記憶6:明来とお茶
明来がお茶しようと言ってきた。
「予定も特にないから構わないけど、どこにするの?」
「娯楽施設が固まってある場所のカフェに行きましょう。前に見つけた時はゆっくりお茶できる時間がなかったので、この機会に行ってみようと思いました」
御空学園の周辺地域にあるショッピングモールや娯楽施設は、講義や訓練がない日じゃないと外出許可が降りないため、こういった訓練が終わってどこかお茶しないみたいな流れで外出することは出来ないのだ。
講義や訓練がない日となると週に二回しか無く、不満が溜まって訓練生の本分に支障が出るからと建てられた。
御空学園に入学すると全ての訓練生は寮生活で、二日間の休日以外は敷地内で過ごすことになる。
不満を溜めない工夫はあったみたいだが平和な世の中で生活水準が上がった人にとってお菓子の一つも買えない生活は我慢出来ないことだった。
それにこの学園は魔法科があるため余計に訓練生のストレスには気を使わなければならず、今から数代前の学園長が老朽化して取り壊される予定だった木造建築の寮を改築し、小さいショッピングモール的なものを作った。
これが完成した時の世間一般の学園のイメージは、木々と調和した昔ながらの魔法魔術訓練を学べる学校となっていたらしい。
もともと森だった土地を軍事学園を建てるために開拓する際に、自然を大切にしてないと世間から批判されると考えた担当者が樹木の全てを切り倒すのは駄目だと言ったため、適度に間伐が行われて散歩道のある林が出来上がった。
何だそれと思ったがそうなったのだ。
まあ学園が建設された当初から管理された林を作り建物も木造建築となればそういうイメージになっても仕方がない。
建物に関しては木造ではないほうが多いのだが、そのショッピングモール以外にも木造建築はあるので否定するにもしきれないし、否定する必要もない現状で落ち着いている。
「喫茶飴、あそこですね」
「ショッピングモールって入学する前も母に連れられて行ったことしか無いから、楽しみ方とか知らないんだよね」
「なら明日か明後日にでもまた来てみましょうよ。それか休日になるまで待って、街にある大きなショッピングモールで買い物するのも良さそうですね」
「う〜ん、、、休日まで待って買い物するほうが楽しそうだね」
「約束ですよ」
「分かったよ」
友達と気軽に話して今後の予定も簡単に決めてしまえる関係、新鮮だ。
外に出てきて直ぐはここでの健康診断で、母やおっさんや横瀬さんとかの親切な人か一般常識を教えてくれる人としか仲良く出来なかったし、学校に通っても浮いてしまい仲良くしてくれる人はいなかった。
「紫はなに頼むんですか。ああ、わたしはアイスコーヒーとチョコケーキを頼んでみようと思います」
「私は取り敢えず紅茶だけ。物足りなく感じたらその時に注文するよ。それとアイスコーヒーとチョコケーキを掛けてた、その心は?」
「えっ、、、、、、どちらも黒いでしょう」
「面白くないね。四点」
「紫がいきなり返してきたから頑張って考えたのにヒドイですよ。仕返しとして紫にも考えてもらいます」
「仕方ないな〜、、、、、、、、、整いました。アイスコーヒーと掛けましてチョコケーキと解く」
「その心は」
「どちらも種が使わわれています」
間が空いた割には微妙だなと自分で自分のボケにダメ出しをする。明来も面白くなかったから困り顔を浮かべている。その中に同情の眼差しもあって、私たちに謎掛けは向いていないと納得した。
本来こういうのはアイスコーヒーかチョコケーキのどちらかをお題に出して解いてもらうのが普通だから微妙な解答になっても仕方がないのだ。
私の頼んだ紅茶だったら難しいけど掛けられる言葉を見つけて解答できるかもしれない。
紅茶。 温かい、茶葉、カフェで飲む、ミルクを入れるかも・・・・
思いつかないな〜。どんなものを食べてたら知らないものでもすぐにお題と掛けられるのか不思議でならない。やっぱり才能がないとパッとヒラメクのは難しいのかもしれない。
「紫、見てください。なぞかけAIというものがあるみたいですよ。これを使えば私たちの下手な解答よりも遥かに良い解答をしてくれるに違いありません」
「使うのは構わないけど自分で自分を貶して悲しくならない?少なくとも私はなる」
