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オルカトゥルカ  作者: lien-sh
二学期
56/56

記憶55:紫色のはぐれ星

 カーテンの隙間から薄ぼんやりとした光が溢れ出す。窓の下に備え付けられたベッドに溢れた光が差し込み、そこに寝転がった人の髪を黒く凛と照らす。滑らかな黒髪は光によって鮮明に映し出され、白く透き通る肌は陽光に重なり温かな光で包みこまれる。


 時計の針が起床時間となり頭についたベルを鳴らして持ち主を目覚めさせる。カンカンと鳴る音に反応して黒髪と白い肌の人はモゴモゴと身体を揺らす。布団に入れた手を枕元へと伸ばしてベルを止めると掛け布団を身体から剥がして身体を起こす。


 よく寝たと思いながら低血圧の身体で無理をしない程度の軽いストレッチを行う。寝相が良い(たち)なのは朝起きた時に温かい布団に包まっていられるが、全く動かないのは身体が凝り固まってしまうから些か辛い。関節や筋肉がポキポキと音を鳴らし、そのたびに眠気眼が開いていく。


「おはよう」


 階下に降りて朝ごはんの支度をしている父親に挨拶をする。父親の寝起きが早いのはいつものことだが、今日は(さい)が降りてくる前に起きれたみたいだ。寝起きの余韻で足元がふらつき、飛び上がった横髪が口元に入ってくる。


「おはよう。今日は早いな」

「まぁ、代表挨拶があるからね」


 私は住んでいる御空市の軍事学園(けん)防衛基地の御空学園という所に去年の春から通っている。軍事学園の中でもトップクラスの学園だから設備も充実していて他の軍事学園よりも将来は軍人になる人が殆だ。学園はエスカレータ式に職業が決まるけど、中には望まれた職業とは別の職業を選ぶ人もいる。人間の人生は長くてたった一つの職業を続けるわけでもないから、強制はしてこないしすることは出来ない。

 軍事学園でトップの御空学園を卒業したから軍の中でもエリートでいられるとか、そんな優遇制度はないけど経歴を見せれば軍で一目置かれるのは間違いないし、訓練や学習内容も豊富な資金を用いて行っているから活躍しやすいのは確かだ。


「完熟の塩ね」

「たまには醤油も良いぞ」

「液体が垂れるのと、黄身に味がつくは好きじゃないの」

「他はキュルとコンだぞ」

「フィジンは?」

「買い忘れた」


 まあそれは魔術科の話で、御空学園にはこの国で三校しかない魔法科が存在している。魔法を使える人は少なくて、億人規模のこの国でも年に三桁しか魔法使用者は発見されない。そのうえ殆どがトラウマ型の魔法なため魔法科に入学する人数は年に三十人ほどだ。

 そんな少ない魔法科に通っているのが私こと水瀬紫(みなせゆかり)だ。自分で言うのも何だが学園一の魔法兵と呼ばれるくらいには強くて勉強の方も上位に食い込める賢さがある。事情もあって対外的に目立つことは少なかったが、見る人が見れば私の強さは分かるらしい。

 普段の成績は良くても輪永大会のときには欠席扱いになってしまったし、魔法も使えなかったから魔法科としては特異な扱いになってしまった。兄弟姉妹と夢の人に出会って魔法が再び使えるようになったけど、訓練では発動することはなかった。

 訓練の目的が魔法の制御と細かな性質の確認、悪いことに使わないようにする教育を兼ねてだ。だから制御が出来て性質も把握していて信用のある私には必要のないものだった。そもそも発動したところで特定の条件下でしか効果を発揮しないというのもあるが。


「待ってる間に二人を起こしてきてくれるか?」

「分かった」


 再び階上に戻って先程私が出た扉とは別の、すぐ隣にある扉の取っ手に手を掛ける。だけど鍵が閉まっていて、引いても開く気配がない。

 思い出したが年頃の紫は部屋の扉に鍵をして中に入れないようにしている。普段だったら紫のほうが早く起きるし、私が紫の部屋に入る用事もないから鍵の存在をきっかり忘れてた。

 鍵穴を覗くと簡単な手回し式の鍵だったので、魔道具を発動して鍵の固定部分を動かして解錠する。ガチャッっと音が鳴って、再び取っ手に手を掛けると今度は止められることなく扉が開いた。


