表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

10/19

10) 追撃と崖


耳をつんざく轟音が響いていた。

燃える家の絶え間ないパチパチ音。

狂ったような叫び声。

パニックに陥った馬の嘶き。


そして、アマンダの頭に焼き付いたただ一つの命令。

「逃げろ!」


アマンダは、どうやってカエランの古い栗毛の馬、ウィンドレスに乗ったのか覚えていなかった。

馬のたてがみにしがみついたこと。

エルデンハート村が、赤い炎の輝きに照らされ、後ろで燃える点に変わったこと。

何も覚えていない。


彼女の全ては、ただ一つの本能に凝縮されていた。

逃げる。

振り返らない。

ただ、ひたすら逃げる。


囁く幹の森が、緑の壁となって周囲を過ぎ去る。

枝が顔や腕を打ち、細い血の線を刻んだ。

頬にべっとりとこびりついたノイオンの血。

乾いて皮膚を引っ張る感触。

それは、彼女が自由を得た代償を思い出させた。


「カエラン…母さん…ボレン…」

アマンダの頭の中で、名前が灼熱の破片となって駆け巡る。

彼女は彼らを置いてきた。

あの地獄に。

彼女のせいで燃え上がった地獄。

彼女の瞳、彼女の「異質さ」のせいで。


「捕まえろ! 撃て!」

背後から、かすれた叫び声が響いた。

アマンダの耳に、血の鼓動を突き破るような声。


肩越しに振り返る。

二人の騎兵が本隊から離れ、追いかけてくる。

馬を激しく鞭打ち、猛烈な勢いで迫る。

一人が短く強力な弓を引き絞っていた。


アマンダの脳裏に、かつての警告がよみがえる。

隣の村に行ってはいけない。

「隣人…彼らは助けてくれない。」

「エルデンハート出身だと知れば、私があの『赤目の予言者』だと知れば…」

「ハンの戦士たちの怒りを私が呼び寄せたと知れば…」

「彼らは私を引き渡すか、自分たちで殺すだろう。」

災いを避けるために。

ここには連帯なんてない。

あるのは恐怖と、生き残るための法則だけ。


シュッ!

矢の鋭い音が耳元をかすめた。

松の幹に突き刺さる。


アマンダの心臓が狂ったように高鳴った。

彼女はウィンドレスの首にさらに低く身を伏せた。

強くしがみつく。

ただ、ひたすら逃げるために。


「急げ、子ちゃん、急げ。」

アマンダは囁いた。

馬に語りかけているのか。

自分自身に言い聞かせているのか。

彼女にもわからなかった。


アマンダは小道を外れた。

森の奥へと突っ込む。

追っ手から逃れる望みを懸けて。


だが、追ってくる馬たちは新鮮で、速かった。

距離が縮まる。

シュッ!

また一発の矢が空を切り裂いた。


突然、森が開けた。

目の前に崖が現れる。

高くはないが、切り立った崖だ。

その下では、春の雪解け水で灰色に濁った川。

猛烈な勢いで泡立ち、うねっていた。


右も左も、倒木の山で道が塞がれている。

袋の鼠。


一瞬、時間が止まった。

ウィンドレスの荒々しい息づかい。

背後から響く蹄の音。


そして、追っ手の戦士の一人が吠えた。

「こいつは俺たちのものだ!」


選択肢はなかった。

止まれば死。

あるいは、それ以上の惨めな運命。

戻るなんてありえない。


「ごめん、カエラン。」

アマンダの最後のまとまった考えだった。


彼女は叫び声を上げた。

かかとをウィンドレスの脇腹に叩きつける。

忠実な馬は一瞬の迷いもなく、崖の縁へ突進した。


一瞬、空中で時間が止まる。

アマンダは下を見た。

木の破片と泡を巻き上げる水の深淵。


ドン!

冷たい水面への衝突は耳を聾するほどだった。

彼女は鞍から弾き飛ばされた。

衝撃で肺が締め付けられる。

凍える水が服の下に侵入し、肌を焼くように刺した。


激流に翻弄される。

滑り気な岩に打ちつけられる。

ウィンドレスの頭が一瞬見えた。

馬は必死に蹄を動かし、泳ごうとしていた。

だが、流れはあまりにも強かった。


すべてが混ざり合った。

水。

空。

泡。

痛み。


アマンダは遠ざけられていった。

家から。

過去から。

この人生で知ったすべてから。


暗い水が頭上で閉じる直前。

彼女が考えたのは、救われることではなかった。


ボレンが朝に話していた「奇妙な流れ」。

この川。

知られざる先へと彼女を運ぶ川。

それこそが、まさにそれだった。


そして、闇が彼女を飲み込んだ。

この未知なる物語の旅路に、

「ブックマーク」という道標を頂けますと幸いです。


そして、もしその旅が少しでも貴方の心に響いたなら、

「5点評価」という最大の賛辞を賜りたく。


何卒、宜しくお願い申し上げます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