<閑話>メイフィーのお人形
メイフィーには六歳頃までお気に入りのおもちゃがあった。ドールハウスだ。
母方の祖母が買い与えてくれたもので、メイフィーは毎日のように乳母のパティと一緒に遊んでいた。
その頃のメイフィーは、乳母の愛情があった為、普通に喜怒哀楽のある子供だった。
母親のシルフィーが殆どディアナにかかりきりになっていても、食事の時にはカイルや父親を交えて普通に会話が出来ているから気にした事がなかったのだ。
メイフィーの乳母であるパティは、元々公爵家でメイドをしていてフットマンと結婚した女性だ。
ディアナは彼女を昔から知っていて気にいっていたから専属にしたいと思っていた。
しかしメイフィーが生まれ、同時期に出産した事から彼女の乳母になった。それだけでも気に入らないのに、ドールハウスの人形の服まで作って与えている。
だから、ディアナはドールハウスのお姫様の人形をベランダから放り捨てたのだ。
「ないの。おひめさま、ないの」
メイフィーが涙ながらに言う。パティも一緒に探している。
「どうしたの?」
シルフィが来て聞く。こっそり見ていたディアナは内心ドキドキしていた。
「奥様、メイフィーお嬢様の人形が無くなってしまいまして」
「そう。同じものをまた買えばいいのよ。今日は嵐が来ると聞いているから、戸締りをして頂戴」
「かしこまりました」
パティが頭を下げると、シルフィはそう言うとその場を去って行こうとした。
「やぁなの。おひめさまのふく、パティがつくってくれたの」
メイフィーがシルフィに食い下がると、シルフィは不機嫌な表情になった。
「買ってあげると言っているでしょう?聞き分けがない子は、捨ててしまうわよ」
メイフィーがビクリとしてパティに縋りつき、パティも唖然としてシルフィを見ている。
「無いのだから、仕方ないでしょう!」
シルフィはそう吐き捨てるように言うと、気まずそうに去って行った。
ディアナは自分の悪事がばれなかったので、風雨が怖いとシルフィの寝室を訪ねて一晩眠った。メイフィーに向けた様な不機嫌な顔をされずに招き入れられて、満たされた。
翌日。
庭の排水溝で見つかったお姫様の人形は泥にまみれていた。小さな顔は雨に晒されて塗装がはげてしまい、木目が見えている。メイフィーはその人形を抱きかかえて泣いていて、パティがそれを慰めている。
ディアナは自分のせいでメイフィーが泣いているのに、パティに抱きしめて慰められているメイフィーに更に怒りを募らせていた。
「お母様が買ってあげると言っているのに、いつまでもめそめそするなんて」
ディアナはそうシルフィに言った。
「あなたの様にしっかりするには、時間がかかりそうね」
返事にディアナは満足した。ただ……シルフィは抱きしめてくれなかった。それが残念だった。
シルフィの部屋を出て廊下を歩いていると、幼いカイルがディアナを睨んでいた。
ディアナは幼い弟にこんな目を向けられている事が理解できずに立ち止まった。
まだ四歳の弟カイルは、神童と呼ばれる類の子供だ。既にディアナと同じ程度の算術をこなすし、歴代の王の名前をそらんじる事も出来る。
ディアナは、メイフィーには憎しみが湧くのにカイルにはそこまでの気持ちが湧かない。畏怖に近いものがあるからかも知れない。
「なぁに?カイル」
「あねうえのおにんぎょう、すてた」
カイルはディアナを指さして言うと、背を向けて走り去った。
ディアナはこれ以後、カイルとメイフィーの事を避けるようになった。カイルに暴かれた罪は恐ろしいもので、しばらくは体調を崩したり熱を出したりしていた。
その内本来の理由を忘れ、都合の良い理由を上書きして本当だと思い込んでいく事になった。
メイフィーは人形の一件以来、シルフィに逆らえば捨てられると思う様になり、あらゆる事に反論せず、大事なものをできるだけ持たない様になっていった。ドールハウスで遊ぶのも止めた。
カイルはこの時の事を父親に訴えたが、
「新しいものをもらえるのだから、姉様の為にも内緒にしてくれないか」
と応じた。
カイルは両親を信用しなくなりメイフィーに一人寄り添うようになっていく事になる。
カイルは自分の目撃証言をもみ消し、メイフィーを助けなかった父親への信頼を失っています。メイフィーを国外へ逃がした事で和解しますが、公爵は自分の行いを恥じている為、引退後、領地を出ませんでした。
これ以降の話は、毎日10時に一話更新になります。よろしくお願います。