「おはよう(さい)くん」


 部屋の中は小綺麗に整っていて、勉強道具やゲーム機などをラベルの貼られた場所に仕舞っている。全体的に青で統一されているため涼しさを感じ、推しだったかアニメのキャラクターのスタンドが棚の上に並んでいる。

 部屋の一番奥の、私の部屋のベッドと同じ位置に紫のベッドも置かれていて、薄い水色のカーテンから差し込む光が、枕に顔を埋めた紫の身体に当たっている。掛け布団は暑さで退かしたのか、青と白の水玉模様の寝間着姿が少し青色に染められた光で重ねられている。

 ベッドに近づき方を軽く揺らすと、とろんとしたまぶたが徐々に開かれてきた。ついでにほっぺも突付いてみると意識もはっきりとしだした。


「あれ、姉ちゃん?」

「そうだよ」

「…姉ちゃん!?」

「だからそうだよ」


 寝ぼけていた顔は一気に覚めて一目で分かるくらいに余裕がなくなっている。冷静でいようとしている紫にしては珍しく慌てた顔を見れたから満足だ。紫は父方の祖父の後を継いで商売人になりたいみたいで、普段から落ちつた言動をしていてつまらない。だけどこうして驚かしてやると年相応に慌てた姿が見れる。

 私だったら扉の鍵を開けられた時点で気付けるし触られたら反撃して返り討ちにする自信もある。戦いが苦手な紫に戦うことの良さは分からないだろうが、せめて護身術くらいは覚えてほしいところだ。

 攻撃せずとも防御に徹することで本職の人が守れる時間を稼ぐことができ、日頃から運動をしていることで不慮の事故や病気になりにくい。それに魔力探知の技術も覚えてほしい。魔力は人の感情が出ることがあるから取引の読み合いとかが有利になると思うし、危険な魔道具や隠れた人も把握できるだろう。

 後半は私の得意分野だけど前半は苦手だけど、紫なら前半のほうが得意になれると思う。共鳴の魔法を発動すれば兄弟姉妹限定だけど全ての思考を読めるんだけどな。


「姉さん、前から僕の部屋には入ってくるなって言ってましたよね」

「今更取り繕っても意味ないよ」

「困惑した姿を継続するよりかはマシです」

「そっか。朝ごはんが出来るから下に降りててね」

「分かりました。けど早く僕の部屋から出て行ってください。それと許可なしに僕の部屋に入らないでください」

「善処はするよ」

「約束してください」

「母を起こすって約束をしているからまた今度ね」


 乱れたパジャマを直す紫を横目に手を振りながら部屋を出る。私にあしらわれたことが不満なのかその感情をそのまま顔に出している。そんな姿は目指している商売人には程遠いぞと思いながらも、私の義弟(おとうと)の可愛い姿を見れたことで何度も嬉しくなる。


 実の兄弟姉妹とは別の感情を向けていることに気付いているが、これをどんな名前で呼べばよいのかは分からない。母や父親にだってそうで、実の母と父では絶対に向けない感情を抱いている。世の中の親子の関係としては、養父養母との接し方のほうが家族としては正しい。

 それでも私にとっての母は、研究所に囚われて初期試料として使われた人間であり、私と遺伝子上は同一だが異なる腹から生まれた存在なのだ。感情というのはままならないものだと身にしみて痛感している。


「ノックノック。起きてますか?」


 母の部屋は階下にあって、私と紫の隣の部屋はいくつも分類された物置になっている。両親の仕事部屋もあるし、仕事に使う資料を置く部屋と私達が読む小説やその他の紙媒体のものを置く部屋を分離できるくらいには部屋数が多い。

 私の部屋も元々は扇風機や湯たんぽとかの、季節ごとに出し入れするものを仕舞っておく部屋だった。今ではすっかり自分好みのオレンジ色に染まっている。オレンジ色は暖かみがあって複雑に散らかった思考も部屋でゆっくりしていれば解けて一つになっていく。


「まだ寝ているわ」

「寝ている人は声を出さないよ」

「講義に使う資料と研究論文をまとめたら行くわ」

「初めっからそう言いなよ」

「戯れだ」

「そう」


 耳を澄ませばカタカタとパソコンを打つ音が聞こえてくる。家の広さに比べて母の部屋の大きさは階上の物置よりも小さい。階下の狭い部屋を物置にして階上の広い部屋を寝室と個室にする予定で家を建てたらしいが、母が狭い所好きなのと家に置きたいものが多すぎて一階の部屋では収まりきらなかったそうだ。母と同じ階層で寝たい父親も予定していた部屋から、風呂場に近い隣接した部屋へと個室を移した。

