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11) 川辺の目覚め

冷気が最初に襲ってきた。

骨まで凍えるような寒さ。

まるで全身が氷柱になったかのよう。


次に、痛み。

こめかみ。

筋肉。

枝でできた無数の傷跡が、ズキズキと脈打つ。


アマンダはうめき声を上げた。

息を吸おうとした。

だが、肺に空気は入らず。

代わりに、ドロドロの川の水が吐き出された。


ゴホゴホ!

咳き込み、体が痙攣する。

やっと、焼けるような最初の空気を吸い込んだ。


彼女は硬くて濡れた地面に横たわっていた。

ゆっくり、信じられないほどの努力で、目を開けた。


見上げると、見知らぬ空。

低い灰色の雲が、ベールのように広がっている。


首を動かす。

藻に覆われた小石。

灰色で急流の川。

その川は、彼女を飲み込む寸前だった。


「ここ……どこ?」

アマンダの声がかすれる。


記憶が、短剣の刃のように断片的に蘇る。

炎。

叫び声。

顔に飛び散る血。

カエランの、怒りに歪んだ顔。

最後の命令。


「逃げろ!」


アマンダは体を起こそうとした。

跳ね上がる。

肋骨に鋭い痛みが走った。


パニックが膨らむ。

彼女は辺りを見回した。

見慣れたものは何もない。

囁く幹の森の高い杉。

エルデンハートを囲む丘の輪郭。

どこにもない。


ただ、見知らぬ川。

痩せた低木に覆われた岸を流れているだけ。


「ウィンドレス?」

彼女の声は、かすれて弱々しかった。


答えは、こだまと水の音だけ。

馬はいなかった。

カエランの忠実な友。

彼女の唯一の救いだったあの馬が……いない。


何か、胸の中でちぎれた。

最初はただの体の弱さ。

ショックのせい。


だが、冷たく無関心な水を見つめる。

その水は、彼女に残された全てを奪い去った。

絶対的で、獣のような絶望の波が押し寄せる。


「クソくらえ!」

彼女の叫び声が、唇から荒々しく飛び出した。

「このクソくらえ! みんなくそくらえ!」


ヤマダ・ライトは地面から濡れた石をつかんだ。

力いっぱい川に投げつける。


次に、別の石。

そして、三つ目。


涙が流れ落ちる。

最悪の瞬間には出なかった涙。

今、頬を川の水と乾いた血と混ざりながら。


彼女は嗚咽した。

濡れた小石を拳で叩く。

指が痛みでしびれるまで、叩き続けた。


一人だった。

完全に、独りぼっち。

見知らぬ体。

見知らぬ場所。

どんな石よりも重い罪悪感を背負って。


カエランは、おそらく死んだ。

母のことは……考えるのも怖かった。


短く、新しい人生。

昔の人生と同じく、瓦礫の山と化していた。


「ヤマダ・ライト、輝く学生、未来の検事……なのに、こんな目に遭ってる。」

彼女はつぶやく。

「知らない体で、石の上で子供のようになきじゃくるなんて。」


それでも、絶望の底で。

彼女の古い、折れない性格が鋭い針のように突き刺さる。


「涙じゃ何も変わらない。立て!」


アマンダは膨大な努力を振り絞った。

立ち上がる。

まるで酔っ払いのように、ふらふらと。


服はびしょ濡れ。

重く、凍りついている。

頭がぐるぐるする。


でも、生きていた。

生きている限り、動ける。


アマンダは川沿いを歩き出した。

どこへ行くかもわからず。

ただ、体を温めるために。


頭の中は熱に浮かされたよう。

思考が飛び跳ねる。

「道を探す? どの道?」

「どこへ行く? 戻る? それじゃ自殺行為だ。」

「前に進む? 前にって、どこだよ?」

ヤマダ・ライトの声が、頭の中で響く。


約一時間、よろよろと歩き続けた。

まだ鈍い耳に、新しい音が飛び込む。


水や風の音じゃない。

車輪のきしむ音。

馬のいななき。

人の声の断片。


アマンダは即座に動いた。

大きな岩の陰にしゃがみ込む。

心臓がまた激しく打ち始めた。


慎重に覗く。

川と並行して走る田舎道。

小さな商隊が見えた。


三台の馬車。

頑丈なポニーに引かれている。

何人かの旅人。

実用的な旅用のマントを羽織っている。


アマンダの最初の衝動は、もっと深く隠れることだった。

今、誰かを信じるなんて、狂気の沙汰だ。


だが、彼女の視線が動いた。

最初の馬車の旗に落ちる。

濃紺の布。

銀色のフェニックスが杯から立ち昇る刺繍。


その紋章。

記憶を刺すように蘇る。

「クロニクル」で見たことがある。


ヤマダ・ライトの知識が頭の中で響く。

「フェニックスギルドの紋章……」

「錬金術師と希少なアーティファクトの商人。」

「中立で、政治より知識を重んじる。」

「本拠地は自由都市アイアンヘイヴン……」


アイアンヘイヴン。

帝国にもハン国にも従わない都市。

学者や逃亡者。

金や貴重なスキルを持つ者たちの避難所。


御者の声が断片的に聞こえてきた。

「――急げよ、じいさん!」

「アイアンヘイヴンまでまだ三日かかるぞ!」

「北西のあの雲、ろくなもんじゃねえ!」


アマンダの決断は一瞬で固まった。

希望じゃない。

冷徹な計算に基づいて。


食料もない。

金もない。

暖かい服もない。

自分がどこにいるかもわからない。


知らない土地をさまようのは、死ぬようなものだ。

この商隊が、唯一のチャンスだった。

あのフェニックスの紋章。

それが、彼女に賭ける価値があると確信させた。


大きく息を吸う。

汚れた袖で涙の残りをぬぐう。


アマンダは岩の陰から出た。

足がふらつくのを必死でこらえる。

できるだけ堂々と歩く。


「ねえ!」

彼女は叫んだ。

だが、声は思ったより弱々しかった。

「助けて……お願い!」


数組の目が彼女をじっと見つめた。

汚れ、びしょ濡れ、傷だらけの少女。

金色の髪。

奇妙な赤い瞳。


その瞳に宿っていた怒りの炎は消えていた。

代わりに、絶望的な決意の火が燃える。

この未知なる物語の旅路に、

「ブックマーク」という道標を頂けますと幸いです。


そして、もしその旅が少しでも貴方の心に響いたなら、

「5点評価」という最大の賛辞を賜りたく。


何卒、宜しくお願い申し上げます。

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