記憶52:紫と挑戦
中間管理職というのは大変で、見た目は明らかに子どもの人間だろうと一番上の上司の孫なら丁重にもてなさなければいけない。無能な部下がいると明らかにその部下が悪くても責任を取るのは中間管理職の人で、無能な部下と頑固な上司の意識の違いに板挟みになって日々苦労するらしい。
私の両親は研究員だから中間管理職の人は別にいる。所長と副所長でも上司に内容を伝えるのは事務員さんの役割で、無能な部下ではないが好き勝手研究して成果が出なかったり装置や器具を破壊する研究員たちと、現場のことを分かっていなくて無理に研究費用を削減して懐に入れてくる上司の板挟みになっているらしい。
尾士さんには慶雲学園の何度か会ったことがあるけど、いつでも目の下に隈ができていて不健康そうだった。事務員の中でも一番辛い仕事任されている尾士さんとその他会ったこと無い事務員さんはみんな不健康そうな顔をして、仕事中にはエナジードリンクを飲み仕事後には苦労を分かち合える事務員仲間とお酒を飲んでいるそうだ。
二回目に会ったときは母と父親の研究論文の修正を待っている間に話をしていて、暇つぶしになれば良かっただけなのだけど苦労を吐露したかったの修正が終わるまでか永遠と愚痴を言っていた。
母は無許可のフィールドワークの常習犯で、本来なら野外活動の申請を事務局にある窓口に提出したうえで許可が降りたら行えるのだが、やってみたいことや調べたいことがあると申請と許可なんて待っていられないと数名の研究員を引き連れて飛び出してしまう。その研究員たちも嬉々として出で行っているし常習犯なのに毎回手口を変えてくるため対策も立てられず苦労しているそうだ。
母の意外な一面を知れて感謝したのだけど、逆に両親に似ずに育ったことに感謝されて振り回される自分を憐れんでいた。私がクローンなことは両親も私も言っていないし、子供がいることは知っていたようだが紫は慶雲学園に来たことがないため実子だと勘違いをしていた。言う必要がないから黙っているけど。
それで次は父親の問題行動を話し始めて、父親と言えば大人しくてあまり問題を起こす性格には見えないからなおさら興味が湧いた。父親は研究費というものを一切考慮しない人だそうだ。無限にお金があると思っていはいないみたいだがより良い成果を出すためならば金額にかかわらず実験道具を購入する性格だった。そのせいで上司から研究費の使い込みを指摘されて、削減を命令する上司と研究費の底上げを要求する父との間で胃を痛めている。横領を疑われたことがあるらしく監査が入ったが浪費癖があること以外に目を瞑れば至極真っ当で清潔な人間だった。
適当に大変ですねと返したら、ちょうど母と父が論文の修正を終えて尾士さんに報告をしに来た。今回は間に合ったが時間を守らないことも多くて尾士さんの苦労は絶えない。そんな彼を労うために研究室一同でパーティーの準備をしていた。
母と父の論文が遅れたのは誤算で元々は緊急事態と言ってで呼び出すつもりだったが、私が研究室記に来る用事ができてこっちの方が準備の時間を長く取れるから論文修正まで待ってもらうことになった。研究員たちは準備があるし仕事をしている時間帯なので私が呼び出された。待っている間は私のお話相手になって準備が完成したら入室させる予定だった。尾士さんは喜んでくれたが次の日には風邪が蔓延して研究室が一時閉鎖になって、午後休も取得せずにパーティーをしたから遊んでいると怒られたと言っていた。流石に両親と研究員一同で謝った。
「このお茶美味しいですね」
「実家が作っているお茶の葉を使っています」
「そう、美味しいお茶をありがとうございます」
「いえ」
魔道具の使用を許可してもらって怪我を治している間にお茶を淹れてもらった。許可されないと警報がなって外で待機している軍人たちに迷惑がかかる。侮っているが別に迷惑をかけて仕事の邪魔をしたい訳ではないから部隊長に許可をもらう。
残りの魔力は半分くらいで一日過ごせば全快する。賢者たち共鳴体と共鳴した魔力を使用していたから穴掘り開始以降の魔力消費だけだ。共鳴している魔力の操作に自分の魔力を使うからそれまで全く消耗していない訳ではなくて、共鳴した魔力の内側にいれば回復速度は高まるが回収して自分の魔力にすることはできない。
