42) 「帰還と再会」
馬車がガタリと最後の角を曲がる。
陽光が降り注ぐ広場。
公爵宮殿が目の前にそびえる。
白い石の宮殿。
豪華さより厳格さ。
深い威厳が漂う。
黄金の門が軋みながら開く。
その瞬間、アマンダの視線が動く。
群衆を滑るように。
そして、ピタリと止まる。
正面の入口。
高いアーチの影。
三つの人影が立つ。
*(——あの人!)*
アマンダの血が凍る。
黄金の鎧の下、心臓がドクンと鳴る。
先頭に立つのは、タイヴィン・フォン・アイヒェンヴァルド公爵。
背筋はピンと伸び、まるで鉄の柱。
皺だらけの顔。
まるで花崗岩を削った仮面。
厳しい気候と責任に刻まれた痕。
*(『クロニクル』で知ってる。あの運命——)*
息子の死の報せから一週間後。
心臓発作が彼を襲う。
その影が、アマンダの目に映る。
誰もが見えないもの。
*(でも、違う。あの重荷が彼を潰さなかった理由——)*
息子が生きて帰ってきた。
それだけだ。
公爵の鋼のような瞳。
ランデルをじっと見つめる。
その眼差しに、露なんて生ぬるいものはない。
*(ああ、あれは——)*
鉄の意志で抑え込まれた、嵐のような安堵。
その瞳の中で、感情が渦巻く。
アマンダは息を吞む。
*(この瞬間、すべてが変わる!)*
1
タイヴィン公爵の隣。
震える指でハンカチを握りしめる女。
エレオノーラ公爵夫人だ。
かつての美貌の名残。
今、その顔には静かな哀しみ。
そして、果てしない優しさ。
*(『クロニクル』の運命——)*
公爵領の崩壊。
西からの猛攻。
侵略者の刃に、彼女は命を落とすはずだった。
だが、今。
彼女の頬を伝うのは涙。
無音の涙。
絶望じゃない。
喜びの涙だ。
*(生きてる……!)*
そして、最後のひとり。
アマンダの息が止まる。
ロクサーナ。
ランデルの妹。
『破砕のクロニクル』のメインヒロイン。
「天女のような美貌」——本の言葉。
だが、現実はそれを超える。
金色の髪。
陽光を溶かしたような輝き。
完璧な顔立ち。
彫刻家が魂を込めた傑作のよう。
そして、目。
熟したチェリーの赤。
炎のような情熱。
鋭い知性。
原作の不屈の意志が宿る。
*(生きてる……みんな、生きてる……!)*
アマンダの心が叫ぶ。
めまいが襲う。
衝撃が彼女を飲み込む。
*(私がやった。私が運命を変えた!)*
*(こいつらは、ただのキャラじゃない!)*
息をしてる。
生きてる。
本物の命だ!
2
ランデルが馬車を降りる。
広場が歓声で沸き立つ。
新たな熱狂が空を揺らす。
疲れ切った体。
包帯に巻かれた傷。
それでも、彼の歩みは揺るがない。
家族のもとへ。
数歩進み、父の前で恭しく頭を下げる。
「父上」
その声、力強く響く。
タイヴィンは無言。
手を伸ばし、息子の肩を掴む。
力強い握り。
その仕草に、すべてが込められている。
厳格な男の、抑えた愛。
言葉はない。
ただ、握力が語る。
*(生きて帰った。それだけでいい)*
その瞬間、堰が切れる。
エレオノーラが泣き声を上げる。
ランデルに飛びつく。
両腕で首を抱きしめる。
顔にキスを浴せる。
「私の子! 私の愛しい子!」
涙で声が震える。
彼女は繰り返す。
ロクサーナが続く。
落ち着いた動き。
だが、赤い瞳に涙が光る。
兄を抱きしめる。
額を肩に押し当てる。
「バカ兄貴」
囁く声。
怒りと、果てしない安堵が混じる。
「二度と、こんな心配させるなよ」
広場の民衆、熱狂する。
彼らが見るのは、ただの帰還じゃない。
公爵家の再会。
領の平穏。
希望の柱そのもの。
アマンダは馬車の中。
誰にも見えない証人。
「悲劇の序章」が、救済の物語に変わる。
彼女はそれを目の当たりにする。
*(私が……私が変えたんだ)*
その瞬間、彼女は理解する。
背負ったものの重さ。
骨の髄まで響く。
救ったのは「物語」じゃない。
この人々だ。
彼らの愛。
彼らの涙。
彼らの未来。
*(絶対に、守る)*
彼女は誓う。
二度と、奪わせない。




