記憶5:司教官の魔法検査
そろそろ魔法科の訓練生も集まってきて、副教官も来たから園原教官は面倒くせーと頭を掻きながら集合を促す。
ここは軍事学校で将来軍人になる人間がほとんどだから、どんなに駄目そうな上官でも素直に従わなければならない。
私は園原教官の優秀さを知っているから駄目人間に見えても従うし、亜来はどんな教官だろうと基本的に従うだろう。
それに魔法科としての最初の訓練に抜擢されるくらいの実力があるのも理解していそうだ。
だけどその他の訓練生たちはオジサンとか弱そうとか馬鹿にしている。
私も初対面の時は貧弱そうと思ったし加齢臭も臭かったから園原教官への認識はだいたい同じだ。
失礼極まりないけど認識を改めて欲しいならボサモサの髪や中年男性の喋り方、半開きの目を直せば良いだけの話だ。
「は〜い、それじゃあお前たち。今日の訓練、、というよりも魔法の検査を行う。検査するための端末は一つしかないから一列に並んでおいてくれ。それと端末に触る時は名前と魔力の性質を言ってくれ。終わったら俺の所まで来て実際に魔法を発動させろ」
そう言うと副教官が端末の近くまでより、園原教官はさっき見た的の近くに移動した。
並ぶ順番は古き良き名前の順で、アから始まりクよりも若い文字の人がいなかったから亜来がトップバッターになった。
水瀬より古い文字の人もいなかったから一番最後は私だ。
なんでヤ行やワで始まる苗字の人がいないんだよ。トップバッターも嫌だけどアンカーも嫌だ。真ん中らへんが一番安全なのに。はぁ嫌だ。
「亜来桃、魔法の性質は水です」
亜来が端末に手を置きしばらくするとディスプレイに荒れ狂う川の風景がノイズ混じりで映し出された。
この端末は魔力を生み出す無意識の強い想いを読み取り映し出すことの出来る装置だ。端末で受け取った情報をこの学園の立入禁止区域にある本体が受け取り、解析された想いを端末で表示する。
胎児の夢で見た景色が魔力を変質させるから、生きていられない状況でもトラウマになる状況でも強い想いだけがあって他人事のように魔法を使える。
全ての魔法において付いてくるデメリットを亜来の夢型は帳消しにできる。
正直うらやましい。
「では園原教官の場所で魔法を発動しに行ってください」
「はい、分かりました」
亜来は元気よく言い園原教官の監視のもと魔法を発動させた。
荒れ狂う川の性質の魔法は人間の無意識が出せるエネルギーほどに弱まったとしてもその威力と恐ろしさは健在だ。
亜来の周囲を濁った水の渦が巻き始め、ドンドンと渦の流れが早くなりその大きさも巨大になっていく。魔道具の防護膜を簡単に破壊し、魔道具が一度に吸収できる魔力の量を超えて被害を拡大させていく。濁流の渦に触れたものはあっさりと削り取られ、的や隣の大岩も飲み込まれて粉々になっている。
訓練生全員が唖然とした表情で亜来の魔法を見ていて、自分にもこんな魔法が使えるのか夢見る者や無理だと恐れる者もいる。
園原教官もこれは危険だと判断して魔法の発動を止めるよう命令する。
そうすると直ぐに濁流の渦は止み、生み出した大量の水と飲み込んだ泥の中からずぶ濡れの亜来が出てきた。
園原教官は一応精神に負担がないか聞いたが、大丈夫ですこの規模は初めてなので泥水を被ることになると想定できなかっただけですと返事した。
やっぱり夢型が重宝されるわけだった。
普通の魔法は変質させた想いが強ければ強いほど、その想いに感化されて感情が制御できなくなる。
制御できなくなれば暴走して、魔力が尽きるまで魔法を使い続けたり精神疾患を発症して治療をしなければならなくなる。
魔法は精神への負担が大きい、理性で行動できなくなればなるほどその規模と威力は強くなる。
