6 誓い
お父様は、私の縁談はまとまらなかったお母様に話した。相手はクリス様の家の寄子の侯爵家。話を合わせてくれる事になっている。
お母様は、ほっとした様子でまだ早いとお父様に言った。お母様にとって意外だったのは、自分が探す筈だった縁談をお父様が持って来た事だろう。
私は調度品扱いだが、お気に入りの調度品なのだ。手放すつもりがないのだ。
国を出る準備が密に続く中、お姉様はクリス様との交流をしていた。そして、お姉様よりも多く私はクリス様と会っていた。
その時、私もクリス様もお姉様の話は殆どしなかった。私達は隣国の分化や貴族の習慣などについて話していた。私達はその国の民になるのだから真剣だったのだ。
頬を桃色に染め、宰相夫人になったらこんな事をしたいと毎晩食事中に話すお姉様。
お母様は笑顔で聞いている。私はいつも通りの空気だ。カイルはうんざりして、食堂で一緒に食事をとらなくなった。
嫡男が部屋で食事をすると言えば、それだけで済むのだ。羨ましい。
「早く嫁に行って欲しい」
学園に行くのに一緒の馬車に乗ると、カイルがぼやく。
「姉上、どうして姉様に縁談が無かったか知っているか?」
カイルは私を姉上、お姉様は姉様と呼んで区別している。……お母様が決めた事だ。
「いいえ」
「飛び降り夫人の娘」
先妻様の事だ。
「嫌な言い方だわ。そんなに有名だったのね」
「お腹の子を道連れにすると言う部分が問題過ぎるんだ」
「芝生がふかふかなのをご存知だったのではないかしら」
お姉様は無事に生まれているし。
「そんなのたまたまだよ!」
「お姉様はご存じなの?」
「知らないだろうね。茶会も夜会も母様と一緒だからな。学生時代も、図書館に行って福祉政策の勉強ばかりだから友達がいないし」
私も友達が居ない。何だか辛いので擁護しておく。
「ご立派じゃないの」
「あんなの穴だらけだ。反論したら怒るだろうから食事は一緒にしない。怒ったら姉上に当たるだろうし」
「あなたは本当に優秀ね。しかも優しい。自慢の弟だわ」
カイルは赤くなってそっぽを向いた。
こんな風にカイルと一緒に居られる時間はもう長くない。それを思うと少し切なかった。
「来週決行だ」
いつものカフェで、クリス様にそう言われて背筋が伸びた。
「やり残した事はない?」
カイルへの手紙はお父様に預けた。私の専属侍女は既にクリス様が雇用主になっていて、私と共に隣国に立つ準備をしている。
「無いと思います」
クリス様は少し迷った様子を見せてから言った。
「御母上に、言う事があるなら今の内だよ?」
「お姉様ではなくて、ですか?」
「君の無個性は、御母上が原因だ。君は……そうして御母上の箱庭を守った。とても悲しい選択だ」
私は首を左右に振る。
「私が嫌だった事を話せば、直すから許して欲しいと言うと思います。その上で、お母様は私が許すしかない方向に話を誘導するでしょう。私はそれに勝てません」
お母様と話したくない。
それを言えず、私は黙って俯いた。
クリス様が椅子から立って、私の所に回り込んでくると跪いて私の手を握った。
「ごめん。無神経な事を言ってしまったね」
クリス様の大きな手が、私の濡れた頬を撫でる。泣いていたらしい。
「君は優し過ぎるから、やり返せないのだね。……やはり、君が僕には必要だ」
「え?」
「人と化かしあいみたいな事をするのが政治だ。正しいと思う事を互いにぶつけあって苦しんで新しい道を開く。それが僕の生涯の仕事だ。……自分の為にやっていたら、いつか大勢を虐げてしまうかも知れない」
「クリス様に限って……」
「いいや……目の前に居なければ、僕はきっと政策で大勢の人を殺せてしまう。仕方ないと切り捨てられる。僕はそういう人間なんだ」
クリス様は切なそうな、苦しそうな表情で言った。
「軽蔑するかい?」
私が首を左右に振ると、クリス様は表情を和らげた。
「そんな僕が……大きく道を間違えない為に、僕の良心になって欲しいんだ」
交流で話された事から、クリス様が隣国でする仕事はとても大変な上に孤独で、決断を一人でしなくてはいけない時がある事は分かっている。
「私でお役に立てるなら」
「うん。待っていて、メイフィーの笑って暮らせる国にしてみせるよ」
「箱庭の物語」でカイルが食事を一緒に取らなくなったと言う理由は、ディアナの話を聞きたくないからでした。国外へ出てからは……ディアナの推測通りなのですが、この時点では違います。