自分の魔力を一万円分の価値だとすると共鳴した魔力は百万円文以上の価値がある。だけれども共鳴した魔力は商品券やポイントのように特定の市場でしか使えないもので、現金みたいな基本どこでも使える自分の魔力と比べて使い勝手が悪い。それに商品券は一万年分と五千円分のものしかなくて、六千円の商品を買うために一万円分の商品券を出すのは勿体なくて五千円分の商品券と現金千円で払う感じだ。
いやそれよりも商品を買うのに商品券だけを使うのは無理だから、三千円の買い物をする時は余分に商品を入れて五千とちょっとの値段にしてから商品を商品券と現金で買う感じのほうが近い。共鳴した魔力だけでは魔道具がおかしな挙動になって制御も難しくなるから自分の魔力を使っていた。
「形式的になるが、何故あの場所にいたのかを聞いておこう。こちらが把握していても裏筋からの情報では真贋を判別させられない」
「ええ分かりました。長く詳しい話の方が良いですか?」
「端的にまとめた内容を話してもらえれば十分だ」
端的な説明と言ってもこの人がどこまで私のことを把握しているのか分からないから、長く詳しく話そうと思ったのだが。研究所生れのクローンなことに関しては知っているような気もするが、仔細まで詳しく教えられるか調べられる立場にあるとは思えないから...そう言えばこの軍ってただの軍じゃなくて特殊部隊だったな。
なら作戦の成功率を上げるために教えられているかもしれない。それに高価だったはずの漏洩防止の魔道具も使われているかも知れない。まあ何にしろこの人になら外付けではあるけど信用しても良さそうだ。
「まずは親友の姉の結婚式に招待されたところからですかね。それよりも私の出自から話したほうが良いですか?」
「ここに来ることになった経緯のみで構わない。理由に関して話す必要はない」
「招待された結婚式に私を狙って襲撃した。それでこの施設に転移させられて隙を見て魔力濃度を上げて避難させた所で脱走しました。穏便に地上を目指そうとしてたけど貴方たちが攻撃して施設が崩壊したから掘って出ることになりました。結構苦労しましたよ」
「それはすまない、殲滅の命令しか受け取っていない状況だった」
「謝罪よりも聞きたいことがあるんですが、何故制圧ではなく基地ごと殲滅崩壊させるように命令されたんですか?情報を持ち帰るなりなんなりあった気がしますけど」
「詳細は話せない。だが他国のテロ組織だということで再考してほしい」
私も少し気になった程度だから追求はしない。知った所でなにかに使えるわけではなさそうだしヒントを与えてくれてそれで十分だ。
何もなかったことにしたのだ。ここに施設はなく研究員たちはいないものとして扱われるだろう。訓練の名目で攻撃を行い、研究員は拘束して国のために監視付きで働かせる。それが一番効率的で他国と穏便に事を運べる手段なのだろう。私が口を出すことじゃあない。
ボンッ
「むっ!煙が...」
軽い爆発音を立てて隊長がメッセージを送ろうとしていた魔道具が煙を上げた。送信の魔道具で私が答えた内容を本部かどこかに送ろうとしたけど、タイミング悪く壊れてしまったみたいだ。解析すればブラックボックスはあるものの、壊れている回路は基本的なものばかりで直せそうだ。
魔道具を直すためには免許が必要で難易度に応じた級がある。ブラックボックスは五級免許が必要で私が持っている三級免許では手が出せないが、壊れている部分は二級か三級免許で直せそうなものだ。学校時代に母の助言兼暇つぶしで免許を取得しておいた。
身体の中にある魔道具はブラックボックス並みに複雑だけど、古い回路だから人物の制限や自壊機能はないから難しくはないらしい。ただ回路の中には解明不能な回路図があって、回路をそのまま真似ても同じようには発動しなかった。あれから四年近く経つが再現の進捗はほとんど無い位に理解不能な回路らしかった。
「直しましょうか?」
「ああ、いや。軍には整備士がいるからそいつを呼ぶ」
「そのひとは私たちの情報を知れる人物なのですか?また軍本部への送信の魔道具を完全に任せられる人物なのですか?」
「なかったはずだ。そもそもこの魔道具が壊れることが想定外なのだ。こんなことならもっとしっかり勉強していればよかったな」
