記憶9:紫と魔獣
魔獣とは簡単に行ってしまえば魔法を使う動物だ。
魔獣が使う魔法は人間の使う魔法とは少し異なる。
動物と人間では精神構造が違うため間力の変質の仕方も異なるのだ。
明来の魔法の原点である濁流に飲み込まれた状況で、明来の祖先は周りにある濁流を操ることで命を助けようとした。
高い所から落ちているならば、空を飛んだり落下速度を遅くしたりする魔法が発動出来るようになるだろう。
だけど動物は、濁流に飲み込まれた状況で自分の足の動きを早くさせて陸に上がろうとしたり、水に潜って川底を歩いたり、呼吸が長く続くようになったりなどだ。高い所から落ちる状況でも、身体を固くしたり、逆に柔らかくしたり、自分の再生能力を上げたりなどの魔法へと変質する。
つまり動物は、自分自身の肉体を強化する魔力の性質を持つのだ。
人間は知恵を持ち知識があるから周囲の物質を操ることで危機的な状況から逃れる。あるいは人間の身体自体が動物と比べて貧弱だと分かっているために、危険がその身に降り掛かった時に危険そのものを遠ざける方が生き残りやすいと分かっているのかもしれない。
狼と人間では筋力は人間のほうが優れている。狼にベンチプレスをやらしても持ち上げることさえ出来ないし、ジムの器具を狼が使えるように改造して同じ負荷を掛けても出来ない。
だが狼は人間以上の体力があって、短距離も長距離も長く速く走れる。体の構造や筋肉のついている位置によるものだが、それにしたって狼のほうが身体能力の平均値が高い。
溺れた時も狼なら魔法の身体強化で生き残れるが、人間が同じだけの振れ幅で身体能力が上昇してもそのまま飲み込まれて死んでしまうかもしれない。
狼にも人間にも個体差があってその時の状況にもよるから一概に肯定はできないが、骨格の違いや筋肉のつき方でアドバンテージがあるのは狼だ。
高所から落下する時、猫は体を捻って衝撃を吸収して着地する。人間にそんな真似は到底無理だし、魔法の才能があったとしても空を飛ぶほうが楽に感じる。
人間は身体能力で危険を回避するのではなく、積み重ねた知識で生き残る道を探す。
人間だけが持つ方法で、動物とは一線を引く性質だ。
「魔獣は映像でしか見たことないですね」
「まぁ、それが普通じゃない?魔獣が出たら軍隊が出動して討伐しちゃうし、博物館で死骸を見ても同じ種類の動物と何も変わらないから比較でしか置かれないしね」
「魔獣って言っても身体能力が高い野生動物でしょ。炎とか使ってきたらビックリするけど、魔法と魔術があれば楽勝だよ〜」
「「・・・・・・」」
一番初めに魔獣と戦うのは私たち魔法科だ。魔術科は朝礼が終わったら担当の教官と副教官に連れられて観客席に移動した。私たちは園原教官の指示のもと列を中央に寄せて待機している。
魔獣の様子とステージに問題がないと判断したら、園原教官に合図が来て一組ずつステージに登るらしい。
日々の訓練が優秀な順に戦うから、私たちの組が一番最初でそれを聞いた槙はマジかと驚いていたけど理由を聞いたら納得してくれた。
明来は魔法の成績がトップで運動もそれなりに出来るから、魔法科のみんなから羨ましがられている。
私は運動の成績がトップで二番目とは大きく差をつけている。それでも魔法科は運動能力があまり求められないから総合評価としては下の方だ。
槙の成績は知らないが私たちトップの組に入っている時点でそんなことは関係なくトップになる。
トップでいられるのは大抵の人間にとって嬉しいことだから私も嬉しい。
「準備が出来たそうだ。明来桃、水瀬紫、槙梓の組はステージに上がれ。残りは前の組が終わり次第ステージに上ってもらう。観戦はできないが公平にするためだ、音だけで我慢してくれ」
園原教官がインカムに手を当てると魔獣の管理者から連絡が入り問題なく行えるそうだ。
「それじゃあ行きますか」
「作戦は都度変えてきましょう」
「痛いのやだな〜」
三者三様の心持ちで観客席の下にある門をくぐりステージに上る。
眼の前には三匹の狼がいてこちらを睨みつけている。
久々にゾクゾクする感覚を覚えながら明来と立てた作戦を復唱する。
「まずは明来の濁流の魔法で様子見。隙が出来たらそこに私が攻撃の流れね」
「魔法を使っている間は動けませんから、護衛にとして側に槙さんを置いておきます」
「二人でも十分成り立つ作戦の補強だけど頑張りますね〜」
自虐的だがその通りなので何も言わない。
私と明来が組むのは確約しているようなものだから最低限護衛が成り立つ人と組めればそれで良かった。護衛する点で言えば槙は優秀で彼女の魔法は障壁を張る魔法だ。
「魔法科の訓練生の準備が整ったので開始する」
審判役の教官が声を上げると身動きこそしていたものの、それ以上の事はして来なかったなかった魔獣たちが一斉に動き出し私たち目掛けて襲いかかってくる。
「作戦通りにっ」