72) 「守護者を巡る、二人の男の本気の争奪戦が始まった」
みなさん、こんにちは!
実はこの章を書いている間、インフルエンザで体はボロボロでした…。
熱でフラフラになりながらも、気づいたら自分でも信じられないくらい激アツな章が完成していました!
言っておきますが、これは単なる舞踏会の話ではありません。
血も、火花も、恋も、怒りも、全部詰め込んだ「生きた戦い」の章です。
僕が病み上がりでも書き切った渾身の一撃、ぜひ体感してください!
正直、僕も読み返して震えました…。
読者の皆さんも、この熱さに耐えられるか…?
ランデルは、去らなかった。
大理石の巨柱の影に身を潜め、
すでに宮廷医が血まみれの手を急いで縛っている。
けれど彼の瞳は、凍てつく炎を宿したまま、
会場の中央だけを見据えていた。
痛みも、衝撃も、傷つけられたプライドも、
すべてが一瞬で別のものに変わった。
鋼のような、容赦ない決意へ。
俺は、指一本で追い払えるようなガキじゃない。
アインハルトの跡取りだ。
一度「俺のもの」と決めたものを、
そう簡単に手放すほど甘くはない。
そのとき、弦楽が流れた。
優雅で、滑らかで、どこか剣呑な緊張を孕んだワルツ。
カエラン卿が、勝ち誇ったような微笑を浮かべ、
アマンダの前で深く腰を折った。
「光の守護者様、この一曲をいただけませんか?
帝国の貴族は、陰謀だけじゃなく踊りも得意だと、証明させてください」
アマンダは、まだ背中にあの熱い視線を感じながら、
小さく頷いた。
これは計算のうち。
ゲームの次の手。
彼女は白い指を差し出し、彼の手の上に重ねる。
二人がパルケットへ滑り出た瞬間、
会場が息を呑んだ。
完璧だった。
仮面の奥に潜む闇と、
仮面の奥に宿る光。
黒とエメラルドが絡み合い、
まるで一枚の絵画のように美しく、危険に調和する。
カエランのリードは完璧だった。
軽やかで、でも絶対に逃がさない。
指先に込められた力強さが、静かに「俺が主導権を握っている」と語る。
アマンダの身体は、宿主の筋記憶に従い、
複雑なステップを淀みなく描いていく。
けれど、視線だけは、
何度も、何度も、
あの柱の影へ吸い寄せられる。
(……見てる)
熱い。
まるでレーザーみたいに、肌が焦げる。
ランデルは、動かない。
ただ、じっと、焼き付けるように二人を見つめている。
その姿が、
逆に彼女の心を乱す。
(見ないで……
もう、見ないでよ……)
ワルツが加速する。
回転が激しくなるたび、ドレスの裾が夜風のように翻る。
観客は息を殺して見守る。
誰もが、
この踊りが単なる踊りじゃないことを理解していた。
これは宣戦布告。
そして、答えはまだ出ていない。
ランデルの瞳が、闇の中で燃えている。
(待ってろ。
次は、俺が奪い返す番だ)
柱の陰で、彼は静かに唇を噛んだ。
血の味が、口の中に広がる。
その味が、妙に心地よかった。
ランデルは、微動だに動かない。
ただ、二人を射抜くように見つめているだけ。
表面は氷の仮面。
でも、頬の筋肉がぴくりと震え、奥歯を噛み締める音が自分にだけ聞こえる。
カエランの手が、彼女の腰に回る。
細い布越しに、確かに熱が伝わっているのがわかる。
あの男が、また耳元で何かを囁く。
アマンダの仮面が、ほんの少しだけ傾く。
そのたびに、
ランデルの胸の奥にあった冷たさが、
どんどん凝縮していく。
まるで、ダイヤモンドみたいに硬く、鋭く、壊れそうに輝くものへ。
(ごめんね)
アマンダの視線が、再び絡まる。
(私、どうしちゃったのかわかんない……
この身体が、あなたを欲しがってるの。
ランデル、あなた近すぎて、怖い。
これって……私じゃない)
だから、離れてくれるかなって思った。
この芝居で、あなたを遠ざけられるって。
でも。
柱の陰に立つ、あの静かな姿を見て、
彼女は背筋が凍るような恐怖に襲われた。
違う。
全然、違う。
彼は退かなかった。
ただ、潜んだだけ。
瞳に宿るのは、絶望じゃない。
約束だ。
嵐が来るって、はっきりとした約束。
そして、嵐は来た。
ワルツが最高潮に達する。
音楽が渦を巻き、会場中のカップルが激しく回転する。
カエランは、勝利の余韻に浸りすぎた。
ほんの一瞬、礼儀の許す範囲を越えて、
彼女の身体を強く引き寄せた。
唇が、再び耳たぶをかすめる距離まで近づく。
その瞬間。
会場の空気が、ぴんと張り詰めた。
まるで、雷が落ちる直前の、
世界が息を止めたような静寂。
ランデルが、一歩、影から出た。
静かに、でも確実に。
血の染みた包帯を握りしめたまま、
氷の刃のような視線を二人に突き刺しながら。
次の旋律が鳴り響く前に、
