13) 輝く壁
静かな馬車の音。
ガタゴト。ガタゴト。
彼女は樽に身を寄せ、じっと耳を澄ます。
(何…? この人たちの話、面白い…!)
耳が、会話の断片を拾い上げる。
「ルミネセントの結晶、また値上がりしたんだって! あのドワーフ、独占しすぎだろ…!」
「レトルトの沈殿物、取れねえ! 実験全部ダメになる…くそっ!」
「アイアンヘイヴンに帝国の使節団が来たらしい。関税下げろってさ…。」
(ふむふむ…このキャラバン、錬金術の材料を運んでるんだ。知識の都へ、か。)
彼女は心の中でパズルを組み立てる。
(でも、なんか問題抱えてるっぽいね…?)
夜。
キャンプの火がパチパチと音を立てる。
若い錬金術師、フィンが苛立たしげに叫ぶ。
「ちくしょう! また不良品だ!」
紫色の多孔質の石を、勢いよく炎に投げ込む。
「ルミネセントが純粋じゃねえと、ホーククロウ家の注文の蛍光塗料、作れねえよ! 契約、ぶち壊しだ!」
ロレンツが黙って見つめる。
その顔、まるで石像だ。
(…こいつ、めっちゃ不機嫌そう。)
彼女は火のそばで、そっと息を潜める。
「…浄化できるよ。」
静かだが、はっきりした声。
全員の視線が、アマンダに突き刺さる。
フィンが苛立ちを隠さず、振り返る。
「は? またお前か? どうやってだよ、予言者様? 川の精霊に祈るか? 踊ってみせてくれよ!」
「フィン!」
ロレンツの声が鋭く響く。
だが、彼の目もアマンダを疑うように細まる。
「時間がないんだ、嬢ちゃん。遊んでる場合じゃない。」
アマンダ、動じない。
(みんなくそくらえ、って顔してるけど…関係ない!)
視線を浴びながら、彼女はロレンツにだけ語りかける。
フィンの嘲笑、無視。
「酢だよ。強めのワイン酢。砕いた石を銅の鍋で煮て、液が緑じゃなくなるまで。
その後、洗って焼けばいい。酸化膜が消えるから。」
キャンプに、耳を劈く沈黙。
フィン、口を開けたまま固まる。
「酸化…膜?」
若い見習いの一人が、ポツリと呟く。
ロレンツ、アマンダから目を離さない。
その視線、疑いから鋭い興味へ変わる。
「その言葉、どこで知った?」
声、低く響く。
「『酸化膜』はアルカニアの錬金術師の専門用語だ。帝国のアカデミーで使うもの。
ギルドの師匠でさえ、半分は知らねえぞ。」
(…やばい! 村娘にしては賢すぎた!)
アマンダの心臓、ドクドクと暴れる。
でも、引き下がれない。
「…覚えてない。」
いつもの「記憶喪失」の仮面をかぶる。
だが、今回は上手く滑らない。
「なんか…頭に浮かんだの。まるで…誰かの知識みたいに。」
ロレンツ、ゆっくり頷く。
その目、まるで心を見透かすよう。
「…面白い。実に、面白い。」
彼、フィンに振り向く。
「試してみろ。何を失う?」
「マスター・ロレンツ!?」
フィン、目を剥いて叫ぶ。
「こんな…頭おかしい野蛮人の言うこと聞くんですか!?」
ロレンツ、冷たく返す。
「契約をぶち壊して、お前の給料から罰金を払いたいか?
それとも、ただの娘っ子に負けるのが怖いか?」
フィン、顔を真っ赤にして拳を握る。
ぶつぶつ呪いの言葉を吐きながら、作業に取りかかる。
数時間、かかった。
ほとんどの者は信じず、散っていく。
だが、ロレンツは残る。
焚き火のそば、じっと見守る。
アマンダ、動かず座る。
(…あの視線、めっちゃ重いな…。)
ロレンツの探るような目、彼女に突き刺さる。
やっと、フィンが戻る。
煤で汚れ、疲れ果てた顔。
だが、手には白い布。
その上、キラキラ輝く結晶。
純白の光、紫の筋ひとつない。
元より、ずっと上質。
「…くそくらえ…。」
フィン、結晶を見つめ、恐怖すら感じる声で囁く。
「こいつ…本当だった。完璧なルミネセントだ。」
ロレンツ、結晶を手に取る。
焚き火の光にかざす。
いつも無表情な顔に、珍しい色。
深い、深い思索。
「ただ純粋なだけじゃない。」
声、静かに響く。
「構造が…改良されてる。この方法、効果的だ。」
ロレンツ、アマンダに振り向く。
彼女、ホッとした気持ちを必死に隠す。
(…よし、なんとか切り抜けた!)