 全く仲が良いことだと思いながらも、母の仕事は早々に片付くものではないから無理やり引きずり出す。ここで出さなかったら次はお玉を持った父親が母を迎えに行って引き摺り出してくる。どっちにしろ出すのが同じなら、早いほうが父親の面倒を少なく出来てお小遣いもねだりやすくなる。


「私は少し待ってあげたでしょう。紫の方から呼びに行ったし朝ごはんが出来る声も聞こえてただろうから区切りの良い所で中断しなかった母が悪いんだよ」

「ふ〜む、分かった。だが一分だけ待ってほしい。これで一区切りつくんだ」

「それまで顔を洗ってるから、終わっても出て来ないようだったら引きずり出すからね」

「あぁ、その条件で契約を飲もうじゃないか」

「そもそも起きたのなら仕事せずにリビングに向かいなよ」

「徹夜だ」

「そう...」


 御空学園の入学式の日にこの人は何をやっているのだろう。休日が明ける夜に徹夜をするなと言いたいが、こんな事例は初めてではないし徹夜したから寝ていろとも言えない。

 母は慶雲学園の教授だが姉妹校である御空学園の魔素学の講師が退職したことで代わりに入っている。そのため慶雲学園の入学式は既に終わっていても、御空学園の入学式に出なければならない。借りているだけならまだしも二校を掛け持ちしている状態なので出席は絶対だ。

 今朝も母の車で御空学園まで行くつもりだったから徹夜で沈没してもらっては困るのだ。たとえ歩いて行って帰れる距離だとしても、それなりに時間の掛かることはしたくないし、体力を消耗したくない。


「仕事終わったら出てくるってさ」

「分かった。一足先に朝ごはんを食べていようか」

「確実に遅れるからね」


 今のように朝に仕事をしていて朝食までに出てきたことは一度だってない。私がこの家で暮らして三年間ほどでも母を信じられなくなっているのだ、十年二十年と一緒に暮らしている父親や紫はもっとだろう。


「おはよう父さん」

「おはよう紫。卵焼きはどうする?」

「僕は半熟のソースでお願いします」

「冷蔵庫に入ってるから取っておきなさい」

「母は仕事だよ」

「でしょうね」


 洗面台で顔を洗い金色の髪の毛の先端が少し濡れているままリビングに入ってきた。冷たい水で顔を洗ったから目はぱっちり開いていて、部屋ではまぶたが落ちて見えなかった目の碧もはっきりと見える。父親も同じ金髪碧眼だが、顔立ちは両親にあまり似ずに父方の祖父に似ている。


「肉はスコラだが良いか?トンリルなら今からでも焼けるが」

「私はどっちも食べられる」

「僕もスコラで良いよ」


 お皿に盛った朝食がテーブルに乗せられて私たちも席につく。青菜とスコラと卵焼きがあるのにフィジンがないのは残念だけど、代わりに卵を二つ使った卵焼きにしてくれたから良しとする。スコラの量も普段より多めだ。


「新入生への挨拶はどんなことを言うんだ?」

「姉さんしっかりと言えますか?代表挨拶なんですから新入生に見本となる挨拶にしてくださいね」

「問題ないよ。入学式の挨拶なら去年も新入生代表挨拶をしたもの。その後にある在学生代表挨拶をするだけだからすぐに終わる」

「去年は遅刻して転移の魔道具まで使って母さんに叱られましたよね」

「あれからこっそり仕掛けた転移場所を全部撤去されたんだよ」

「エルメトリ鋼は高いですからね」

「増殖も簡単じゃないんだよ」

「その話じゃないです」

「話してばかりいないで食事をしなさい」

「はい」

「はーい」


 朝食は食べ終わった人からシンクに置いて、後で父親が洗ってくれる。母が家事をすることは殆どなくて、掃除をたまに手伝うくらいだ。私も言われないと手伝わないけど、紫は積極的に家事を手伝っている。同じ色の人たちは家庭的だなーと思いながら、茶髪と黒髪の人たちはソファーで眺めて叱られる。


