記憶51:紫と軍人
「動くな」
結局のところ私はひとり静かに淡々と同じ作業を繰り返し続けて地上まで掘り進めていた。魔力の消耗はかなりのもので身体も疲れ切っていて数刻前まで閉じていたまぶたの重さは確かなものだ。怪我らしい怪我はしていないが机に置いてあった服は汚れて煤だらけになっていて、髪の毛を横に振ればパラパラとホコリが落ちてくる。
「動くなと言っている」
軍の隊員たちは私がでてきた穴を取り囲みながら、銃や魔道具を即座に発射出来る状態のまま構えている。私が身じろいをすれば声で静止して抵抗をしないように言ってきて、穴から出たときの俯きがちの姿勢で動くことをやめた。
この姿勢だと周囲の確認ができないから細かな状況を把握できずにいるが、抵抗しないと分かれば警戒されながらでも臨戦態勢は解いてくれるだろう。この包囲網を切り抜けることは出来なくもないがそれをする利点が皆無で大人しく掴まってから身元を調べさせて解放される方がよっぽど面倒事がなくて済む。
穴から出る前に武装した人間が私が出る場所を予測して包囲しているのは知っていたけど、心は読めないから軍の私に対する認識がどんなものだか判断がつかない。真実である政府の重役の孫でテロ組織の技術を開発した企業が実験で一番初めに作り出しクローンで、先の襲撃事件で攫われて施設に囚われた一訓練生が正規の軍人でも困難な脱走方法を取って地上に出たとは誰も考えつかないと断言できる。辛うじて思いつきそうなのが母とかの家族や明来とかの学友くらいだが、テロ組織を制圧する軍にわざわざ付いてくる訳もないから正確な判断と出来る人間は一人もいないのだ。
簡単に考えられそうな身分としては崩壊に巻き込まれたけど生き残って執念で脱出した施設の職員だが、私の服装はかなりボロボロで着替えをする余裕もないから違うと分かる。次点の実験体が崩壊とともに脱出したが一番有り得そうだ。これなら服装の問題も脱出の技術も納得はできる。軍人の殆どもこう考えていることだろうが、魔法を発動しているときならいざ知らず行動を自主的にしていないいまは推測するしか無い。それでも状況は簡単で普通ならそこまで考えることでもない上に、どの道の対応は変わらないから問題はないに等しい。
「森保隊員は発散の魔道具の準備を、椎名隊員と宮掌隊員は拘束を行いその後に収容所に連行を」
「「了解!!」」
「失礼ながら隊長に進言があります」
「なんだ森保隊員」
「視認している個体は地下施設から地上まで掘り進めた者です。簡易的な収容所では見落としがないとはいえず、この個体の能力では隙を作り脱走することが容易だと考えます。なのでこの個体の収容は重要人とし扱い厳重な監視下に置くべきだと考えました」
「ああ、そうだな。では椎名隊員と宮掌隊員は重要人収容所へと連行し警備に当たれ」
私も森保隊員の進言が妥当だと考えた。地下に埋められた施設の崩壊から生き残こるだけでも難しいのに、時間も経たずに地下を掘り進めて挙げ句は大して疲れた様子を見せずに脱出したのだ。警戒して当然だ。
隊長の人もこの事が分からなかった訳ではなさそうで、声色から察するに部下が正しい判断を出来るかどうかや上司が間違った指示を出した時に恐れず進言できるかを試していたっぽい。隊長の人は満足そうに息を付きながら私を警戒する目は緩めない。かなり重要な作戦の途中で教育をするのはよろしく無いんじゃないかと思うが、この人の実力は起きた問題をカバーできるくらいには高いのかもしれない。
「貴方を連行するのでゆっくりと抵抗せずに立ち上がりなさい」
頭の後ろ左右に銃口を向けられたまま穴から這い上がり、軍人が起動させた拘束に用いる魔力を発散させる魔道具を付けられて移動する。二人の軍人の配置も私の後ろに立つ形から前後に立つ形に移った。キョロキョロとあたりを見回すことはしないが、せめて何があるかだけは確認しておこうと顔を上げたまま眼球を動かして簡易基地の様式を眺める。見たことのあるマークが刻まれていて少しの安心感があった。
