引っ張られるまま、何も言わずについていった。
ベルが手に取ったショートパンツは、お尻に丸い穴が開いている。
兎人族のヴァニラには、臀部に球系のフワフワした尻尾があった。
(……お店もちゃんと、わたしのことを考えて選んでくれてるんだね)
種類は違えど同じ獣人族ということもあり、ヴァニラはベルに心の中で強く感謝したのだった。
「あっ、こっちのセットとか良いですね! ちょっと肌の露出が多くなりそうですけど、ヴァニラさんに似合うと思います。私が奢るんで、どうですか?」
(えっ!? そ、それは『ちょっと』なのかな!? 胸の谷間とか、脇とか、太ももとか、凄く見えちゃってるけど!? セクシー通り越してとてもエッチな気がするよベル!!)
だが純度100%、厚意しかないベルの瞳を見て。
ヴァニラは断ることが出来ず、ベルに買ってもらうことになったのだった。
◇ ◇ ◇ ◇
「おかえりなさい。ベルちゃん、ヴァニラちゃん」
目一杯、ベルの案内を楽しんで帰宅する。
玄関では、シルヴィーがヴァニラたちを出迎えてくれた。
「あっ――うん、その、ただいま」
ヴァニラは照れを感じながらも、何とかそう返すことができた。
(『おかえり』、か。……誰かが、わたしの帰りを待っててくれるんだ。『ただいま』なんていう日が来るなんて、思わなかったな)
【四色】での、【白】での日々を思い出す。
幹部には、専属の部下を持つことが許されていた。
それでも凌ぎを削り合い、出し抜き合うことが常の世界。
少しでも気を抜けば、必ず足元をすくわれる。
ヴァニラはその不安を拭うことが出来ず、部下を一人もつけなかった。
単独行動を好む姿は、構成員たちから多くの不評を買うことになるとわかっていても。
『【白3】ってマジで協調性ないよな? 【白1】が良く許してるもんだ』
『ちょっと盗みの腕が良いからって、調子乗りすぎだろ』
『貴族から盗った物も全然【四色】に還元しないらしいし、どう考えても舐めてるよな?』
【透明化】で本人が傍にいることにも気づかず。
陰口を叩く、仲間であるはずの構成員たち。
気にしないようにと思いながらも。
やはり言葉のナイフは、気づかぬうちに心を蝕んでいた。
そうしてさらに一人を好むようになったヴァニラにとって、シルヴィーの言葉はとても胸にしみる。
シルヴィー本人にとっては自覚なく、何気ないものだったとしても。
(……あぁ、居場所が、帰る場所があるって、こういうことを言うのかな?)
ヴァニラには強く響いたのだった。
「――さっ、二人とも、お風呂入っちゃいましょう」
「えっ?」
そんな感動は、唐突な“お風呂”宣言で流れたのだった。
◇ ◇ ◇ ◇
「あ~気持ち良い~生き返るぅ~」
既に身体を洗い終えたベルが、湯船に浸かって疲れを癒していた。
「――さっ、ヴァニラちゃんも。身体洗わないと、お風呂に浸かれませんよ?」
そしてヴァニラの目の前には。
同性をもクラクラさせるような、一糸まとわぬ姿のシルヴィーがいた。
自分と同等以上の大きな胸も。
股の間にある女性の秘部も。
すべて、ヴァニラから丸見えだった。
「う、うん。でもわたし、お風呂入る習慣なかったから。身体洗うの遅くなると思う。シルヴィーは先に入っていいよ」
あまりの刺激の強さに、ヴァニラは思わず視線を逸らした。
ずっと見ていると、絶対に変な気分になってくる。
それが確信できるほど、シルヴィーの裸体は同性から見ても魅力的だったのだ。
「そうなんですか? ワタシは気にしませんが――あっ、だったら!」
シルヴィーは何を思ったか、自分の足元にある石鹸を手に取る。
それを身体を洗う用の布へとこすりつけ、泡立たせ始めた。
「……ワタシがヴァニラちゃんの身体、洗ってあげます。じっとしててくださいね。んしょっと――」
そして言葉通り、ヴァニラの背をゴシゴシと洗い始めたのだ。
(えっ!? ちょっ、シルヴィー!?)
