最終話「決まりだな」
秋の終わりが近づき、エルザート家の領地に冷たい風が吹き始めていた。「菓子工房リリー」の裏庭では、リリアナが木のテーブルに座り、夕陽を見つめていた。
王都からの使者が去り、店が再び賑わいを取り戻す中、彼女の心は新たな夢で満たされていた。
スイーツで人を幸せにするという願いが、領地を超え、王都や帝国にまで広がろうとしている。でも、その一歩を踏み出すには、大きな決断が必要だった。
そこへ、ルカスが裏庭に現れた。旅装のマントを脱ぎ、軽いシャツ姿で近づいてくる。彼はリリアナの隣に腰を下ろし、
「王都からの話、どうするつもりだ? 宮廷菓子師なんて、すごいチャンスだぞ」
と気さくに尋ねた。リリアナは少し照れながら、「うん、考えてるよ。でも、帝国に行くなんて、私にできるかなって……」と答える。
ルカスは夕陽を見ながら、静かに口を開いた。
「俺、帝国に帰るつもりなんだ。王子としての仕事もあるしな。でもさ、帝国で君のスイーツを毎日食べたいって思ってる。癒しのタルトも、勇気のケーキも、希望のムースも……どれも忘れられない味だよ」
彼はリリアナをまっすぐ見て、言葉を続けた。
「それに、君自身もそばにいてほしい。リリアナ、俺と一緒に来てくれないか?」
リリアナの心がドキッと跳ねた。「え……私を?」彼女は目を丸くし、頬が熱くなるのを感じた。ルカスの真剣な瞳に、冗談ではないことが伝わってくる。
「でも、私でいいの? ルカスさんは王子で、すごい人なのに……私なんか、ただの田舎の令嬢で」
「君しかいないよ」
ルカスは優しく笑い、リリアナの手をそっと握った。
「君のスイーツに惚れたのは確かだ。でも、それ以上に、君が諦めずに立ち上がる姿に惹かれた。カルディスに負けなかった君の強さ、領民を笑顔にする君の優しさ……俺にはそんな人は他にいないんだ」
彼の声は穏やかで、温かさに満ちていた。
リリアナは涙が滲みそうになり、握られた手に力を込める。
「ルカスさん……ありがとう。私、婚約破棄されて、自分には価値がないって思ってた。でも、あなたがずっとそばにいてくれて、スイーツを褒めてくれて……私、変われたよ」
彼女は照れ笑いを浮かべ、「私も、ルカスさんと一緒にいたい。帝国で、スイーツで世界を幸せにしたい」と答えた。
ルカスが「決まりだな」と笑うと、二人は夕陽を見ながらしばらく黙っていた。
裏庭に秋の風が吹き抜け、木の葉が軽く揺れる。その静かな時間が、二人の絆を深めていた。
数日後、リリアナは帝国への旅立ちを決めた。領民に見送られ、店を一時ソフィアに任せる準備を整えた。店先には「リリー様、行ってらっしゃい!」と書かれた垂れ幕が掲げられ、トムや子供たちが手を振っている。
ソフィアが涙を拭きながら、
「リリアナ様、帝国でも頑張ってくださいね。でも、たまには戻ってきてくださいよ!」
と抱きついてきた。リリアナは「うん、約束するよ。ソフィア、店をよろしくね」と笑って返す。
ルカスの馬車が領地の入り口に停まり、リリアナが荷物を手に乗ると、領民が歓声を上げた。
馬車が動き出すと、彼女は窓から手を振り返し、遠ざかる「菓子工房リリー」を見つめた。
新しい一歩へのワクワクと、少しの寂しさが胸に混ざり合う。
馬車の中で、リリアナは小さなオーブンを使い、「幸せのマカロン」を焼き始めた。アーモンドの香ばしい香りが広がり、色とりどりのマカロンが完成すると、彼女は一つをルカスに渡した。
「旅のお供にね。私の幸せを込めたよ」
「うまい……これなら帝国でも毎日幸せだな」
ルカスが一口食べ笑うと、リリアナも笑った。
「ねえ、ルカスさん。婚約破棄されてよかったよ。こんな未来が待ってたなんて、思わなかった」
リリアナはマカロンを頬張りながら呟いた。ルカスが「俺もだよ。君と出会えて、スイーツ以上の宝物を見つけた」と返すと、二人は顔を見合わせて笑った。
馬車が揺れながら森を抜け、帝国への道を進む。窓の外に夕陽が沈み、空が茜色に染まる。
「これからが本当の革命だね」
ルカスが言うと、リリアナが「うん、一緒にね」と頷いた。馬車は遠くへ進み、遠くから領民の笑い声が風に運ばれてきた。リリアナのスイーツが新たな未来を切り開き、二人の物語が始まろうとしていた。
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