4) 涙の第一歩
数日が過ぎた。
時間は、果てしない流れのように感じられた。
一日一日が、年月のように長く感じる。
昼間の時間が、永遠に続くのではないかと思えるほどだった。
「娘よ、食べなければいけないのよ」
《母》の声は、心配で震えていた。
ここ数日、彼女はただ、アマンダを心配し続けていた。
何とか食べさせようとし、せめて一言でも言葉をかけさせようと努めていた。
しかし、結局はアマンダの目から涙が流れ落ちるのを見つめることしかできなかった。
彼女は、木製の粗末な碗を差し出した。
中には、何やら濁った粥のようなものが入っている。
匂いは奇妙だ。
草の香りと、味気ない淡白さが混じり合っていた。
ライト――いや、アマンダは、ようやくその碗を受け取った。
その動きは、まだ他人のもののように感じられ、不自然に滑らかだった。
細く弱々しい指が、粗い木の匙を、辛うじて握りしめる。
(……食べなければ)
(たとえ食べたくなくても)
(たとえ吐き気がしても)
頭の中で、冷たい分析的な思考がよぎった。
夜通し勉強を駆り立てていた、あの声だ。
――サバイバルの声だった。
彼は匙を、新しくふっくらとした唇に近づけた。
未来は霧に包まれ、恐ろしいものだった。
しかし、その未来を征する第一歩が、今、この粥なのだ。
一口、飲み込む。
味気なく、淡白な味がした。
けれど、空っぽで痙攣していた胃が、感謝の温かさで応えた。
「……よかった」
女が、安堵の涙で目を潤ませながら、ほほえんだ。
彼女の名は、エレナ。
「神々は慈悲深いわ。あなたを、私のもとに返してくださった」
彼はただ、黙ってうなずいた。
話すのが怖かった。
この喉から、山田ライトの低く響くバリトンが飛び出したら――。
この哀れな女を、完全に狂わせてしまうのではないか。
だが、それこそが、すでにライト自身の狂気の表れだった。
この数日間、あまりにも急転直下の人生の変わり目に、彼自身が正気を失いかけていたのだから。
彼の視線は小屋の中を滑った。
電線はない。
コンセントもない。
電気の痕跡など、微塵もなかった。
あるのは、粗い木製の家具。
かまどの上に置かれた小さな鍋。
束ねられた乾燥したハーブ。
これは、博物館の展示物なんかじゃない。
誰かの家だ。
彼女の家だった。
(ファンタジー。村。技術水準は中世レベル)
情報を整理することに慣れた脳が、自動的にプロファイルを組み立て始める。
(脅威:不明。資源:最小限。社会的地位:地元住民の娘。名前:アマンダ)
名前――それが内側から焼けつくように痛んだ。
異物に烙印を押されたような、所有の証のように。
エレナは、彼の沈黙を弱さと勘違いした。
そっと、彼を再び寝床に横たえようとして言う。
「休みなさい、アマンダ。眠りが一番の薬よ」
しかし、眠りは訪れなかった。
ただ、思考がぐるぐると回り続けるだけだった。
彼は横たわったまま、粗い天井の梁を見つめ続ける。
この華奢な体の内側で、自分自身の――鋼のように折れない意志が、確かに脈打っているのを感じていた。
ミカサの顔を思い浮かべる。
彼女の笑い声。
あのドレスを着るという、果たせなかった約束。
(彼女は待っている……のに、俺はここにいない。もう二度と、会えないのか? クソッ……なんで、こんなことに)
喉の奥に苦いものが込み上げてきた。
鋭く、塩辛い。
それを飲み込もうともがいた。
だが、堪えきれず、彼は泣きじゃくり始めた。
一時間? それとも二時間?
やがて、涙は自然と止まった。
泣き続けることは、降参を意味する。
ヤマダ・ライトは、決して屈したりはしなかった。
どんな障害があろうと、目的に向かって突き進んできた。
今、その目的はシンプルで、喜びのないものだ。
生き延びること。
この状況を理解し、新たな世界のルールを掴み取ること。
なぜ、どうして、こんなことが起きたのかを解き明かすこと。
そして、もしかしたら……帰る方法を見つける?
あるいは、せめて、一言だけでも伝えられないか?
それは狂気の考えだ。
しかし、他に選択肢はなかった。
彼は、ゆっくりと拳を握りしめた。
手は小さく、弱々しい。
だが、その拳を満たす決意だけは、変わらずに強固だった。
(……よし、アマンダ)
彼はこの体に――この身に強制的に刻み込まれた運命に、静かに語りかける。
(お前が、いったい何ができるのか、見せてもらおうじゃないか)
すると、扉の向こうから、生活の音が聞こえてきた。
人々の話し声。遠くで吠える犬。荷車が軋む音。
この村の日常は、彼を省みることなく、淡々と流れ続けている。
ヤマダ・ライトである彼は、すべてをゼロからやり直さねばならない。
ルビーのような瞳を持つ、若い娘の体で。
みなさん、初章をお読みいただき、ありがとうございます! この物語は、突然の異世界転生で心が揺れるライトの葛藤を描きたくて、筆を走らせました。ミカサの約束のシーン、胸が痛くなりましたか?(笑)
実は私、非ネイティブの日本人なので、文法や表現にぎこちなさが残っているかも…。もし「ここ、もっと自然に!」というアドバイスがあれば、ぜひコメントで教えてください! 一緒にこの世界を磨いていきましょう。
次章では、村での初アクションをお届けします。続きを楽しみにしていてくださいね!
(ヤマダ・ライトの作者より)




