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36) 至高の魔導師

馬車の車輪が軋む。

ゴトゴトと規則正しい音。

重い沈黙を切り裂く。


アマンダはランデルの向かいに座る。

気楽な姿勢。

だが、ヘルメットは窓を向く。

雨の光が彼女を照らす。


松の木々が流れ、灰色の空がちらつく。

彼女の静けさ。

まるで古の精霊だ。

凡人の慌ただしさを冷たく見下す。

荘厳で、孤高。


ランデルは彼女を見つめる。

(この女…本当に「人」なのか?)

粗野な力じゃない。

鎧の曲線。

優雅で、致命的な美しさ。


この存在が、今、俺の運命を変えた。

アイヘンヴァルトへ連れて行く。

(でも…どうやって話しかけるんだ?)


意を決する。

声が震える。

「俺の領地…景色がすごいんだ、奥様。」

「特に北の山々。太陽が沈むとき、空が金の海みたいに輝くんだ。」


アマンダは動かない。

答えもしない。

沈黙が響く。

さらに重く。

(…まずい。完全に無視された!)


馬車が揺れる。

ランデルの心も揺れる。

彼女の視線は、窓の外。

まるでこの世界を拒むように。


ランデルは少年の頃を思い出す。

動かない彫像に話しかけた、あの感覚。

でも、彼女の静けさ。

遠くを見つめる雰囲気。

それが心の奥を震わせる。

ずっと抑えてきた何か。

(崇拝じゃない。対等な対話だ。)

宮殿の壁や戦術図の向こう。

広い世界を知る誰かとの会話。


「一つ…質問してもいいか?」

堅苦しい礼儀を投げ捨てる。

声が震える。


黄金のヘルメットが動く。

ゆっくり、窓から彼へ。

見えない視線。

重い。

まるで空気が圧縮されるようだ。


「すでに一つ質問したわ、侯爵。」

彼女の声。

感情のない、平坦な響き。

「でも…もう一つ許してあげる。」


ランデルは息を吸う。

盲目のような仮面をまっすぐ見つめる。

「あなたは…何者だ?」

「そして、なぜ? なぜ俺を助けた?」

「『世界が退屈になる』って言っただろ。でも、それだけじゃない。もっと深い理由がある…そうだろ?」


彼女は息を吐く。

かすか。

疲れたように。

そこには果てしない孤独。

長い年月の重み。


「ランデル。言ったはずよ。」

「名前なんて、ただの檻。」

言葉が止まる。

彼が真実をどこまで受け止められるか。

量るような沈黙。


「もし…ラベルが必要なら。」

「この大陸に残された最後の至高の魔導師の一人、と思えばいい。」

「太古の森の最後の守護者。」

「王や帝国が生まれるずっと前から、森と共にある存在。」


ランデルの息が止まる。

至高の魔導師。

幼い頃のおとぎ話。

色あせた古文書。

若い頃、笑いながらめくったページ。

(神官や詩人の空想だろ? そう思ってたのに…)


「信じられない…」

囁く声。

否定じゃない。

不可能な現実を突きつけられた音。

「つまり…あなたが…その…」


「君が本で読んだことはすべて、」

アマンダが遮る。

初めて、声に苦い皮肉。

「色褪せた残響にすぎない。」

「かつての咆哮が、歪んだ囁きになったもの。」

「ええ、侯爵。私は君たちが忘れた『おとぎ話』そのものよ。」


(…本物だ。)


「私は人間から距離を置く。」

声が冷たくなる。

冬の風のよう。

「彼らの『進歩』が、この世界の根を貪るのを見てきたから。」


(何…? 進歩? 世界の根?)

ランデルの頭がぐるぐるする。


「さまよう王子様を片っ端から助けるわけじゃない。」

彼女のヘルメットが窓へ傾く。

「君がバラバラに切り刻まれるのを、葉が落ちるのと同じ無関心で見つめられた。」

「君たちのほとんどは、長い夜の中で瞬くだけのちっぽけな火花。」


(火花…?)


「でも、君の火花は…」

彼女の声が一瞬、止まる。

「…炎を起こすかもしれない。」

「あるいは、すべてを闇に沈めるかもしれない。」

「それが私の計算よ、ランデル。慈悲なんかじゃない。」


その言葉。

冷たく、容赦ない。

彼を打ちのめすはずだった。

でも、逆だ。

熱が湧き上がる。

(これは…神の気まぐれじゃない。戦略だ。)

そして、俺はその鍵。


頭がめまぐるしく動く。

(至高の魔導師…実在する。)

(彼女は本物だ。)

(世界を守ってる? 俺たちから?)

(そして、俺は…『火花』? なぜだ?)

(出自か? 改革か? それとも…俺の怒りか?)


疑問がぶつかり合う。

新しい謎が生まれる。

ランデルの心が燃える。


ランデルは彼女を見つめる。

揺るぎない輝き。

弱さの欠片でも探したい。

(…無駄だ。)


心を刺す。

矛盾した不安。

(美しい…。)

宮廷の女たちの美じゃない。

ドレスや髪型の計算されたものじゃない。

研ぎ澄まされた刃の美しさ。

地平線の雷雲。

灼熱で、致命的。

心を奪う完璧さ。


(俺は…愚かだ。)

数々の美女に心を投げ出されてきた。

なのに、彼女が俺を男として気にする?

(笑いものだ!)

俺はただの道具。

運命の天秤に載った一粒の砂。


その瞬間。

絶望じゃない。

燃える好奇心が湧く。

(この砂粒に…彼女は何を見てる?)


気づかなかった。

自分が彼女をじっと見つめていたこと。

敬畏じゃない。

未知の武器を分析する司令官の視線。

鋭く、探る目。


突然、彼女が顔を向ける。

「なぜそんな目で私を見るの、侯爵?」

声は静か。

…優しげ?

鋼の冷たさは消え、

軽い、疲れた好奇心が漂う。


(…なんだ、この雰囲気?)

ランデルの心がざわつく。


その声の変化。

これまでのどんな力よりも強い。

ランデルを打ちのめす。


(…なんだ、これ?)

頭を整理したい。

なのに、頬が熱い。

じわじわと。


「すみませんでした、僕…」

言葉につまる。

普段の彼じゃない。

口ごもる。

「ただ、理解しようとしてるんです。」

「伝説の中にいる…人間を見ようとして。」

「それと、僕が背負う責任の重さ、ちゃんと受け止めようとして。」

「あなたは僕を『火花』って呼んだ。」

「もし僕が、守ってくれたその手を…焼き焦がしてしまったら、どうなるんですか?」


彼女は静かに聞く。

ヘルメットがわずかに傾く。


「リスクはいつだってある。」

静かな答え。

「でも、私はただ見ているより、リスクを選ぶ。」

「今のところは、ね。」


(…今のところ?)

ランデルの胸がざわつく。

もし少しでも「続きが気になる」と思ってもらえたら、

ブックマークや評価をしてくれると、とても励みになります。


更新のやる気がぐんと上がるので、ぜひよろしくお願いします。

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