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51) 黄金の守護者、晩餐室に降臨す

ドアの前で固まっていたアマンダは、

壁の向こうでトーグリムがブツブツ言ってるのを耳にした。


「くそくらえの貴族の儀礼め……」


その瞬間。


ピンときた。


アマンダの動きが完全に止まる。


ゆっくりと、誰もいないはずの部屋の隅に向き直る。


「……トーグリム」


声が震えていた。


怒りじゃない。

救われたような、ぶち切れそうな喜びだった。


「お前……バカじゃん」


「は!? なんだって!?」


空気から、ムキになったドワーフの声。


でもアマンダはもう聞いてない。


ぎゅっ、と右手を握りしめた。


淡い光が掌を包む。


パチッ。


小さな音を立てて、物体が実体化した。


――マスク。


ただのマスクじゃない。


ミスリルとオリハルコンの、例の蒼白い合金。


鏡みたいに磨き上げられた、紙のように薄い仮面。


目元から頬骨までを覆うだけのハーフマスク。


無駄な装飾は一切なし。


表面には細かいギョーシェ彫り。

よく見ると木の枝のような模様が、古代の読めないルーン文字に繋がっている。


縁には極細の黒曜石の粒が埋め込まれ、

光をすっと吸い込んで、妖しく瞬いていた。


アマンダはそれを両手で掲げて、

目を輝かせながら半泣きで叫んだ。


「自分で作ったじゃん!! 『貴族の火事場用に』って言ってたじゃん!!」


「……あー……いや、まぁ……

 ドラゴン狩りに行く時の見栄え用に作っただけで……」


透明な空間から、めっちゃ気まずそうな声。


「まぁ……確かにそれだ……」


その瞬間。


ぷっ。


レオが吹き出した。


「ぷっ……ははっ……!」


我慢できなくて、完全に笑い声に変わる。


「トーグリムさん……最高です」


「……うるせぇ!! 笑うな!!」


アマンダはもう、マスクを顔に当てながら、

涙目でニヤニヤが止まらない。


(これだ……これで完璧……!)




一秒も無駄にせず、アマンダはマスクを顔に押し当てた。


カチッ、カチッ。


見えない留め具が音を立てて完璧に固定される。


全部は隠さない。


でも、すべてを変える。


口元と顎は開いたままで、食事も会話も自由。


でも「アマンダ」という存在――

出自も、過去も、怯える心も――

冷たく光る金属の向こうに完全に封印された。


これは恐怖の隠蔽じゃない。


宣言だ。


マスクの深いスリットから覗く瞳は、

まるで別の深さを宿したように鋭く、底知れなくなった。


近くにあった銀の水差しを鏡代わりにして、自分を見る。


そこにいるのは、

もう怯える女子大生でも、

ビビってる異世界転移者でもない。


守護者。


半分の顔を古代の秘宝で覆った、

絶対的な謎の存在。


「……バカ」


アマンダは小さく呟いて、苦笑いした。


マントの裾を整える。


「二人ともバカ。でも、ありがと」


「遠くに行かないでね」


そう言い残して、ドアを勢いよく開ける。


――ガチャリ。


廊下で待っていた侍女は、

新装の守護者を見て一瞬だけ息を呑んだ。


瞳が大きく見開かれる。


でも、長年の訓練が勝った。


無言で深く頭を下げ、静かに先導を始める。


アマンダはその後ろを歩き出す。


灯りに満ちた廊下を、

金色の鎧が長い影を落としながら進む。


(よし、顔は完璧。マスクは天才的すぎる)


(距離を取れるし、敵意には見えない。むしろ「儀式」って感じでバッチリ)


(これならロクサーナの視線だって跳ね返せる……はず!)


心の中でガッツポーズしながら、背筋を伸ばす。


足音が、石の廊下に響く。


カツ、カツ、カツ。


まるで運命のカウントダウンみたいに。


(さあ、いよいよ本番)


(守護者アマンダ、ディナーのテーブルに降臨だ!!)