変質の型によって負担は変わるが夢型以外は零というわけにはいかない。自分自身で感じたことを他人事でいろなんて土台無理な話だからだ。
夢型は色んな意味で特別だ。
亜来は先祖が濁流に巻き込まれたことを悲しむだろうがそれも、ああこういう事があったんだなと他人の悲しい過去を見ているくらいだ。
それでもその他人が使えたであろう魔法を負担なく使えて、同じかそれ以上の強さなのはずるいと思う。
「最後の人、端末に触れなさい」
考え込んでいると時間が早く進む。
他の訓練生の魔法は亜来に比べると大した事ない魔法ばかりだった。
岩の性質や樹木の性質、重い性質や硬い性質、貫く性質や潰れる性質などあったが、亜来の魔法の出力に比べると削られなかった大岩のを壊すのもやっと出し、魔道具の防御も貫けない。
いや、亜来の魔法が規格外なだけだから比べるのは可哀想か。
「水瀬紫、性質は共鳴」
最後だから初めの亜来よりも訓練生たちは私に事をジロジロと見てくる。
共鳴の性質がどういったものかアレコレ想像し合っていて、同じ属性が重なると効果が増幅して威力が高くなるというものが一番有力なようだった。だけど残念ながら私の魔法の共鳴は属性とかは関係ない。
ようやくディスプレイに映し出されたものは、何の変哲もない部屋だった。
壁際にベッドが置かれ、机と椅子もある。床には五,六歳が遊ぶようなおもちゃが置かれ、棚には文字がぼやけた分厚い本が並べられている。その殆どが白色で統一されていて、酷く無機質に感じる。
亜来を含めた訓練生は映し出された部屋に多少の疑問はあるだろうが普通で、とても魔法に変質しそうな状況には見えない。少なからず非日常的な光景が映し出されると思っていたから逆に混乱したんだろう。
だけどこの光景の意味を知っている園原さんは私の方を申し訳無さそうな目をして見てくる。
この部屋が私にとってのトラウマだとしても、魔法科の訓練生はその映像を見せなければならない。
それが意味のある義務だから。
「魔法、発動させます」
「あぁ」
私が声を掛けると園原教官は浮ついた返事で許可を出してくる。
あの映像を過去に見ているから私の魔法についても理解している。
『――――――――――――』
何も起きない。
私の魔法は私と似た魔力と共鳴する。
私と血が繋がった存在はもうこの世界にはいないから、どれだけ共鳴出来る存在を探しても虚しく消えるだけだ。無いと分かっていても探してしまうのは人の咎か、何度も何度も発動させてしまう。
そのたびに心にポッカリと空いた穴が広がっていき、余計に虚しさに苛まれてく。
これ以上はダメダ.
魔法の出力を弱めていって発動を止める。いきなり止めると魔法に感化された感情と今の状況との解離で精神が不安定になるから少しずつ弱めていくのが一番良い。
「はい、終了。全員今回見た内容を覚えておくように。この後は軽い肉体訓練をしながら各自の魔法について注意点や伸びしろを教えていく。呼ばれた奴から来い」
魔法科の訓練生は魔術科に自分の魔法を制御する訓練と講義が増えただけだ。
魔法は魔術みたいに汎用性が高くないし威力が高いほど復活まで時間が掛かる。だから出力の弱い魔法で魔術をサポートする形が取られている。
これなら精神への負担は少ないし、軍隊に必要な均一化も出来る。ただもしもの時に魔術部隊では出せない火力が出せたり、支給された装備の質や戦闘時の攻撃防御が強くなる。
私の魔法は使っても意味がないから魔術科でも良いと思うが、魔法を発動できる人は魔術科には入れず魔法科だけになる。
魔法を発動して意味があるかどうかではなく、魔法を使えるかどうかが判断基準なのだから、
私みたいな存在は想定されてないから当然だ。