8) 赤目の予言者
小屋の空気は濃密で温かかった。
燻された暖炉の香りが漂い、
焼きたての大麦パンの匂いが混じる。
暖炉の炎は、
粗削りな丸太の壁に揺れる影を投げかけ、
貧相な住まいを居心地のいい巣に変えていた。
エレナは幸せと疲れで輝く顔で、
素焼きの碗に湯気を立てるシチューを、
重厚なオークのテーブルに置いた。
「やっとみんな揃ったね。」
彼女は息をつき、
愛おしそうに子どもたちを見つめた。
アマンダは膝の上で、
新しい細い指をぎゅっと握りしめていた。
このシンプルな夕食は、
彼女にとってどんな試験よりも難しかった。
毎晩のこの時間は、
まるで舞台のようだった。
一つの仕草、一言のミスも許されない。
ドアがキィッと軋んだ。
「父」ボレンが小屋に入ってきた。
背が高く、
わずかに猫背の男だった。
陽と風に焼かれた肌は、
古いオークの木の色をしていた。
川の水と魚、
そして清々しい外の空気の匂いが、
彼から漂っていた。
手には川マスが握られ、
その鱗がキラキラと光る。
暖炉の火に映えて、
魚はまるで生きているようだった。
「今日、川はご機嫌だったよ。」
ボレンの声は低く穏やかで、
遠くの滝の響きのようだった。
彼は魚を木の桶に放り、
カエランと並んでベンチにドサリと腰を下ろした。
「でも、流れが妙なんだ。」
「濁ってる。」
「上流で何か起こってるみたいだな。」
アマンダの頭に、
その考えが稲妻のように走った。
「誰か、かもしれない。」
『クロニクル』では、
最初の異変はいつも小さなことから始まる。
濁った水。
病んだ家畜。
「余計な心配すんなよ、爺さん。」
カエランはすでにシチューを碗によそっていた。
彼はスプーンで指した。
小さな素焼きの蜂蜜壺。
編み籠に入った白いパン。
明らかに都から来た高級品だった。
このテーブルにはありえない贅沢。
「大事なのは夕飯があるってこと!」
「しかもただの夕飯じゃないぜ!」
エレナが腰を下ろした。
喉に詰まった感情を飲み込み、
彼女は口を開いた。
「これ、村長からの贈り物よ。」
「アマンダに…感謝してくれてるの。」
「アマンダが名誉を取り戻して、」
「隣の村との争いを防いでくれたから。」
彼女の目は愛と誇りに満ちていた。
娘を見つめるその視線に、
アマンダの心は締め付けられた。
この感謝は毒だった。
向けられているのは、
彼女自身ではない。
彼女が乗り移った、
幽霊のような存在に対してだった。
カエランがニヤリと笑った。
「隣の村じゃ、」
「もうお前を『赤目の予言者』なんて呼んでるらしいぜ。」
彼の目には、
兄貴らしい誇らしさが光っていた。
「怖がられてるよ、妹よ。」
「目を見ただけで嘘つきを見破れるってさ。」
アマンダは小さくつぶやいた。
「バカバカしい。」
彼女は白いパンを少し押しやった。
食欲なんてなかった。
「ただ…みんなが見てるものを見て、」
「考えてただけ。」
ボレンがアマンダに視線を向けた。
その夜、初めての重い眼差しだった。
川の泥のような色の瞳。
そこには父親の優しさではなく、
深い、獣のような不安が宿っていた。
「その通りだ!」
「お前は考える。」
「昔とは違う。」
「昔のお前は歌を歌って、」
「花冠を編んでた。」
「それが今は…」
「まるで戦場を前にした老兵みたいな目で、」
「世界を見る。」
「時々、お前の視線に気づくと、」
「背筋が寒くなるんだ。」
小屋に気まずい沈黙が流れた。
暖炉の薪がパチパチと弾ける音だけが、
静かに響いた。
「ボレン!」
エレナが咎めるように声を上げた。
「いいの、ママ。」
アマンダが穏やかに母を制した。
彼女は養父と目を合わせた。
「彼にはわかる。」
「獣の勘で、」
「群れに紛れた異物を感じ取ってる。」
「父さんの言う通りよ。」
「熱病が…すべてを変えた。」
「昔の記憶を奪って、」
「でも…何か別のものを目覚めさせた。」
「ずっと私の中に眠ってた何か。」
アマンダは慎重に言葉を選んだ。
まるで法廷の証人のように。
嘘はつけず、
でも本当のことも、
全部は明かせなかった。
エレナが無垢に口を開いた。
「もしかして、川の精霊の贈り物かしら?」
「あの子、あの川岸で死にかけたのよ。」
「精霊が返してくれたけど、」
「代わりにその知恵を授けたのかも。」
カエランが鼻で笑った。
「その知恵ってのが、」
「正義とか冬の備えにやたらこだわるタイプだな。」
彼はパンをちぎり、
アマンダに差し出した。
「食べなよ、『予言者』。」
「どんなお前でも、」
「お前は俺の妹だ。」
「誰にも—人間だろうと、精霊だろうと—」
「お前を傷つけさせやしない。」
そのシンプルで真っ直ぐな言葉。
アマンダにとって、
それは慰めだった。
同時に、最も重い非難でもあった。
アマンダはパンを受け取った。
手が震えた。
彼女の心に思いが渦巻いた。
「彼らは私の変化を説明するために、」
「どんな伝説でも受け入れるつもりだ。」
「私を愛してるんじゃない。」
「私がどんな謎に変わったのか、」
「それを愛してるだけ。」
アマンダが囁いた。
「ありがとう。」
その声はあまりにも脆く、
少女らしい響きだった。
ボレンでさえ、
その瞬間、
表情を少し和らげ、
頷いた。
夕食は続いた。
話題は平凡だった。
柵の修理。
カエランが商人の護衛として、
稼ごうかと考える話。
隣の家で子ヤギが生まれたこと。
平凡な人々の、
平凡な暮らしの会話。
アマンダはその中に座った。
微笑み、
相槌を打った。
だが、彼女の心は遠くにあった。
ボレンの「濁った水」の言葉を、
分析していた。
村長の感謝の、
戦略的価値を測っていた。
弱点を探していた。
偽りの家族の温もりの輪の中で、
彼女のルビーの瞳は、
暖炉の炎を映した。
孤独で折れない意志の、
冷たい炎を宿していた。
彼女の心が呟いた。
「あなたたちは知らずに、」
「砂の上に人生を築いてる。」
「もうすぐ潮が来るのに。」
「でも、私は知ってる。」
「その潮に流されないようにする。」
「たとえあなたたちが恐れる存在にならなきゃいけないとしても。」
「たとえ娘や妹じゃなくなるとしても。」
彼女はテーブルの下で、
そっと拳を握った。
また一日を生き延びた。
偽りの平穏な夜が、
また一つ。
明日から、
彼女の本当の仕事が始まる。
この未知なる物語の旅路に、
「ブックマーク」という道標を頂けますと幸いです。
そして、もしその旅が少しでも貴方の心に響いたなら、
「5点評価」という最大の賛辞を賜りたく。
何卒、宜しくお願い申し上げます。




