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64) 『あの二人、絶対もう付き合ってるよね!?とメイド達が朝から大騒ぎした話』


壁に寄りかかったまま、エリスは必死に欠伸を呑み込んだ。

まだ空は薄紫に染まったばかり。朝の鐘が鳴る前から、もう厨房に駆け込まなきゃいけない。公爵家は早起きだし、朝食は完璧でなきゃ許されない。


(はぁ……眠い……)


体を伸ばして気合いを入れようとしたその時。


大アーチ窓の窪みから、くすくす、という小さな、でも明らかにテンションの高い声が漏れてきた。


……なんだ?


そっちを見ると、先輩メイドたちが雀みたいに固まって窓にへばりついてる。額をガラスにくっつけて、肩を震わせて笑いを堪えたり、一人が小さくピョンピョン跳ねたりしてる。


「な、なに……?」


思わず声が漏れた。


「しーっ! エリスちゃん、こっちこっち!」


金髪のクララ先輩が袖を掴んで引っ張る。


「ほら、見て見て! やばいって!」


エリスが窓の外に目をやる。


朝焼けに染まる庭。

池のほとり、いつものベンチに──


二人、いた。


ランデル様。黒の燕尾服のままで。

そして……護衛騎士様。


黄金の甲冑じゃなくて、昨日エリスが自分でアイロンをかけた、あの深緑のベルベットドレス。


めっちゃ近い。


頭を寄せ合って、なんか小声で話してる。

朝日が二人を優しく照らして、横顔がキラキラ光ってる。


(え……なにこれ……)


息が止まった。


まるで恋愛小説の挿絵じゃん。

完璧すぎて、逆に現実味がない。


「ねえねえ、絶対付き合ってるよね?」「いやいや、まだ告白前でしょ」「でもあんな距離! ありえないって!」


先輩たちが小声でキャーキャー言ってる。

エリスはただ、呆然と見つめるだけだった。


(護衛騎士様……あんな柔らかい笑顔、初めて見た……)


胸の奥が、きゅっと熱くなった。


……なんか、すごく綺麗で。

すごく、羨ましかった。



「ねぇ……あれ、もしかして朝までずっと一緒だった……?」


エリスが、息を殺して呟いた。


「そうらしいよ!!」


赤毛のベアトリスが、喉の奥でキーッてなる声を漏らす。


「庭師のおじさんが言ってた! 夜明け前からもうあそこにいたって! 見て見て、朝日を一緒に迎えてる! まるでおとぎ話じゃん!!」


「当たり前でしょ!」


クララが鼻で笑いながら、目をキラキラさせてる。


「だってあの……ユイとかいう女が、昨日の夜に大恥かいた後だもん! エリスちゃん見てなかったの? あんなに喚いてたのに! 可哀想なくらい引きずり出されて! でもランデル様、めっちゃカッコよかったよね~! 氷みたいに冷たくて、でもビシッと言い放つんだもん! 鳥肌立った!」


「それに比べて……新しい護衛騎士様ってさ」


いつもぼーっとしてるマリアが、珍しく口を開いた。


「なんか、全然違うよね? ユイ様のときって……私たちにどんな態度だったっけ?」


みんなの顔が一斉に同じ表情になった。

ブーッて感じの。


「あー言わないで!!」


ベアトリスが大げさに目を回す。


「『持ってきなさい!』『やり直し!』『アンタバカなの?』って、もう甘ったる~い声で毒吐きまくり! この前なんて、サイちゃんがシーツのシワ一つ残しただけで、土下座させて十回も張り替えさせたんだから!」


「十回って……マジで鬼だろあれ……」


誰かが呟く。


エリスも思い出す。

あの笑顔の裏に隠れてた、ゾッとする視線。


(……護衛騎士様は、絶対そんなことしないよね)


窓の外、二人はまだ静かに話してる。

風に揺れる深緑の裾。

ランデル様が、そっと彼女の髪を指で梳いてる。


(うわ……やば……)


胸が、ぎゅうううって締めつけられた。


……羨ましい。

めっちゃ、めっちゃ羨ましい。



「私なんか、熱い紅茶を顔にぶっかけられたことあるよ」


クララが暗い声でポツリ。


「『一℃冷めてる』って。謝りもしないで『次は気をつけなさい、このアホ』って」


エリスもこくんと頷いた。自分だって何度も刺のある言葉を浴びせられた。


「でも……護衛騎士様はさ」


マリアがまた口を開く。声に、珍しく感動が滲んでる。


「昨日、私が暖炉直しに入ったら、めっちゃ緊張してたの。そしたら彼女、窓辺に座って庭を眺めてて……『お邪魔しました』って言ったら、振り向いて……ニコって笑ったんだ。ただそれだけで。

『大丈夫、構わないよ』って。静かで、優しい声で」


「え、マジで……?」


エリスの目が丸くなる。


「私も!」


ベアトリスが声をひそめて興奮気味に続ける。


「昨日の騒ぎの後、夕食運んだら……『ありがとう』って言われた! マジで! ユイ様って生きてる間に一回もありがとうなんて言わなかったじゃん! 私たちが奴隷なのが当たり前みたいな顔で!」


「ドレスも投げてこなかったよ」


クララが頬を赤らめる。


「生地を指で撫でて、うなずくだけ。それで『こんな重いもの運んで大変じゃない?』って……私、気絶するかと思った」


「なんか……別次元の人だよね」


マリアが窓の外を見つめる。


ベンチにいた二人はもう立ち上がって、ゆっくりと屋敷に向かって歩いてる。

まだ小声で話しながら。


「どれだけ強いって噂でも、怖い話が流れても……なんか、ちゃんとしてる。優しいっていうか」


「それにランデル様も……全然違う」


ベアトリスがうっとり息を漏らす。


「ユイ様のときはいつも石壁みたいだったのに……護衛騎士様を見るとき、まるで彼女が自分だけの太陽みたいに目が柔らかくなるんだよね」


エリスは小さく呟いた。


「……もしかして、これから屋敷も、いい時代が来るのかな」


胸の奥が、ふわっと温かくなった。


朝の光が、二人を優しく包んでる。


……うん。

きっと、来るよ。

いい時代が。



みんな、顔を見合わせて、ぱっと花が咲いたみたいに笑った。


「やっとあの……邪魔女が消えて!」


クララが両手を握りしめる。


「代わりに来たのが天使すぎる! しかも魔法まで使えるって! もう絶対いい時代来るよ! ランデル様、今度こそハズレ引かないって!」


くすくす、きゃははははって小さな笑い声がまた窓際を埋めていく。


下の庭では、まだ気づいてない二人。

夜通し語り明かした、信じられないほど甘い夜を終えて、ゆっくりと屋敷に戻るところ。


(見て見て、手……繋いでる……!)

(うわぁ……やばい……尊い……)


屋敷の片隅で働く、名もなきメイドたち。

彼女たちはもう、完全に決めてた。


――この謎の護衛騎士様を、全力で応援するって。


これからの公爵家は、きっと。

すごく、すごく幸せになる。


朝日が庭を黄金に染めていく。

新しい一日が、静かに、でも確実に始まっていた。

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