この人は多分魔道具についての知識があまりないんだと思う。それに加えて部隊長を任される人は機密に入る魔道具の修理とはいかずとも整備くらいは出来るのが下限なのだろうとても焦っている。
「一級か二級免許で直せる部分が故障していますよ。それくらいはできますよね」
「う、うむ。直せる、直せるはずだ」
「自身がないなら先程の提案の飲んで私に任せてみるのもありだと思います。私なら軍の機密事項に入る魔道具でも私自体が機密で監視される立場にあるため漏洩の心配はないです。それに壊れた原因については私も一枚噛んでいそうな気がしますので」
「ではよろしく頼む」
「はい、分かりました」
魔道具を受け取り膝の上に乗せてより深く解析する。ブラックボックスは解析が出来ずに真っ黒な膜に覆い隠されているが故障しているのは外側の部分だけだ。だけれどもブラックボックスと繋がっている部分だと判明したせいで四級くらいの技能が必要そうだなと思ってしまった。黙っていればこのおじさん隊長は分からないだろうが、時間がかかるしなにより私の腕が面倒くさいからそれ以上を受けていないとかの理由じゃなくて、本当に魔道具の免許を取るのが難しくて止めたということなのが余計に心配をかける。
ざっとした解析だったから難易度を見誤ったし、いたずら心が働いて隊長に伝える難易度も低くしてしまった。こればっかりは全面的に私が悪いのだから、修理するのも全力で直さないと恥ずかしい。もし失敗したら恥を忍んで隊長が言っていた魔道具の整備士に頼むか。
「魔道具、岩石、成形」
蓋を開けるための道具がテントの中にはなかったので、魔道具を発動させて留め具を外す道具を作る。外すのと止めることにしか使わないから強度は上げていない簡単なものだ。
「・・・」
「どうした」
困った。非常に困った。
何が困ったかと言えば魔道具に留め具がないのだ。回路しか見ていなかったから物理的な防御が全く頭になかった。回路の中には攻撃されたら自壊するものが含まれているため、それを回避しながら修理をしようとしたが蓋が開かないのでは始めようにも始められない。
裏側に変な形をした穴があってこれに合ったピースを嵌めれば蓋が開くのだろうが、魔道具で作り出したものでは精密な成形までは出来ない。泥棒とか鍵開けが得意な職業ならこういう事もできるのだろうが、私はここまで精密な魔道具の操り方は学んでいない。今土壇場で試しに作ってみるのはリスクが高いし失敗したら凄く恥ずかしい。
「あの」
「なんだ?」
「回路の解析はできて蓋を開ければ修理ができるのですが」
「ですが」
「特殊な鍵が必要なため蓋が開きません」
「…そうか」
言っちゃたけどここで言わずに沈黙の時間が流れるよりかはマシだ。だって仕方ないじゃないか、私の専門は戦闘であって魔道具の修理や作成は趣味というか出来そうだったから習っただけなのだ。専門の授業講義は受けていないし三級免許だって危なかったのだ。ああ、言い訳をしているみたいでかなり恥ずかしくなってくる。
ズゴンッ
割と近場で何かが大きく落ちる音がした。おそらくは崩落を免れた空洞が重さに耐えきれなくなって沈没したんだろう。
ズズズと土が落ちていく音はまだ続いている。
「連絡をしてくる。脱走など考えずにここにいろ」
「分かりました」
軍の簡易基地は施設から十分に離れていて地盤沈下に巻き込まれる危険はない場所だ。歩いてきた時にはかなり遠くだと思ったが施設の規模を鑑みれば妥当なところかもしれない。
ドゴンッ
土が引き込まれていく音とは逆に、溜まった土砂を放出するような音が響いた。連続して地面に当たる岩や土砂の鈍く重い音が鳴り外の様子もつられて騒がしくなった。隊長から外に出るなと言われたので蓋の開かない魔道具を膝の上で回転させながら外の様子を探る。
“研究員”や“道連れ”“賢者”“魔力”それと“巨大”なんて単語が聞こえてきてより一層騒がしくなっている。
「至急手伝ってほしいことがある」
「分かりました」
焦った様子でテントの入口を開けた隊長が保護対象のはずの私に手を貸してほしいと言ってくる。ただ事ではなさそうだがあまり焦りはなくどこか清々しかった。
大号尊者
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