「予定の時間はもうすぐなんだけど...」

「来ないですね」

「俺が起こしに行ってあげるよ」


 父親が母を起こしている間に荷物と制服の確認をする。準備は昨日の内に済ませておいて、朝食を食べ終わってすぐに確認をしたから、今しているのは準備という名の暇潰しだ。余裕を持った時間設定にしているから母が仕事を区切らなくてもバスで行けば間に合う。

 去年は両親とも仕事でいなかったとはいえ遅刻寸前まで眠っていたから成長したと感じる。だけど明来(あくる)と出会ったのは遅刻したおかげだから、あながち悪かったと言い切れない。良し悪しだ。


「遅れるそうだよ」

「じゃあ転移して良いか聞いて」

「全部撤去したんじゃ。あぁこっそり仕掛けたものだけでしたか」

「学園とかは母も転移で行くときがあるからね」


 御空学園の重要箇所とこの自宅の地下室、慶雲学園の研究資料室とか頻繁に移動する場所には転移のマーキングポイントを設置したままだ。母だけじゃなく父親も仕事で忙しいときは移動を楽にするために使っている。

 私の魔道具で発動しているから私がいないと発動できないけど、連絡ならネットで出来るから時々呼び出される。私の転移は消耗が大きいし他に安定して使える人がいないからあまり広まっていない。設置型の転移装置なら政府の建築物や富豪の家にもあるが、個人で転移を発動できるのは私だけだ。

 便利なので隠しているが全力で秘匿しようとはしていない。明来相手に軽く使えるくらいには緩くて大々的に宣伝しないだけだ。


「なら一緒に送ってくれだってさ」

「私が送られるはずだったんだけど」

「出来る人がする。大事なことだよ」


 転移をすると魔力の消費以外にも、精神的な疲れが出たり一時的に回復速度が下がったりと後遺症がある。園原教官や東雲教官と戦うのでなければ、この程度の影響は問題にならない。明日の始業式に備えて疲れることをしたくなかったけど、母から頼まれてしまったからには仕方が無い。


「私の部屋に来てって伝えといて」

「了解」


 母が来たのはそれから十数分後で、ドンッドンッと階段を一歩ずつ踏みしめて登ってくる音が聞こえてくる。ドアを開けて階段を見下ろせば両手に大量の書類がはみ出たカバンと詰め込んで膨れ上がったリュックサックを背負っている母がいた。

 魔術で身体強化するくらい重い荷物を持っていくから私の転移に頼ったんだな。


「用意できたから転移の準備をしてちょうだい」

「初めから転移で行くつもりならそう言えば良かったでしょ。重いに荷物持って上がってさ」

「忙しかったのは本当なのよ。伝えなかったことは悪かったと思っているわ」

「講堂入口は遠いけど研究室にするよ」

「それでお願いするわ」


 母の研究室があるのは御空学園の重要箇所で、訓練生が行かないように広い敷地の内で端の方だ。外からの入口も遠い上に内部の駐車場からも遠い。書類や電子機器がパンパンに詰まった荷物を抱えて行くにはきつい距離だ。

 講堂は訓練生たちが学ぶエリアに近いためそれなりの距離を歩くことになるけど、大きな荷物を持って歩くよりかはましだ。資材運搬用の道は使えないし、内部にある転移装置も家からは入れない。一番楽な方法が私の転移に頼ることなのだ。


「しっかり手を握っててね」

「こんなに書類を抱えて転移するのは初めてね。結果が気になるわ」

「母の怠惰の結果を実験にするじゃない。もし転移漏れがあったら諦めて」

「二度目の転移はしてくれないの?」

「有料です」

「金はあるわ」

「管理されてないお金ね」

「凪さんってばなんで私の銀行口座まで管理するのよ」

「母の金遣いが荒いからでしょ」


 書類とかを押し詰めたカバンが四つで母が一つの私が三つ、色々入ったリュックサックが二つで一人一つずつ。母が一旦荷物を置いて部屋に戻って追加の荷物を持ってきたときは呆れた。なんでこの量を家に置いているんだと講義したいが、私も代表挨拶の時間が迫っているから押し留める。

 手を繋ぐのは本来なら肌が触れ合うだけで転移できるけど、今回は荷物が多すぎて無事に転移できるか怪しいからだ。一年の早朝から忙しいな。



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 御空学園にある講堂の中で最も大きい場所で入学式ないし始業式が行われる。

