26) 路地裏の邂逅(ろじうら の かいこう)
市場の裏、路地の空気は魚の匂いで重い。
まるで、鼻を突く生臭さが手でつかめそうだった。
アマンダはそこで二人を見つけた。
半壊の屋根の下、薄汚れた影。
少年――たぶん十四歳くらい。
顔は泥と意地で黒く塗りつぶされている。
壁に凭れ、錆びたナイフで根菜を削ぐ。
無駄のない動き。
飢えを凌ぐ者の計算された仕草だ。
(でも、目を奪ったのはそれじゃない。)
少年の目。
鋭い。獣のようだ。
周囲を素早く見回す――生き延びるためじゃない。
(あいつは「守ってる」。)
そして、アマンダは気づいた。
少年の背後、ゴミの山に隠れる少女。
青白い顔。
虚ろな大きな目。
そこに感情はない。
恐怖も、好奇心も。
ただ、氷のような無。
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三日間。
アマンダは二人を見続けた。
少年――路地の連中がレオと呼ぶ――は動いた。
最後のパンくずを少女に差し出す。
「俺、食ったから」と嘘をつく。
(バカ正直な嘘だな。)
年上の男が現れた。
ボロい毛布を奪おうとする。
レオは飛びかかった。
倍もデカい相手。力じゃない。
怒りと、絶対に引かない覚悟。
それで勝った。
夜。
レオは少女――エリスと呼ばれてる――に語りかける。
何時間も。
反応を引き出そうと必死だ。
でも、エリスは黙ったまま。
(まるで、魂が抜けたみたいだ。)
---
二人は完璧だった。
内側から焼き尽くされ、すべてを奪われた。
レオ。
生きる本能だけ。
そして、燃え続ける小さな怒りの欠片。
エリス。
自分の中に閉じこもったまま。
虚ろな瞳で世界を拒む。
(それで十分だ。)
アマンダの唇が、かすかに歪んだ。
四日目。
アマンダは決めた。
近づく。
でも、いきなりじゃない。
レオがエリスから数分離れた瞬間を狙った。
路地に足を踏み入れる。
そして、目に入った――恐ろしい光景。
汚い婆さんがエリスを棒でつつく。
「私の場所からどけ!」
刺々しい声が響く。
アマンダが動く前。
レオが戻った。
低い唸り声。
少年じゃない。
野獣だ。
婆さんに飛びかかる。
婆さん、怯えて逃げ出す。
その隙。
レオが荒々しく息をしながらエリスを庇う。
アマンダは動いた。
近くの店で買った平べったいパンを――放る。
パン、地面に落ちる。
レオがビクッと震えた。
素早く振り返る。
エリスを背に庇う。
猜疑と空腹に満ちた目。
パンに落ち、すぐにアマンダを睨む。
「消えろ。」
掠れた声。
鋭い敵意。
「慈悲ギルドの者じゃない。」
アマンダ、落ち着いて答える。
距離を保つ。
「憐れみも押しつける気はない。」
「じゃあ、何だよ?」
疲れと攻撃性が混じる。
レオの声、震えてる。
「ずっと見てた。」
アマンダの声、静かだ。
「君は戦ってる。でも、負けてる。寒さと飢え――君より強い。彼女より強い。」
顎でエリスを示す。
「俺は大丈夫だ!」
レオが叫ぶ。
でも、目が揺れる。
絶望が滲む。
「違う。」
アマンダの言葉、ナイフのようだ。
冷酷で、鋭い。
「一週間後、彼女は死ぬ。君も後を追うか、頭がおかしくなる。これは脅しじゃない。予測だ。」
レオ、黙る。
拳を握りしめる。
(分かってる。)
彼女の言う通りだ。
「……俺たちに何の用だ?」
ようやく絞り出した声。
かすかに震える。
「私は食べ物じゃない。暖かいベッドでもない。」
アマンダの声、静かで鋭い。
「力を与える。もう二度と無力にならない力。君たちをこんな目に遭わせた奴らに復讐する力。」
「復讐」。
その言葉、レオの心を刺す。
肩がピクリと動く。
(…復讐、か。)
「…お前、魔術師か?」
疑いの目。
鋭くアマンダを刺す。
「違う。」
彼女、静かに答える。
「私は武器を渡す。使うのは君たちだ。二人とも。」
視線、エリスに移る。
「彼女の中には影が眠ってる。それを歩かせる方法を教えるよ。」
レオの目、パンとアマンダを行ったり来たり。
憎しみと希望の間で揺れる。
葛藤、静かな数分。
「なんで俺たちなんだ?」
初めて、怒りじゃない。
疲れた戸惑いが声に滲む。
「君たちには失うものがないから。」
アマンダ、正直に切り返す。
「君の目には恐怖じゃなく怒りが見える。彼女の目には…」
再びエリスを見る。
「…虚無が見える。時として、最も危険な影は、何もない影なんだ。」
アマンダ、踵を返す。
「決めなさい。明日、同じ時間に戻ってくる。気が変わったら…そのパンを食べておけばいい。」
彼女、去る。
レオを無言の選択と苦しい希望の中に残す。
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翌日。
アマンダ、戻る。
二人、同じ場所。
パン、手つかず。
レオ、エリスを抱きしめる。
アマンダと目が合う。
固い決意の視線。
「ついてく。」
声、低く響く。
「だが、もし彼女を傷つけたら…」
「傷つけるつもりなら、君たちはもう死んでるよ。」
アマンダ、冷たく切り返す。
「今日から、君たちの古い人生は終わり。君たちは私の影になる。まず最初に学ぶのは…消える方法だ。」
彼女、二人を臭い路地から連れ出す。
華やかな行進じゃない。
真っ暗な闇への第一歩。
でも、レオとエリスにとって――
それは絶望の闇に差す、唯一の光の道だった。
そしてアマンダにとって――
最強の幻影を生み出す、始まりだった。
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