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ずっと一緒に  作者: 川崎 春
出国編
3/22

3 願い

 私のデビュタントから二か月程経った頃、お姉様に婚約者が出来て挨拶に来た。宰相様のご子息だ。クリス様と言う。

 優しそうな人だった。挨拶だけしたらカイルと一緒に部屋から出されたので、それだけの印象だった。


「早くお嫁に行ってくれるといいですね」

 カイルがそう言う。

「そうかしら?」

 デビュタントの夜、お姉様を熱心に見つめていたレオニス殿下の事を思い出す。

「姉上?」

「何でもないわ」

 そう言うと、カイルは暫く黙ってから言った。


「僕の前で『何でもない』は言わないでって言ったでしょ?」


 カイルはとても賢くて、勉強だけでなく人と人の関係を理解するのが早い。この子が私の心に感情の小石を投げ入れるのは私を心配しての事だ。

 私の感情が、凍え切って戻らなくなるのを怖れているのだ。水面が凍り付き、小石ではさざ波は起こらない。それでもカイルは私を諦めない。


 カイルは、お母様の理想で歪められたこの家を忌々しく思っている。そしてお母様の歪みの原因が、お姉様を蔑ろにしないと言う善意だから、やるせなさやもどかしさを感じている。

 お父様が公爵だから出来る暮らし。だから従うしかない立場をカイルは嫌っている。過剰な衣食住の見返りに罰を受けている様だと言う。


 私もそれはたまに思う。


 お母様は優秀だけれど、信頼していい程の人格者ではないと私達は思っている。

 お母様は人に良く見られる事をとても重要視している。たまに……病的だと思う事があるが、お父様は忙し過ぎてそれに気づいていない。そんな人達が私の両親なのだ。


 お母様は王妃になれなかった人だ。約束された椅子は一つなのに、二人の候補が居た。お母様はその椅子に座れなかったのだ。周囲はお母様に王妃になって欲しかったと今も言う。……御世辞なのに。お母様が妃候補を外れてから二十年が経っている。いつまでそれに縋るのだろう。


 デビュタントを終えて気付いたが、それを見抜かれて持ち上げてくる夫人や令嬢達が居る。お母様はその人達の願いにできるだけ応えようとする。……私の願いなど一度も聞いてくれた事がないのに。

 お姉様は、お母様を本気で尊敬していて、いつもべったりだ。

 私はただそれを眺める。茶会も夜会もそれの繰り返し。


 ちゃんと話が出来るのは、弟のカイルだけ。

 疲れているのか本音を言ってしまった。


「あなたがいるから、何でもないって言えるのよ」

 カイルは一瞬唖然とした後、うるうると目を潤ませ、あっと言うまに涙を流した。

「本当よ?あなたが、私の心を気遣ってくれる。それがとても嬉しいの」

 私は慌ててハンカチを出すとカイルの目元を拭った。

「姉上に……願いはないの?」

「あるわよ」

 カイルは私を見る。

「でも内緒」

 何処か遠くに行きたいなんて。……きっと旅行だと思われて、それだけで終わってしまうわ。

 もう満足したでしょう?ってまた元の暮らしに戻されるのだ。


 私の本当の願いは、叶わない。


 お母様の箱庭には元々お姉様が居た。そこに私が生まれてしまった。お母様にとっては初めての子で、箱庭から外す事はあり得ない。

 お姉様にとってはお母様の愛情を無条件に受けられる実の娘で、脅威であり異物でしかなかったのだ。

 二人はそれでもお互いを必要だと硬く信じていて、私の扱いに困った。


 お互いの手を離さずにいる方法を優先した結果、私を調度品にした。人として扱い、意志を確認してしまったら、家族が壊れてしまう。そう思い込んでいるのだ。

 お気に入りの調度品は磨いて置いておくだけ。私はそういうものなのだ。


 こんな事に気付いてしまったら、お母様もお姉様もやり過ごす事が出来なくなってしまう。

 お父様も、抱きしめたりしないで欲しかった。

 私はこれからも、ただの調度品としてお母様とお姉様の側に居なくてはならない。お嫁に行っても、お母様は遠慮なく私を呼ぶし、自分も訪問してくるだろう。その時にはお姉様も一緒かも知れないのだ。


 そんな未来しか私にはない。


 いつか、カイルが当主になったら、私を自由にしてくれるかも知れない。その時には、言ってみよう。

 すごく遠い場所に家を買って、そこで一人で暮らしたいって。


 その前にお嫁に行っているだろうから、そんな日は来ないだろうけれど。

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