 木造建築で何度も補修がなされているが、当時の面影を残したまま厳かな雰囲気を漂わせている。二番目に古い建物で取り壊しも検討されたらしいが、内外ともに補修して使い続ける意見が多かったため、今もなお残っている。そんなとても歴史ある建物だ。


「おはようございます。少し遅れましたか」

「水瀬さんたちですか。大丈夫ですよ、開式の時間まで余裕がありますから」


 新入生たちは表扉から入場するが、私や教官教授方、新入生代表や来賓の方は裏口から行動に入る。中には横瀬さんが式の確認作業をしているところで、汗ばんだ私たちを見て不思議に思いながらも壇上に上がる人たちが集まっている場所まで案内してくれた。

 横瀬さんには母が仕事をいつまで立っても終わらせないから家を出るのが遅れたこと、転移して荷物を床に置こうとしたら母が転んでバックの書類をばらまいたせいで疲れてしまったことを話していた。学校時代には母のズボラな所をサポートしていた後輩だから、母も強くは出れずに横瀬さんが苦笑するのを見ていた。


「失礼いたします。最後の方々が来ました」

「水瀬紫です。入学式代表挨拶をします」

「水瀬識よ。今年も教授職を二重で行います」


 軽く挨拶を済ませたら私たちも入学式の演者側が集まる場所に座って始まるのを待つ。見知った顔が殆どだけど、一人だけ見たことのない若い子供がいる。とはいっても私よりかは身長も体型も大人に近づいているんだけど。


「君が新入生代表の氷室峠(ひむろとうげ)くんかな?私は水瀬紫といって在校生代表の生き物だよ」

「知ってます。あなたの容姿のことも強さのことも」

「いやはやそこまで有名になると些かむず痒いね。まぁなんだ、優秀と称される君が高みに登ってくるのを待っているよ」


 軽い激励といじりを混ぜて新入生とのコネクションを作っておく。去年の入学式は元気溌剌(はつらつ)な先輩が在校生代表だったらあまり関わりを作れなかった。キルシェみたいな人だったならそこそこ話せていたかもしれないが、太陽みたいな先輩は私の質とは反りが合わなかった。


「もちろんです。先輩も背を高くして待っていてくださいね」

「ハハッ、反骨精神満載なのは嫌いじゃないよ。未熟なところは教えてあげるからいつでも聞きに来ると良い。これは私の連絡先ね」


 黙って受け取ると後ろを向いて会話を断ち切った。私としても連絡先を渡せたから目的は達成している。母の所に戻って代表挨拶の最終確認をしながら順番が来るまで待っていよう。


「そろそろ出番です」


 進行役がマイクを取れば演者たちの小さな話し声もなくなり、演目に従って順番に演者を壇上に上がらせる。私の出番は比較的前の方で、始まりの言葉と学園長副学園長の挨拶が終わってすぐだ。

 途中に園歌があったけど、三番くらいまであるうちの二番目までしか歌ってなかった。学園の訓練生の中で三番目までの歌詞を覚えている人なんているのか不思議なくらいにはどの場面でも歌われない。歌詞はあるとさっき副学園長も言っていたからあるのは確実のはずだが、プリントでもデータでも配られたことがないから不明なままだ。


「みなさんおはようございます。御空学園在校生代表の水瀬紫です。堅苦しい話は前のお二人で聞き飽きたでしょうから、私からは激励とアドバイスを話そうと思います」


 壇上に置かれた演台と私の身長が同じくらいの高さなため、スタッフ役の人が台を持ってきて足下に置いてくれた。それでもマイクには届かないからスタッフが高さを調整してやっと声が届くようになった。


 私のことを知っている人も知らない人も、この小さな身体を見れば侮る割合が多い。だけど向けられるこの視線には慣れているのでまるっきり無視して挨拶を続ける。誤った認識を正す機会は御空学園に居れば必ずあるから、そのときにでも自分の間違いに気付いてほしい。

 出来なかったら今度は私が嘲笑する。


「まず貴方たちがこの学園に入学できた時点で、貴方たちは優秀だと言えます。御空学園には軍事学園の中でも優秀な人間を輩出している信頼と実績があり、姉妹校である慶雲学園のような研究学園には及ばないものの極めて高い学力を誇っています。この門をくぐった貴方たちはどこかの分野で優秀と称される人間であり、その力を軍事として国のために使ってもらいます」