「溜め息をついて、自分のこれからが心配か?」
連れてこられた場所は魔術を使って固めたコンクリートの収容所で、離れた場所にある警備する軍人が多い収容所らしき場所は簡単なテントだった。材料がなくその場で一から作るとなると、雑多な素材で作ったため強度が悪くなるし魔力の消費量も多い。だから頑丈な素材を運んできて現地で魔術を使って組み立てるのが一般的な方法だと学んだ。ただ一日で撤収するキャンプ地ではこの方法は使わないし素材そのものの重量もあるから、今回のような重要人物や危険人物を逃さないために素早く建設する必要がある場合に用いられる手段だ。
コンクリート製の建物の中はひんやりとしていて薄手の布一枚を羽織っているだけでは雪の季節の外の活動は体に応える。軍人も私の動作に気付いてなにか羽織るものを渡そうとしたが、相方に止められて後々持ってこさせることにしていた。
「ッなぜ生きているんだ!」
「黙れ、次発言したら気絶させる」
「ぐっぁ...」
研究員の一人が大声を上げるとその行動を抵抗と取って軍人がその研究員の頭を銃床で殴りつけ、血は出ていないのもの頭を強く当てられた振動で膝立ちから横向きに倒れ伏してしまった。一度目なのに気絶させられてしまった研究員の顔には見覚えがあって、私を牢屋から連れ出してカプセルに入れるように指示を出した地位が高いと予想した人間だった。
その他にもここに連れてこられた人間はいるが、私の顔を見ても殆どの研究員はピンときていないようだった。むしろボロい服を着た小娘がなぜこの場所に来たのかを疑問に思っているようだった。あの場にいた他の研究員はテントにいるだろうから、私だとすぐに気付いたこの研究員はすぐに思い出せるくらい私の顔を覚えていたのかと思うと気味が悪い。中には私のことに気付く研究員もいてその人間たちは驚愕しながらも優れた性能を理解して興奮を抑え切れずに質問しようとしたところを待機していた軍人に頭を殴られて悶え苦しんだ。
「ここに座れ」
そんな光景を横目に見ながら前の軍人が指定した場所に足を下ろす。ホコリまみれの頭を一掻きして軍人に話しかける。余計な時間は取りたくないから今のうちに身分を言っておけば調べてくれる。
「御空学園第一学年魔法科水瀬紫。私の身分ね」
「…、…」
「ついでに言うと行方不明で捜索中かな」
「もう一度発言したら黙らせるぞ。あの研究員たちと同じでは痛がらんだろうからもっと強くだ」
「命令は一部の独断かな」
軍人は銃床を振りかぶって叩きつけようとしてくるが、逆に動きを予測しやすくなって座ったまま体を捻って躱した。その軍人は勢い余って転びそうになったが、すかさずもう一人の軍人が銃口を突きつける。転びそうになった軍人も既に立て直していて二つの銃口がトリガーに指を掛けられていつでも発射できる状態で向けられている。
「「・・・」」
「・・・」
私は身動きするつもりはないが軍人二人の表情は緊迫していてこれから戦うと疑っていない。特殊部隊かと思ったけれども練度が低く、その中でも下っ端かこの舞台そのものがただの部隊かだ。私に張り付いている二人が中を向けているのを見て隊長に連絡している軍人もいるし、この二人から少し離れた所で銃を構えて二次応答をするつもりの軍人もいる。
おそらく私が眠ってからは長くて一日しか経っていない。施設の中では前々から準備していたものなのか私が数日と眠っている間に調整したものなのか判断がつかなかったけど、外で軍人と相対すれば誘拐事件のことを知らないようだった。母がテロ組織に攫われた私を助けだすための根回しをしないはずがないから、その根回しが終わらないくらいの時間しか経っていないんだろう。