驚くヴァニラをよそに、シルヴィーは懸命に擦り続ける。
チラッと肩越しに振り返ると、またシルヴィーの魅惑的な裸が視界に入った。
それでパッと前を向き、ギュッと目をつぶった。
「どうですか? 強すぎたりしません? ワタシ、誰かにするの初めてで」
「ああ、えっと、うん。凄く気持ち良いよ」
お世辞ではなく、背中の感触はとても心地よかった。
泡立った布は滑りも良く、汚れを根こそぎ絡めとってくれるかのようにさえ思えてくる。
(『誰かにするの初めて』……そっか。シルヴィー、お風呂で“あの人”に性的な奉仕をしたことはないんだ)
そう気づくと、自分をテイムした青年のことへと意識が行った。
シルヴィーはもちろん、ベルも、そしてルミアだって。
それぞれ、とても魅力的な美少女たちだ。
自分が男だったら、まず我慢できないだろうとさえ思えるほどである。
そんな美しい女性たちが周りにいて、無理矢理に強いることはないという。
(嘘じゃ、ないんだろうなぁ。今日一日、ルミア達の態度や仕草、何より表情を見てれば嫌でも分かるよ)
つまり自分も。
性的な奉仕を強要するために奴隷にされたわけではないと、信じることができた。
これから地獄のような日々が待っているわけでもないと、希望を持つことができた。
彼女たちの優しさ、思いやり、気遣いに触れて。
自分の主人となった青年がどんな人物かが、間接的に垣間見えた気がした。
(……っていうか、あ、【奴隷着】を着せておいて。あまつさえ恥ずかしい格好でし、縛り上げておいて。一切いやらしい目で見てこないんだもん。紳士というか、なんというか)
ヴァニラはよくわからない青年のことを思い、困ったように優しく溜息を吐いた。
同時に、ちょっとだけ不満・不服さも感じる。
(まあ、“働かざる者食うべからず”って言うしね。ごはんを食べさせてもらうからには、よくわからない“ご主人”のために、少しは働こうかな)
そうしてヴァニラが何かを心に決めた時。
「――じゃ、次、前側を洗いますね。前は流石に恥ずかしいかと思いますから、ちょっと失礼します……」
シルヴィーの洗体はとても献身的で、ヴァニラへの思いやりにあふれていた。
そのため意識が他にいかないのか、その胸がヴァニラの背にくっついても気づかない。
(シルヴィーッ!? ちょっ胸ッ、胸ッ!! 胸が当たってますよ!)
ムニュっと押し付けられた柔らかさは背中越しでもその大きさ・重量を感じられる。
泡混じりの胸は滑りも非常に良かった。
「んしょっ、んんっ……」
シルヴィーは、もちろん手も止めない。
同格はあろうかというヴァニラの胸を、ちゃんと石鹸付きの布で擦っていく。
シルヴィーが自分に気持ち良くなってもらおうと、頑張ってくれているのは十分伝わってきた。
だからそれに変な気分を抱くのは申し訳ないと、ヴァニラは必死に声を抑える。
しかし滑りの良い布が。
胸を往復する度に、甘美な声が漏れ出そうになってしまう。
「? ヴァニラちゃん、大丈夫ですか?」
そんなヴァニラのことなど、シルヴィーは露知らずである。
「……ありがとう、シルヴィー。後は、自分でできそうだから」
「そうですか? ――お風呂の良さ、ヴァニラちゃんにも感じてもらえたらワタシ、嬉しいです」
シルヴィーから、何とかそれ以上の追い打ちを避ける。
そうしてヴァニラは、この家での真理を一つ学んだのだった。
(わたしにとっては多分ご主人よりも、シルヴィーの方が要警戒だ!!)
◇ ◇ Another view end ◇ ◇




