41) アイヒェンヴァルドへの旅路
数日間の旅路。
馬車が、丘を越える。
谷を抜ける。
警護の騎士たちが、周りを固める。
一マイル進むごとに、景色が濃くなる。
懐かしい匂い。
故郷の色。
ランデルは疲れている。
それでも、口が止まらない。
「あの尾根の向こう。銀の鉱山が始まるんだ。」
「この谷——領内で一番ジューシーな牧草が育つ場所さ!」
窓の外を指差す。
声に、素直な誇らしさが乗る。
黄金の兜に隠された、理解不能な存在。
彼女に、自分の世界を。
少しでも、分け与えたい。
ランデルは、彼女を見つめる。
じっと。
馬車が平坦な道を滑る。
彼女の首が、ふっと横に傾ぐ。
鎧の下の肩。
ゆるむ。
呼吸が、深い。
静か。
(……寝てる。)
その瞬間。
彼女は「全能の守護者」じゃない。
ただの——
疲れた人。
壊れそうに、儚い。
ランデルの胸の奥。
得体の知れない疼き。
広がる。
畏敬。
理由のない優しさ。
ごちゃまぜだ。
(お前、眠ってるんだな。普通の人間みたいに。)
(何を見てるんだ? 偉大なるお前は。)
(森の夢か?)
(それとも……俺なんかが想像もできない何かか?)
馬車の軋む音。
キィ……キィ……
静かに、二人を包む。
やっと、見えた。
アイヒェンヴァルドの首都——白の尖塔。
ギザギザの城壁が、朝陽に輝く。
街は、山の斜面を這う。
白い石。
鉛色の屋根。
キラキラと、光が踊る。
巨大な門。
紋章が、誇らしげに飾る。
門が開く。
アマンダ——冷静を装う彼女。
だが、思わず息を呑む。
(美しい……)
帝国の首都の、けばけばしい美しさじゃない。
厳かだ。
誇り高い。
洗練された魅力。
石畳の路地。
坂を駆け上がる。
家々のアーチ。
蔦が絡まる。
広場から、噴水の音。
シャラシャラ——響く。
(ここは、ただの要塞じゃない。)
山の掌に抱かれた、生き物だ。
呼吸する存在。
ランデルが、彼女を見る。
目が、期待でキラキラ。
「どう? 俺たちの白の尖塔。北でも屈指の美しさって言われてるんだぜ!」
アマンダ、黙ったまま。
ランデルは、思う。
(無関心か?)
古代の奇跡を見てきた彼女。
この人工の壮麗さを、軽んじてるんだと。
彼には、見えない。
兜の奥。
アマンダの目が、大きく見開かれる。
すべてのディテールを、貪るように吸い込む。
(これ……本物だ。)
(完全に、本物。)
(本のページの、インクのスケッチなんかじゃない。)
(なんて……素晴らしいんだ!)
馬車が、大通りに入る。
ランデルが、そっと口を開く。
「兜、取ってみない?」
声が、柔らかい。
「ここ、空気きれいだし……それに、俺を助けてくれた人の顔、見てみたいな。」
アマンダの答え。
柔らかく、でもきっぱり。
「いいえ。」
「今は、まだ。」
その瞬間——
音の波が、押し寄せる。
最初は、遠くの叫び声。
それが、膨らむ。
群衆のざわめき。
ドドドッ——響き合う。
馬車が、スピードを落とす。
気づけば、人の海。
喜びに沸く顔。
興奮した顔。
安心の涙で濡れた顔。
人々が、通りに雪崩れ込む。
馬車の車輪の下に、花を投げる。
ランデルの名前を、叫ぶ。
「ランデル! 公爵万歳! 生きてるぞ!」
道端で、子供たちが手を振る。
油汚れのエプロンの職人たち。
バルコニーで、手を叩く貴婦人たち。
老いも若きも——
街中が、歓喜の渦。
アマンダ、動かない。
ただ、見つめる。
民衆の愛の嵐。
(なんて……すごいんだ。)
騎士たちが、郵便鳥で知らせを送った。
街は、準備していた。
ランデルの帰還を祝う、凱旋の祭り。
(これが……)
アマンダの頭に、思いが響く。
(彼が、どれだけ愛されてるかってことか。)
『クロニクル』では——
彼は、ただの悲劇の人物。
物語の序盤で、鮮やかに使われる。
美しいカード。
それだけ。
でも、ここでは違う。
血と肉を持った存在。
彼の帰還が、人々の心を熱くする。
支配者。
(すべてが、変わった。)
アマンダが、彼を救ったこと。
それは、ただの「チート級キャラ」じゃない。
(この民の希望そのものだったんだ。)
ランデルが、窓から手を振る。
少し、照れくさい笑顔。
それだけで——
歓声が、爆発する。
ドオッ! 響き合う。
彼が、旅友に視線を向ける。
黙ったままのアマンダ。
「ごめん、この騒ぎ……」
小さな声。
呟く。
「みんな、ただ嬉しくて……」
「謝らないで。」
アマンダの声。
同じくらい、小さい。
兜にくぐもった響き。
からかい? そんなもの、微塵もない。
代わりに——
(理解……?)
そこには、温かい何か。
「こんな忠誠心は、どんな王冠よりも尊い。」
馬車が、進む。
歓喜の波を、ゆっくりかき分ける。
アマンダを——
彼の世界の中心へ、運んでいく。
アマンダの胸の奥。
悟りが、響く。
(ゲームは、変わった。)
もう一段階、難しく。
(ただの「読者」じゃない。)
プロットを書き換える、傍観者でもない。
生きて、呼吸する物語。
その一部になった。
(失敗の代償……)
千倍に、跳ね上がった。
馬車の軋む音。
歓声の波。
アマンダの心臓が、静かに鼓動する。
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