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39) 森の守護者の噂

バグローサン・ホールの重い扉が、ドンッと閉まった。

顧問たちのざわめきが、ぴたりと途絶える。

静寂。耳がキーンとするほどだ。


レディ・ヴィオレッタは、凍りついたように立ち尽くしていた。

指は白い蛇のよう。

ベルベットのドレスを、ぎゅっと握り潰す。

(怒りが…燃える。なのに、なぜ? この冷たい疑念は…!)


皇帝カッシウスが、ゆっくりと玉座の台座を降りる。

大理石の床。

彼の足音は、まるで存在しないかのように静かだ。


ステンドグラスへ。

太陽を砕くドラゴンが、色鮮やかに輝く。

その下で、彼は足を止めた。

眼下には、アエテリス市。玩具のようだ。


「ふむ。我が燃える雷よ。」

カッシウスの声は柔らか。

まるで、頬を撫でるような響き。

「その怒り…実に美しい。だが、無意味だ。」


「嘘よ!」

ヴィオレッタの声が、鋭く迸る。

かすかに震える。

「アイツ、絶対に嘘をついてる! カッシウス、貴方も分かってるよね!? あんなこと…ありえない! 魔術が、そんな風に動くはずない! すべての法則をぶち壊してる!」


(ありえない…ありえないよ! なのに、なぜ心が…揺れる!?)

彼女の瞳が、ステンドグラスに映るドラゴンを睨む。

まるで、その炎が彼女の心を焼き尽くそうとしているかのように。


「法則だと?」

皇帝が振り返る。

血のように赤い瞳が、ヴィオレッタを興味深げに捉えた。

「そもそも、その法則を定めたのは誰だ、ヴィオレッタ? 君と私か? それとも、覚醒の塔で君がむさぼり読んだ、埃まみれの古文書か?」


数歩。

彼が近づく。

その影が、ヴィオレッタをすっぽりと飲み込む。

(…圧倒される。こんなの、初めて…!)


「何世紀も、だ。」

カッシウスの声は、静かで鋭い。

「君と私は、魔術を道具だと信じてきた。学び、操る手順。制御すべき力。だが、もしそれが間違いだったら? もし魔術が、道具なんかじゃなく…意志そのものだとしたら?」


彼の瞳が、怪しく光る。

「そして、もしだ。森の奥深く、忘れ去られた場所に、現実そのものに新たな法則を押し付ける、強い意志を持つ者が現れたとしたら?」


ヴィオレッタの心臓が、ドクンと跳ねる。

燃えるような怒り。

それが、冷たく、理性的な恐怖に変わっていく。

(彼…本気だ。こんな突飛な話を、真剣に考えてる…!)


カッシウスは、彼女の言葉を一蹴しない。

その沈黙が、ヴィオレッタの胸を締め付ける。


「貴方が…そんなことを信じるの?」

彼女の声は、囁きに近い。

「森から出てきた野蛮な女が…我々の文明が築き上げたすべてを超える力を持ってるなんて、本気で信じるの?」


(ありえない。絶対に、ありえない…!)

なのに、彼女の瞳は、皇帝の顔から離れられない。

まるで、彼の言葉が、彼女の心に新たな法則を刻み込もうとしているかのように。


「俺は目に見えるものしか信じねえ。」

カッシウスが、鋭く切り捨てる。

「で、俺が見たのはな。俺の最も公平で冷酷なハンターが、寒さじゃなくて*恐怖*で震えてたってことだ。アイヘンヴァルドを抹殺する完璧な計画が、裏切りや策略じゃなく、たった一人の人間――いや、人間*みたいな何か*の介入で、粉々に砕かれたってことだ。」


グッと近づく。

ヴィオレッタは、ゾクリと冷たい気配を感じる。

まるで、彼の存在が空気を切り裂くかのよう。

(…なんだ、この圧迫感…!)


「そして、ヴィオレッタ。」

カッシウスの瞳が、彼女を突き刺す。

「俺はお前の目に映るものも見てる。怒り? 違う。*恐怖*だ。お前の至高の魔法の玉座が、揺らいでるんじゃないかって恐怖だ。」


ヴィオレッタは、まるで殴られたように後ずさる。

「私の玉座は揺らがない! 私が力そのものよ!」


「違う。」

カッシウスの声は、剃刀のように鋭い。

危険な響き。

「お前は、俺とお前で築いたピラミッドの頂点にいるだけだ。だが、もしどこかに、俺たちのピラミッドをただの丘みたいに見せる*山*があったら? そんな可能性を無視する余裕は、俺たちにはねえ。」


一歩。

彼が下がる。

ヴィオレッタに、ほんの一瞬の休息。

(…息が、できない…! なのに、なぜ…心が、ざわつく!?)


「俺はお前がすぐにそいつの優位を認めろなんて言ってねえ。」

カッシウスの声が、静かに響く。

「お前に求めてるのは*好奇心*だ。お前の鋭くて容赦ない知性だ。そいつは何者だ? どこから来た? その力の源はなんだ? 俺たちが知らない古代の魔法か? アーティファクトか? 何だっていい。俺は*答え*が欲しい。嫉妬に駆られたライバルとしてじゃなく、俺の帝国の最高の学者としてな。」


(答え…? 私が…その女の謎を、解く…?)

ヴィオレッタの瞳が、揺れる。

まるで、カッシウスの言葉が、彼女の心に新たな火を灯したかのように。


カッシウスが、ステンドグラスの方へ振り返る。

その横顔。

鋭い。

まるで、容赦ない刃のようだ。


「ランデルは、俺たちが知らなかった切り札を手に入れた。」

彼の声が、低く響く。

「それで、このゲームは……無限に面白くなった。」


ゆっくりと。

まるで、時間を味わうように。

「焦る必要はない。俺たちは観察する。研究する。そして、それが何なのか理解したとき――」


肩越しに。

ヴィオレッタを一瞥。

その真紅の瞳に、飢えた炎が宿る。

「そのとき、俺たちは決める。この異常を破壊するか……それとも、俺たちのものにするかだ。」


そして、静かに。

「愛するヴィオレッタ。それが、今のお前の最優先の任務だ。分かったな?」


ヴィオレッタは、立ち尽くす。

彼の言葉を、噛み締める。

(…嫉妬? そんな弱さ、必要ない。)

怒りが、静まる。

代わりに、冷たく、澄み切った決意が湧き上がる。


(彼の言う通りだ。未知を解き明かし、知識を狩る――それが、私の舞台!)


ゆっくりと。

背筋を伸ばす。

菫色の瞳に、傲慢な輝きが戻る。

だが、今。

その輝きには、新たな、死を招く目的が宿っていた。


「分かりました、陛下。」

彼女の声は、いつもの自信を取り戻す。

「その『守護者』とやらを、原子レベルまで解剖してやる。そして、そいつが女神なのか……それとも、ただの進化の失敗作で、消し去るべき存在なのか、はっきりさせてやるわ。」


(絶対に、暴いてやる…!)

ヴィオレッタの心が、鋭く燃え上がる。

まるで、彼女自身が、新たな法則を刻む刃となったかのように。

もし少しでも「続きが気になる」と思ってもらえたら、

ブックマークや評価をしてくれると、とても励みになります。


更新のやる気がぐんと上がるので、ぜひよろしくお願いします。

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