 事前に発動させておいた魔道具には、身体を舐めて話を利かないバカがいないように威圧と声が遠くまで届くように追加して拡散を待機させておいた。眠りそうになっていた新入生も目を覚ましていて、皆背筋を伸ばしてしっかりと聞く姿勢を作っている。


「そして御空学園の中でも最も総合的に力があると判断されたのがこの私。もう一度改めて自己紹介をすると、御空学園魔法科二学年入学式在校生代表の水瀬紫だ。私は君たちの御空学園に入学するという選択に拍手を送る。これは御空学園に新たな雛鳥が入ってくることへの祝いでもあるし、私が新しい戦いの相手を得られることへの期待でもある。時間が合えば私への質問は受け付けよう。勝負も受けよう。ここを卒業して軍事となればこうは行かないが、ここは学び競い合う学園だ。思う存分自身の力を御空へと高く飛び立たせてくれ」


 以上、と私はマイクから顔を離して台を降りる。訓練生たちに向かって一礼をしたら裏へと戻り、母に目配せをしてよく出来たねと褒めてもらう。普段はだらしないと言われる私だから、こんなふうに厳しい姿で挨拶をするのは疲れてしまう。ただでさえ母と大荷物を転移で運んで精神に不調がきているのに、追い打ちと言わんばかりに疲れる挨拶をして私の心は限界だ。

 原稿の内容を考えたのは私だし、母が転移で御空学園まで運んでほしいと頼むのは長期休み明けだとよくあることだから予想できなかったわけじゃない。色々と不運が重なって今すぐにでも寝たいぐらいの疲労が溜まってしまっただけなのだ。


「この後に私の出番ってありますか」


 挨拶の終わって喉が渇いたから横瀬さんにお茶を頼むのとついでに今後の予定について聞いてみた。事前に配られた予定表には私の出番は書かれていなかったけど、省略されているだけでもしかしたら出演しないといけない演目があるのかもしれない。


「いえ、ありませんよ。疲れているのでしたら寮に戻ってはいかがですか?明来さんもいらっしゃいますから今日は引っ越しの準備でもして寝てください」


 横瀬さんに聞いたことを母に伝えて入学式の途中離脱の許可をもらう。大荷物を転移させて送迎の約束も果たさなかったから了承させるのは簡単だった。

 母の帰宅時にも転移させないとなので、今日は精神が疲れる日だなと思いながら雲粒講堂を後にする。ここからの道のりは何度も通っているので迷いなく進める。


「直接会うのは一ヶ月ぶりかな」


 一番の親友の姿に思いを馳せながら私の暮らしている第四女子寮へと足を一歩ずつ前に出す。建物の乱立するエリアを抜けて林の生い茂る散歩コースを横切ると、古ぼけたトタンの屋根に新品のコンクリートの塀で囲われた木造の寮が見えてくる。

 改修工事は何度も行われているのに改装や改築工事を行っていないのは、講堂と同じく伝統的な木造建築を残していく風習があるからだろう。御空学園の敷地内には戦時直後に建てられた古い建物が多く残っているから時たま文化財調査の研究者が訪ねたりする。


 訓練場や研究施設などの古くては駄目な場所はしっかりと現代風の建物になっているから安心だ。寮だって木造建築なのはここと第二男子寮と第六男子寮だけだ。数年前まで女子寮にも木造建築があったけど、火災で燃えてしまって、新しい建てられた寮は現代建築のものだ。

 近年木造建築が少なくなっているニュースはよく耳にするし、私の知っている木造建築が消えてしまうのは悲しくなる。


パチンッ


 湿っぽい顔で親友に会うわけにはいかないと頬を叩く。叩いた場所とものがジンジンと痛むが名残惜しい気持ちは晴れた。

 二階にある寮の自室の位置は去年から変わっていない。ドアのレバーに手を掛けると中からは小気味よい鼻歌が聞こえてくる。その音の主は家から持ってきた沢山のぬいぐるみを箱から出しているのだろう。普通に買ったのもあるし、ゲームの商品のぬいぐるみもある。彼女はぬいぐるみが大好きなのだ。

 手を掛けたレバーがガチャリと私の重さで下に動く。


「誰かいるんですか?」


 鼻歌をこのまま聞いていたいと思っていたけどバレてしまったのなら仕方がない。大人しくレバーを下げてドアを開ける。


「あ、紫でしたか。おはようございます」

「うん、おはよう。久しぶりだね桃」



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