誰もが確信した。
今夜は、まだ終わらない。
これから、本当の嵐が始まる。
その瞬間、柱の影からランデルが踏み出した。
客じゃない。
この館の本当の主が歩いてくるような、圧倒的な存在感。
視線だけで群衆が割れる。
包帯を胸に押し当てたままなのに、背筋に宿る威圧が凄まじい。
音楽は鳴り続けているのに、会場中の雑音がぴたりと消えた。
まるで雷雲が頭上を覆ったみたいに、空気が重くなる。
彼は正確に拍子を踏みながら、二人に近づいた。
そして、何も言わずに。
健康な方の手を、カエランの肩に置いた。
強くはない。
でも、まるで鉄の鎖を巻きつけたような、重い、絶対的な支配感。
カエランが、言葉を呑み込んで振り返る。
「俺の、ダンスだ」
ランデルの声は低かった。
でも、管弦楽の全部を掻き消すほど鋭く響いた。
頼みじゃない。
命令だ。
カエランの笑みが、初めて引き攣る。
仮面越しに、二匹の獣が睨み合う。
片方は氷の刃。
片方は、静かに燃える火口。
「ランデル卿、どうやらご気分が優れないようで。手が……」
「俺は、俺のダンスだと言った」
ランデルは視線をアマンダに移した。
その瞳に宿るものを見て、彼女は息が止まった。
頼んでなんかない。
挑戦だ。
お前の芝居に。
お前の逃げに。
全部に。
「守護者」
その呼称が、彼の口から零れた瞬間、
まるで首輪をはめられたみたいに、所有を宣言されたみたいに響いた。
会場中が、息を呑んだ。
音楽だけが、まだ回っている。
次の拍が来る前に、
誰かが動く。
誰かが、引き下がる。
あるいは、
すべてが、ぶち壊れる。
アマンダは彼を見上げた。
血の滲む包帯。
蒼白で、でも内側から燃えるような顔。
自分の立てた計画が、音を立てて崩れていく。
でも、胸の奥に湧き上がったのは恐怖じゃなかった。
震えるような、甘い予感。
彼女は、小さく、ほとんど無意識に頷いた。
カエランが、皮肉な笑みを深くして手を離す。
「ご随意に。一本手で踊る公爵なんて、滅多に見られない光景ですからね」
ランデルは完全に無視した。
手を差し出さない。
ただ一歩、踏み込むだけ。
カエランのいた場所に、彼が立つ。
そして、健康な手が、彼女の腰に回された。
帝国の男よりも、ずっと強く、ずっと確実に。
傷ついた手は、二人の胸の間に置かれたまま。
まるで、沈黙の非難のように。
新しいワルツが始まった。
でも、もう優雅な舞踏じゃない。
戦いだ。
彼のリードは容赦ない。
ステップは大きく、回転は鋭い。
まるで彼女を引きちぎるように、でも決して離さないように。
視線は前を向いたまま。
でも、全身で彼女を感じている。
一言も発しない。
ただ、踊る。
怒りを。
痛みを。
問いを。
そして、揺るぎない宣言を。
(お前は俺のものだ)
最初、アマンダは抗おうとした。
でも、彼の意志が強すぎた。
次第に、彼女の身体が勝手に反応し始める。
これはもう、芝居じゃない。
生々しくて、荒々しくて、恐ろしく本物。
布越しに伝わる体温。
耳元で荒い息遣い。
さっきまで「弱さ」だと思っていた、
彼を見た瞬間に胸の奥に灯る熱が、
今は、嘘と策略の海で唯一の錨に思えた。
(ああ……やっぱり)
彼女の指が、震えながら彼の肩に絡まる。
回転のたびに、ドレスの裾が激しく翻る。
観客はもう誰も声を上げられない。
ただ、息を殺して見守る。
二人の戦いを。
二人の、
どうしようもなく本気の告白を。
音楽が、ぴたりと止まった。
回転が止まる。
でも、ランデルは彼女を離さない。
ようやく、熱を孕んだ瞳を下ろす。
「もう、遊びは終わりだ」
彼女にしか届かない、掠れた囁き。
腰に回した指が、わずかに強く締まる。
「話す。今すぐ」
反論の隙も与えず、
まだ手を繋いだまま、彼は歩き出した。
バルコニーじゃない。
自分の私室へ、真っ直ぐ。
足取りは揺るぎなく、
握った手は、まるで逃がさないと宣言しているようだった。
ゲームは終わった。
これから始まるのは、本物の戦い。
そしてアマンダは、はっきりと悟った。
今度こそ、
逃げられない。
廊下のランプが、二人の影を長く長く伸ばしていく。
背後で、会場がどよめく音が遠ざかる。
もう、誰も止められない。
扉が開く音が、静かに響いた。
そして、鍵が回る、
カチリ、
という小さな音だけが、
今夜のすべてを決定づけた。
ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます。
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これからも、どうぞよろしくお願いいたします。