「アマンダ。」
ロレンツの声、もう軽い侮りはない。
そこにあるのは、役立つ道具への敬意。
「お前、大きな損失から俺たちを救った。
フェニックスギルドは、こういう恩を忘れねえ。」
その言葉、キャラバン中に瞬く間に広がる。
さっきまで、恐怖と疑いの視線だったもの。
今、好奇心に変わる。
中には、希望すら宿る目も。
(…あれ? なんか、扱い変わった?)
アマンダ、気づく。
もう誰も、彼女を珍獣のようには見ない。
その瞳に、隠された知恵を見る。
数日、旅は続く。
アマンダ、できる限り手助けする。
野営のコツ、妙に詳しい。
植物の性質、なぜか知ってる。
(これ…私の知識じゃないよね?)
不思議な知識、どんどん彼女の地位を固める。
でも、心の奥、ざわつく。
(…この旅、どこで終わるんだ?)
不安、静かに膨らむ。
丘陵の峠、また一つ登る。
突然、森が開ける。
「前方! アイアンヘイヴンだ!」
御者の叫び、響き合う。
アマンダ、顔を上げる。
息、止まる。
(…なんだ、これ!?)
目の前、巨大な湖。
陽光にキラキラ輝く水面。
その岸に、そびえる都市。
いや、ただの都市じゃない。
白い壁、果てしなく高い。
まるで天を突く。
表面、鏡のように滑らか。
何世紀も磨かれたかのよう。
空と水を映し、雲と溶け合う。
石の積み重ねじゃない。
生きる岩、巨大な一枚岩だ。
その頂上、奇妙な塔の群れ。
まるで水晶の宮殿の尖塔。
とても、防壁とは思えない。
「すっご…。」
アマンダ、ただそれだけ、吐き出す。
ロレンツ、隣で馬を止める。
彼女の反応、満足げに見つめる。
「自由都市、アイアンヘイヴン。」
声、静かに誇らしげ。
「『ダイヤの石碑』と呼ばれる。
初代大魔導師が、山の古霊と組んで作った壁だ。
どんな軍も、この壁は破れなかった。」
キャラバン、蛇行する道をゆっくり下る。
目指すは、巨人のための門。
巨大な門、昇るフェニックスの紋章で飾られる。
ロレンツ、アマンダに振り向く。
その顔、真剣だ。
「準備しろ、嬢ちゃん。」
声、低く響く。
「この壁の向こう、別の世界だ。
知識と、陰謀と、可能性の世界。
お前の力…そいつは、すべての門を開くか、標的にするか、どっちかだ。」
彼、木の札を差し出す。
「このトークンで、謁見の権利を得られる。
あとは、お前次第だ。」
アマンダ、札を受け取る。
指、強く握りしめる。
木が、キリキリと鳴る。
(…よし、来た!)
迫る巨大な壁を見つめる。
その壁、知識と力の象徴。
恐怖、消える。
代わりに、冷たい決意。
(ここ、終わりじゃない。)
(始まりだ。)
(アイアンヘイヴン、かかってこい!)
ルビーの瞳、燃える。
その炎、ダイヤの壁すら挑む力。
(検事の魂、この世界の新参者として、見せてやる!)
巨大な門、ゆっくり開く。
キャラバンを飲み込む。
そして、彼女を。
二つの世界の秘密を抱えた少女を。
皆さん、こんにちは! 今回の章、いかがでしたか? アマンダの謎の知識、フィンのイライラ、そしてアイアンヘイヴンのキラキラな登場…! 私、書きながら「この壁の向こう、何が待ってるんだろう!」ってドキドキしてました(笑)。
ロレンツのあの鋭い目、ちょっと怖かったですよね? でも、なんかカッコいい…? あなたはどのキャラが気になりました? それとも、アイアンヘイヴンの秘密が知りたい? 普段コメントしない人も、ほんの一言、「アマンダ、ナイス!」とか「フィン、落ち着けよ(笑)」とか、気軽に残してくれると、めっちゃ励みになります! 実は、皆さんの声が次の章のヒントになったり…なんてこともあるかも?(ニヤリ)
次の章では、アイアンヘイヴンの門が開きます。そこでアマンダが何を見つけるのか、ぜひ一緒に見届けてくださいね! コメント、待ってます~!