(……胃が痛いけどな!!!)


◇◇◇


扉が開く。


眩いシャンデリアの光が、一瞬でアマンダを包み込んだ。


長いテーブル。


アイヒェンヴァルト家の全員が、そこにいた。


中央に、威厳を纏ったタイヴィン公爵。


その右に、優雅に微笑む公爵夫人。


三人の息子たち――次男、三男は興味津々、長男のランデルは……


ランデルは、静かに立ち上がった。


柔らかな、でもどこか切なげな笑顔で。


「……お待ちしておりました、守護者様」


その声に、頬の奥がまた熱くなる。


(ダメダメダメ!! 集中!!)


マスクの下で必死に表情を引き締める。


視線が次に捉えたのは、最奥の席。


ロクサーナ・アイヒェンヴァルト。


黒と深紅のドレスに身を包み、紫紺の瞳でこちらをまっすぐに見つめていた。


微笑んでいる。


でもその微笑みは、まるで獲物を見定める蛇のようだ。


「まあ……なんて美しい仮面」


最初の言葉は、やっぱり彼女だった。


甘く、どこか刺すような声。


「まるで古の秘儀を思わせるわ。

 それとも、私たちに顔を見せるのがお嫌かしら?」


テーブルに、ぴたりと静寂が落ちる。


公爵夫人が小さく息を呑み、次男が目を丸くする。


タイヴィン公爵は眉をわずかに動かしただけ。


――来た。


アマンダはゆっくりと歩き出す。


黄金のブーツが大理石の床に響く。


カツ、カツ、カツ。


まるで宣告のように。


指定された席――ランデルの斜め向かい、ロクサーナの真正面――に立つ。


そして、静かに椅子を引き、腰を下ろした。


「儀式用のものです」


低く、落ち着いた声で答える。


「古の誓いにより、戦いの場以外では、素顔を晒すことを禁じられている」


嘘だけど、まあいい。


ロクサーナの瞳が、わずかに細まる。


「ふうん……古の誓い、ね」


指先でワイングラスを軽く回しながら、彼女は微笑んだ。


「では、その誓いは口元までは及ばないのね?

 食事の邪魔にはならないようで、何よりだわ」


(やってくれる……!!)


アマンダは内心で舌打ちしながら、優雅にナプキンを広げる。


(見て真似すればいいんだよね……? ランデル、頼むよ……!)


視界の端で、ランデルが小さく苦笑いしながら、スプーンを取るのが見えた。


(よし、あれが最初……!)


アマンダも同じスプーンに手を伸ばす。


――瞬間。


ロクサーナが、くすりと笑った。


「まあ、守護者様は左からお始めになるのね。

 私たちの国では、右からが正式ですけれど……」


テーブル全体が、ピクリと凍りつく。


公爵夫人が「ロクサーナ!」と小さくたしなめる。


タイヴィン公爵が咳払いをする。


ランデルが、慌てて口を開きかけた。


でも、アマンダは先に動いた。


スプーンを置く音が、静寂の中で響く。


カチリ。


「私の故郷では、左から始めるのが古の礼儀です」


静かに、でもはっきりと告げる。


「客人として貴国のしきたりを乱すつもりはありませんが、

 守護者たる私は、己の道を曲げません」


一瞬の沈黙。


そして――


タイヴィン公爵が、低く笑った。


「ほう……面白い」


重厚な声が部屋に響く。


「我が家に、こんな客人を迎えるのは初めてだ。

 構わん。好きにせよ、守護者」


ロクサーナの微笑みが、わずかに深くなった。


ランデルが、ほっとしたように息を吐く。


(よし……第一ラウンド、セーフ……!)


アマンダはスープを口に運びながら、心の中でガッツポーズした。


(まだ始まったばかりだけどね……!)


燭台の炎がゆらめき、

長い晩餐の夜が、今、本当に幕を開けた。

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