「たしかにそうですけど、紫だって下手だなって顔をしてたじゃないですか!」
「それとこれとは話が違うんだよ〜」
私は手と足をバタつかせながら机に突っ伏す。ここに注文した紅茶やコーヒーがあったら真っ先に溢れていたけど、まだ運ばれてきてないしテーブルの上にはメニュー表と砂糖と固定された注文ボタンしかないから心配はいらない。
だけど明来からは本気かこいつみたいな目で見られているし、他の客もなんだなんだとこっちを見ている。
カフェで暴れたら大きな物音が立つのは当たり前で、音がしたらそっちの方を見るのも当たり前だ。
目の前で突然暴れ出した人を見て驚愕するのも当然だろう。
「はぁ~。それで今日はなんでカフェに呼んだの」
「紫の変わり身の早さには驚かされますね。それになんでと言わなくても検討は付いているでしょうに」
「うん、私を労ってくれてありがとうね明来」
「本当に大丈夫なんですか?私には魔法を使ったときの負担や苦しみは分からないですけど、辛いということは知っていますからしっかり聞いてみたかったんです」
「・・・・そっか。 うん、ありがとうね。 魔法を発動したときの魔力に感化される感触は慣れないけど、魔法を使った後のこの虚しさなら慣れているから平気だよ」
「私に手伝えることがあったらいつでも相談してくださいね」
「分かった」
明来はやっぱり優しくて私を心配してくれた。仲良くすることは私にとって避けるべきことのように思ってしまうから、明来のように私にだけ見せてくれる優しさを知ると胸がズキズキと痛む。
胸が痛むたびにまだ過去に縛られたままなんだと理解してしまう。
忌々しいあの場所から脱出して数年の月日が経っているというのに、私の心と体は呪いのように縛り付けられている。
一度変質した魔力は二度と元には戻らない。
魔法に変質するには才能と強い想いが必要だ。才能を持つものを羨むものは多くいるが、魔法に至る才能を持つことは望まれないだろう。
酷いトラウマを背負っても、出来事を過去にするだけの月日と努力があれば人と変わらない生活を送る夢も叶う。もちろん多くの月日と努力があっても、トラウマを過去にするのが難しく抜け出せない人もいる。
でも症状を軽くしたり発症回数を減らしたりすることは出来るし、それだけでその人の負担は少なくなるし、トラウマの記憶も思い出せなくなってくる。
基準は人それぞれだから一概にこうと決めつけることは出来ないし、やってはいけない。
魔力の変質は原因のトラウマを精確に記憶するから薄れるという事がない。つまりは生きている限りずっと過去と向き合い続けなければならない。
猛烈に喉が渇いたという強い想いで、飲み水を出せる魔法を発動できるようになった人がいるとする。
その人が魔法が発動するんじゃなくて、たまたま通りかかった人が水を飲ませてくれて命が助かったという記憶なら、あの時は死にそうだったけど生きててよかったで済む。
喉の渇きに恐怖を覚えたり、教訓として心に誓ったり、同じ過ちを繰り返したりするかもしれないが、 その時の猛烈な喉の渇きで感じた死の恐怖、水を求める飢餓感、アテのない希望、幻覚で見えた期待、絶望 自責の念、復讐心、脱力感、怒り悲しみ憎しみ悔しさ様々な感情が入り混じりった精神状態、 それが精確に記憶される魔力と比べれば劣ってしまう。
魔法は過去を忘れることを許さず、永久に苦痛を与え続ける。
日々の生活が厳しく一日命を繋ぐだけでも難しい時代なら、人の命が軽く大勢のために一人が死ぬべき価値観の時代なら、魔法は素晴らしく有用で人間を幸せにしてくれるものだった。
そんな時代は魔道具の普及と科学技術の発展により終わりを迎え、人々の生活は豊かになり他人の不幸で生き延びる必要もなくなった。キレイな水が手に入り、作物の収穫量は増え、夜には明かりが灯り、冬の寒さに怯える心配がなく、物の値段は安く大量に生産できる。
不完全な部分も現代から見れば多かったが、豊かさを享受する人たちにとってこれが幸せの絶頂でまだまだ発展していくものと感じていたと思う。影では貧しいままだったり新たに生まれた不幸で身を焦がす人もいたが、目に見えて不幸な人は少なくなったしジブンの苦痛が減れば人間それで幸せと感じるのだ。
とにかく人は幸せになり、魔法は衰退していった。
精神病は理解