必殺!エターナルダンプ!
なろう系が読めない。
いや、違う。
転生系が、読めないのだ。
あのジャンルが苦手すぎて、どうしてもページをめくることができない。
本気で読みたい。
読めるようになりたい。
私だって、転生系を読んで、書いて、みんなと一緒に異世界を無双したいんだ!
でもできない。
なぜか。
原因は、冒頭に登場する「おっさん」にある。
脂ぎった肌に、厚ぼったい唇。
黄ばんだ白タンクトップ姿で美少女ゲームに没頭している。
そして、媚びるような嬌声を垂れ流している画面の中の美少女に、気色悪く微笑みかけている。
やがて、おっさんは身を縮め、小刻みに体を震わせると—— がさりがさりとティッシュをつまみ取る音を響かせる。
2枚の紙切れで大事そうに「それ」を包み込み、ゴミ箱の中にそっと投げ捨てた。
そして彼は
「やば。ストゼロ買ってこなきゃ」
とつぶやき、やっとの思いで重い体を持ち上げ、でっぷりと超えた巨体を引きずりながら家から飛び出していく。
だが——彼はアパートの階段を踏み外し、勢いよく転がり落ちる。 アスファルトに叩きつけられ、痛みに顔を上げた、その時だ。
派手な金髪ギャルの運転するトラックが、目の前に迫っていた。
——ほとんどの転生系がこういう出だしだろう?
だが、断言はできない。
なぜなら、私は転生に行くまでもなくトップ画面にバックしてしまうからだ。
そして、「転生」の2文字を見る度に、私は激しく落ち込み
「また、今日も読めなかったのか——」
と何度も自己嫌悪してしまっているからだ。
***
私は決意した。
今日こそ世界を救おうと——
いや、そんなに大げさではない。
いや、やっぱり大げさだ。
なぜなら今、私の目の前のモニターには、こんなタイトルが表示されているからだ。
「転生して『宙に浮いたティッシュを箸でつまみ取るスキル』で魔王を倒す」
つまり、意地でも転生ページにまで進まなければ魔王に到達することができない。
彼を転生させなければ悪の根源を倒し、世界を救うことはできないのだ。
私は、意を決して【第1話 転生】と書かれた文字の上にポインターを合わせている。
これをクリックすれば、いよいよ転生が始まる。
今日こそ、脂ぎった彼の卓越したティッシュスキルのコントロールを世界に知らしめる時が来たのだ。
今日こそ、彼が毎日のように食べたカツカレーで養った体躯で、地を駆けることができるのだ。
今日こそ、彼は新しい地に舞い降り、媚びた美少女ゲームのギャルのように魔王を跪かせることができるのだ。
心臓が高鳴る。
指が震える。
呼吸はどんどん激しくなり、マウスを持つ手に力が入る。
酸素が全身に息届かなくなり、視界がぼやける。
【第一話 転生】の文字が霞む。
見……見えない。
これでは正確に狙いをつけられない。
「ええい!これが魔王の策略か!」叫んだ、その時だった。
「ドーーーーーーーン!!!!!!!!!」
轟音と共に、大型のダンプトラックが我が家の壁を突き破って飛び込んできた。
それは瞬く間にモニターをなぎ倒し、私の身体に覆いかぶさってきた。
あまりの激しい衝撃と爆音の中、私は何の抵抗もできずダンプトラックの下敷きになってしまった。
運転席には金髪のギャルが可愛らしくハンドルを握っていて、「テヘペロ」してる顔が一瞬だけ視界の中に写りこんできた。
***
——声。
誰かの声が聞こえる。
ギャルか?金髪のギャルなのか?
「つまりさ、おっさんは何になりたいわけ?」
金髪ギャルの張りのある、問い詰めるような声。
——わ、私は転生系の物語が読めるようになりたい!
「読めばいいじゃん。それだけの話じゃないの?」
——ダメなんだ。どうしても。胃の奥にあるつかえた感じが拭えないんだ
金髪ギャルは落胆したように言う。
「え、そんなスキルでいいの?本当に。選り取りみどりなんだけど……」
——そうだ。私は転生物語をちゃんと読んで、魔王を倒さなくてはならないんだ。
「魔王倒すならさ、ダンプを空から無数に召喚する魔法とかあるんだけど?エターナルダンプ」
——だめだ。そんなんじゃ……転生シーンまでたどり着けないだろう!!!
私は思わず大声を出すと、どこからか小さな溜息のようなものが聞こえてきた。
そして——
「じゃあ、ウチが特別に転生系が読めるようになるスキル、あげるね」
やがて彼女の気配はすぅっとー闇に吸い込まれるかのように消えていき——
はっと目が覚めると私は、見知らぬ街にいた。
手の平に伝わる冷たい感触。
大粒の平たい石畳の上に私は座り込んでいた。
目の前に湧き出る小さな丸い噴水。
周りには、レンガや木製の柱でできた中世ヨーロッパ風の家屋が立ち並んでいる。
そして、噴水の周りには多くの人が行きかっていて、にぎやかな喧噪が聞こえてくる。
「こんにちは、ご機嫌いかがですか?」
「気安く話しかけないでよ!この泥棒猫!昨日、ウチの亭主と寝たくせに!」
「ねえねえ、明日のハロウィンどこに集まる?」
「ナロウ神社に集合しよっか!」
中世ヨーロッパ風の街並みに日本人らしい文化。そうかこれが——
「そこのお兄さん。ちょっと」
野太く問い詰めるような声が響いてきた。
思わず見上げると、銀色の甲冑に先が斧のようになった巨大な武器をもった、兵隊のような二人組。
「な……なんでしょう」
私は震える声しか搾りだせない。
彼らの威圧感のある佇まいに、私の心臓はきゅっと鉛のように固まってしまった。
せっかく、せっかく転生してもらったのに。
そしてギャルから『転生した物語を読めるスキルをもらった』のに、これで終わりだなんて——
まるでスカイリムのオープニングだ。
馬車で引き回された挙句、あの不運な囚人のように首を切り落とされてしまうに違いない。
やがて、衛兵は重々しく言った。
「これ、あなたが落とした財布ですか?」
差し出されたのは、可愛いネコの耳をした小銭入れ。
「え?あ……はい……」
「良かった。ではお気をつけて」
2人の衛兵はにこやかに微笑むと、ガチャリ、ガチャリと去っていった。
そうか、これが日本文化。そして——
「治安の良さ、なのか」
私は思わず声を漏らしてしまった。
視線の先では、赤い帽子をかぶった付け髭の子供たちが「メリークリスマス!」と叫びながら、安全に、平和に、石畳の上を走り回っていた。




