23) チェスの盤上
数週間。
アマンダにとって、時間は――
複雑で、多層的なチェスの試合。
盤上のすべての駒を知る。
唯一のプレイヤー。
それが、彼女だ。
1. 道具
五日後。
テンギが、現れる。
オゾンと油の匂い。
約束の場所。
装置を、渡す。
見た目は、ただの石。
無骨で、粗い。
だが――
隠された留め具を、押す。
パカッと、開く。
圧縮マナ空気で動く。
コンパクトなモーター。
ダイヤモンドの先端。
細い振動ドリル。
音は、ほぼない。
かすかな、シューという音。
それだけで、岩を削る。
(天才的…!)
アマンダの目が、光る。
シンプルさに、才能が宿る。
2. ロジスティクス
数日おき。
アマンダは、山へ。
口実は、簡単だ。
「植物研究」。
「インスピレーションのための瞑想」。
背囊の中。
「薬草」。
「山の水晶」。
そう見える。
だが、底には――
数キロのミスリル鉱石。
隠されている。
大量には、採らない。
洞窟に、痕跡を残さない。
疑われない量。
それだけ、持ち運ぶ。
(誰にも…気づかせない。)
彼女の足音が、山に響く。
ミスリルの秘密が、彼女の背囊に眠る。
3. 溶解と精製
これが、一番難しい。
溶鉱炉? 借りるなんて、論外。
(バレたら、終わりだ。)
代わりに――
「助言」を、駆使する。
ギルドの領地の外れ。
小さな廃墟ラボ。
かつて、危険な実験が行われた場所。
今は、「縁起が悪い」と避けられる。
夜の静寂。
その中に、隠れる。
命がけで、冶金を学ぶ。
手袋を、何十枚も焼く。
坩堝を、いくつもダメにする。
それでも――
徐々に、上達する。
鍵は、別の「助言」。
ギルドに、「思い出した」。
低温触媒のレシピ。
小さな炉でも、難熔金属を溶かす。
これで、彼女は――
少量ずつ、鉱石を溶かす。
驚くほど、純粋なミスリル。
インゴットを、作り上げる。
少しずつ。
(これで…いける。)
4. 職人探し
狩りは、静かだ。
計画的だ。
直接、尋ねない。
ただ、耳を傾ける。
居酒屋。
読書室。
工房の列。
人々の、会話。
探すのは、才能じゃない。
怨みだ。
そして、見つけた。
トルグリン。
灰色の髪のドワーフ。
頬に、焼け跡。
目に、世界への軽蔑。
クランから、追放された男。
理由は、酒でも盗みでもない。
異端。
祖先の聖なる掟を、破った。
合金の実験を、試みた罪。
彼は、粗末な小屋。
石油ストーブやナイフを、修理する。
絶望に、沈む。
酒に、溺れる。
(この男…使える。)
アマンダの目が、鋭く光る。
ミスリルの秘密が、彼女の手で形になる。
アマンダは、客としてじゃない。
弟子として、近づく。
トルグリンの「型破りな手法」。
それを耳にした、と言った。
学びたい、と。
鍛冶の基礎。
「授業料」として――
コンドコンドと、硬貨を渡す。
彼女は、ひどい生徒だ。
手が、動きを覚えない。
それでも、真剣だ。
耳を、傾ける。
ある日。
トルグリンが、いつものように――
すべてを、呪う。
その時、彼女は動く。
そっと、作業台に置く。
金じゃない。
小さく、冷たい。
白く、輝くインゴット。
「あなた、難しい合金を扱ったことがあるって聞きました。」
静かに、言う。
「これで、何ができる?」
トルグリンが、凍りつく。
酒で濁った目。
突然、炎のように燃える。
アマンダは、思わず一歩退く。
彼の震える指が、ミスリルに触れる。
明かりに、かざす。
「こ、これは…ありえない…」
掠れた、囁き。
「どこで手に入れた、小娘?」
「それは関係ない。」
アマンダは、彼の目を見つめる。
きっぱり、言う。
「大事なのは、私にこれが十分にあるってこと。」
(そして…)
「欲しいのは、下働きじゃない。パートナー。誰もやったことのないことを、成し遂げられる人。」
金じゃない。
彼女が差し出したのは――
贖罪の機会。
彼の異端が、狂気じゃない。
天才だと、証明するチャンス。
トルグリンは、長い間。
インゴットと、彼女を。
交互に見つめる。
その目に、渦巻く。
恐怖。誇り。
そして――
「不可能な課題」への、抑えきれない好奇心。
「……何を作りたい?」
ついに、彼は息を吐く。
言葉が、響く。
アマンダの唇が、わずかに上がる。
(始まった。)
ミスリルの輝きが、二人の未来を照らす。
アマンダは、微笑む。
幸せの笑みじゃない。
獲物を見つけた、捕食者の牙。
そのような、笑みだ。
「すべてです、トルグリン師匠。」
声が、低く響く。
「あなたにできることの、すべて。」
(まずは…)
「小さく始めましょう。短剣を。羽のように軽く、思考のように鋭いもの。」
そして――
「その後で、他の金属について話します。世界がまだ見たことのない、合金について。」
トルグリンの目が、揺れる。
好奇心が、燃え上がる。
(小娘…本気だな。)
ランデル公爵の死。
その時計の針が、刻む。
一刻一刻、進む。
だが、今のアマンダが持つのは――
単なる計画じゃない。
静かな、秘密の――
奇跡の工房。
その最初の産物。
短剣。
彼女が夢見た、最強の味方。
その心を、開く鍵。
(これが…始まりだ。)
ミスリルの輝きが、工房を満たす。
二人の影が、未来を切り開く。




