37) 盲目の世界
ランデルは見つめる。
世界の境界が崩れる。
次々と。
心の中で、激突。
統治者の懐疑心。
報告書と事実で育った理性。
そして、奇跡を目の前にした畏敬。
人間の震える本能。
(…これが、伝説なのか?)
「もう一つ…質問してもいいですか、奥様?」
声が滑る。
禁じた敬称へ。
(他に…呼び方が思いつかない。)
黄金のヘルメットが動く。
磨かれた表面。
静かな許可視点の許可が映る。
ランデルは言葉を選ぶ。
慎重に。
まるで考え自体を驚かせないように。
「あなたは…王が生まれる前から生きていたと言いました。」
「すべての大戦、帝国の崩壊、王朝の興隆…」
「森の影から、それらすべてを見続けてきたんですか?」
(信じられない…。)
「すみません、でも…僕の頭では、理解できないんです。」
「あなたのような力が、ずっと秘密だったなんて。」
「帝国最強の女大魔導師ヴィオレッタでさえ、限界がある!」
「巻物、ジェスチャー、素材が必要だ!」
「でも、あなたは…ただ手を振っただけ。」
「あなたの力は…どんな枠にも収まらないみたいだ。」
(…何なんだ、この存在?)
ランデルの目が揺れる。
ランデルが言葉を終える前。
彼女が突然、姿勢を正す。
怒りじゃない。
生き生きとした、鋭い緊張感。
人間らしい動き。
これまでの氷の孤高さとは、まるで別物。
「何、って?」
声が鋭く響く。
冷たい自信じゃない。
何か、別の感情。
「魔導師が…この大陸で、珍しい?」
「そんな…たくさんいるんじゃないの?」
ランデル、凍りつく。
完全に度肝を抜かれた。
(…なんだ、この反応!?)
怒られるか、高慢な肯定か。
そんな予想は全部、外れる。
本物の、怯えたような困惑。
想像もしていなかった。
「え…はい、その通りです。」
戸惑う声。
「魔術は…極めて稀なもの。」
「数万人に一人しか持たない才能。」
「羽を浮かせるや火を灯す以上の強い魔導師なんて、片手で数えられるほど。」
「ほとんどは王家に仕えてる。」
「なぜ、そんなに驚いてるんですか?」
だが、アマンダはもう聞いていない。
体が固まる。
石像のよう。
内側で、すべてがひっくり返る。
(『魔導の書』には、魔導師がゴロゴロいたはず!)
頭の中で、嵐が渦巻く。
(『クロニクル』では、魔術は日常だった!)
(騎士たちは剣に呪文を宿して戦い、錬金術師は奇跡を紡いでた!)
(そして…ロクサーナ!)
(あのときはストレスで気づかなかったけど…)
(彼女はランデルのそばにいるはずだった!)
(どこにいる!? なぜいない!?)
(…何かが、間違ってる。)
アマンダの心が、軋む。
冷たいパニック。
べたつく恐怖。
喉元までせり上がる。
(『魔導の書』の知識…全部、役に立たない!?)
(物語の筋書きが…変わった?)
(なぜ!?)
思考が凍る。
最も恐ろしい可能性。
(…ここ、そもそも『クロニクル』の世界じゃない!?)
彼女の沈黙。
石像のような静止。
恐ろしいほど。
全能の神じゃない。
黄金の鎧に身を包んだ、怯える人間。
その姿。
「奥様?」
ランデル、慎重さを忘れる。
本能で身を乗り出す。
彼女の手袋を握る。
温かく、しっかり。
(反応を…命の兆しを!)
「大丈夫ですか? 僕の声、聞こえてますか?」
その手。
パニックの渦から彼女を引きずり出す。
ゆっくり、顔を上げる。
ヘルメット越し。
目が見えないのに。
ランデルは感じる。
彼女の視線。
自分に定まる。
「…大丈夫よ。」
くぐもった声。
力を振り絞るよう。
手を引かない。
「ただ…君の言葉が…少し、考えさせるものだっただけ。」
沈黙。
頭を整理する。
(未来を知ってる…そう信じてた。)
計画が崩れる。
音を立てて。
この世界。
五本の指の裏まで知ってるはずだった。
なのに、盲目。
(…何もかも、間違ってる。)
「侯爵。」
口を開く。
声に鋼が戻る。
だが、違う。
メスの刃のよう。
鋭利で、切開する響き。
「この世界の魔術の現状。」
「君が知ってることを、全部教えて。」
「全部よ。」
「どんな学派がある? 最強の術者は誰?」
「魔術が…衰えてから、どれくらい経つ?」
(…この世界を、知らなきゃ。)
彼女の心が、覚悟を決める。
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