不思議な夢を見たせいか、元々母に対してこうだったか、母への信頼がかなり厚い。母なら私を助けてくれるって無意識のうちに思っているのが、俗にゆうマザコンとかなんだろうか。そう言われる人を見たこと無いからよく分からないが、信頼できる人を信頼していると思って行動すると胸がポカポカしてくる。ついでに癖で目線が下る。
こんな事を考える状況ではけしてないはずだが一度考え始めると流れに乗って関連しことも考え始めてしまう。明来も信じているけど母ほど信頼しているかと言われれば少し違う。それでも母とでは躊躇してしまうことや母とでは感じられないものがあって、それがいつも不思議で何故か居心地がいい。
再三幾度目かやっぱり母や明来のいる街に帰りたいと願っている。仕事と家庭は別で、私にとっての仕事は戦うこと以外に思いつかないし研究者になれたとしても上手く続けられる気がしない。これは私がクローンや幼少期の環境関係なしに根っからの戦闘好きだからだ。戦ってないと気が済まないというか戦いたいという衝動に駆られてしまう。
「椎名さんと宮掌さん、その人から手を話してください」
「何故ですか上坂さん。この個体は俺達に明確に敵対しようとしています。指示に従えないのならば殺したって問題ないですよ。どうせ地下では何百体と生産されていた個体なんですから」
「それは絶対にできません。そしてその人が反抗することもありませんので直ちに武装を解きここで監視の任務を続けてください」
軍人二人の片方は任務を淡々と行える人間だったけど、もう片方が自分の考えを反映しすぎてしまい暴走気味になった。教えるのも一興だが新たにやってきた軍人に従ったほうが早く帰れそうだからしゃしゃり出たい気持ちを抑えてついていく。
コンクリートの収容所を出て右に進み、キャンプ地にある別のテントとさほど変わらないテントへと案内された。テントの中に入る前に軍人は所属と目的を言う必要がある。園原さんも面倒だけど機密書類とかがあって誰でも自由に出入りできないから、テントに設置された魔道具を利用した許可制の入室システムになっているそうだ。
認証を試みている者の魔力が登録されたものであるかどうか、入室に足りる事項を満たしているかどうかを機械と組み合わせた魔道具で判断する。その後に魔道具の主権限者が入室を許可することで入室が出来る。副権限者にも限定で許可することが出来たり、そもそも防衛用ではなく判別用なのでこの魔道具一つだけだと側面を捲ればブザーこそ鳴るが楽に侵入できてしまう。
防衛用の魔道具は比較的小型で強力な防壁を張れるが、破損の危険性や緊急時の防御などを考えて今では取り外しの簡単な携帯も可能な型になっている。軍隊の物資ではテントと魔道具は別々で運ばれることが多く、判別用の魔道具を守るだけならまだしも緊急時に有用な防壁の魔道具をテントに設置するのは非効率だったらしい。持ち運ぶ時は魔道具が入れられた箱で、通常の使用時はテントに取り付けて発動させ、強襲を受けたときとかの緊急時は取り外して防御するそうだ。これが作られてからは緊急時の使われ方がされた例はないそうだけど、準備せずに心配するよりかは良いのだ。
「申し訳なかった。連絡が行き届いてなかったとはいえ無礼を働いてしまった」
「いえいえ、結局はこうなることが目に見えていたので遅いか早いかの違いだけです。ですが早遅が致命的な事態を発生させることもありますので注意をば」
「…ご忠告感謝いたします」
紫=クローンの知名度
親族、父方の甥姪とか以外の大人全員にバレている
学者、上との凄いコネがあればワンチャン
政府関係者、軍事省や知識(文部+研究+企業−経済)省の上の方の人間、他の省の更に上の方の人間
他国、そこそこでまちまち
企業、タイタン社にスパイしてたり上とのコネがあれば知っているかも
一般人、一般人だなッ!通れ




