記憶45:明来の成長
賢者、母が言っていた限りだと私と同じ技術で生み出されたクローンだ。特定の細胞を筒の中で培養して生まれたら別の筒に移して六歳くらいまで育てる。意思疎通が出来るまで一年はかかっていたけど、技術が進歩していたらもっと早くなっていそうだ。
戦うなら勝てるだろう。なにせ私は脱走するまでの十二年間で負けそうになったことはあれど負けたことはなかった特別なクローンだ。身体能力や演算能力が私より優れていようと、積み重ねてきた戦闘技術や実践経験で覆せる。不快な感触は消えないけれどもこの程度なら戦える。
「逃げよっか」
「そうですね」
とはいえ訓練生の私たちが出る幕ではなく、明来の両親が集めた護衛たちが招待客たちを避難させながら愚者の進行を遅らせている。腰から通話機を取り出して状況説明をしている人も見えるため、軍に襲撃の連絡もいっているだろう。
認識阻害の仮面はこうなってしまっては付けている意味はあまりないため外していしまう。捨てるにはもったいなさすぎるからスーツの裏地に隠しておいて、持ち帰ろうとしたときに魔力さえ流していれば誤魔化せる。賢者の戦闘能力がどんなものだかは知らないけど、一人二人で出来る魔術なんてたかが知れている。
魔法なら性質によっては圧倒的不利を覆せるけど、テロ組織の理念は魔法のない世界のはずだったから使ってくるとは思えない。
ドゴッンッッ
「賢者のモノリス=ヤサ。逃げるのは許されない。大人しくしていろ」
逃げようとしていた建物は新しく自己紹介をした賢者の魔術で瓦礫に変えられてしまった。避難しているにしても逃げてから時間が経っていないため、建物には誰も入ることができず招待客たちの中に魔術の被害を受ける人が居なかったのが幸いだ。
だが一番近くの避難場所が壊されて、次に近い建物までの距離が遠いため避難経路を示せなくてさらに混乱してきてしまった。周囲の人は命の危機を感じて大声を出して助けを呼ぶ人、無駄な罵り合いや護衛に文句をつける人、悲嘆して絶望して身動きをしない人など入り乱れている。
「隠し部隊かぁ」
「どうしましょうか。ここは身分を明かして参戦しますか?」
「私はギリギリまで参戦しないよ。だけど明来なら父親と相談して参戦しても良いんじゃないかな」
「いえ、今直ぐ参戦します」
「魔術、獄炎」
ヤサと名乗った賢者は手のひらから巨大な火の玉を出し躊躇なくこちらに向かって放ってきた。夏休みに使った熱光の魔道具よりも温度は低いが、一点を光熱で消し飛ばす魔道具と爆発した後に燃焼して二次被害をもたらす魔術を比べれば、この状況で有用なのは混乱を加速させる炎の魔術だ。
「濁流、飲み込め」
だけど明来の魔法のほうが強い。制御性は日に日に上がって纏わなくても操作が出来るようになり、賢者の出した炎は濁流に飲まれて消えてしまった。
互角で対消滅したりはせずに出力の違いを分からせた濁流は、そのまま賢者に逃げ場をつくらないよう回転して飲み込むように操作させている。
ゴボン
「無理ですか」
「この程度の檻だったら何回やったて無駄だぜ。俺の獄炎の消したのには驚いたが所詮は雑魚を蹴散らすための一撃だ。今度はもっと火力を上げるぜ」
当然賢者も抵抗して濁流の渦の内側から爆発を起こし檻を脱出した。
中から爆発させたせいで着ていた服が破けているけど本人は気にしてないようで、服に火種がついてないことを確認すると上裸になってまた魔術を使おうとした。
服が燃えても魔道箱らしきものを確認できないとなると私と同じように体内に魔道具を埋め込んでいる可能性が高いかな。私の場合は研究者たちの面白半分で、生命維持に深刻な影響を及ぼす部分の骨以外のすべての骨が抜き取られて新型の魔道具を埋め込まれたけど、他の姉妹は出血多量か苦痛に発狂してみんな死んでしまった。
賢者たちにも魔道具の埋め込みを施したとなると、少々厄介だ。魔道具が体内にあるということは奪われる心配も落とす心配もしなくて良くて、壊れるにしても肉体を損傷させる攻撃じゃないと中の魔道具は壊せない。魔道具を保護したり一箇所にまとめたり発動の手助けをしたりする魔道箱が身体になるっていうのは便利なものだ。園原教官も少しばかり羨ましがっていたけど骨を置換するのは副作用と危険性が高くて断念してた。
「なかなかやりますね」
「お前も命知らずの小娘かと思ってたがなかなかやるじゃねえか。もしや軍人か?」
「今はまだ。ですが数年後にはなっている予定です。」
「ははっ。残念だなぁ、その頃には軍なんてぶっ壊して何にも残らねえぜ」
「っ、テロ組織なんかに負ける訳ありません!」
「何だとテメェ!」
賢者の火力がまた上がったが魔術の発動方法と出現場所は変わらないため一つの魔道具を調整して様々な炎の魔術を使っているのかもしれない。私と同じ種類の魔道具だったら対応がかなり面倒になると思ったがあれは失敗作だったようだし制作にも時間がかかっていたから、使い捨てで培養しているクローンに与えるものではないのかもしれない。
だとすると使い捨ての兵器の有用な使用方法は短期の消耗戦に持ち込むことだ。使い捨てで相手の戦力をちょっとずつちょっとずつ削っていけばいつかは倒れる。テロ組織にも長々と培養している余裕はないだろうが使い捨ての道具が減った所で別に構わないだろう。むしろ世界の礎になれて光栄だと思われそうだ。
「殺す!」
「なら殺してみなさい。貴方は殺すといっても殺せていないです」
「うるせえブス!」
「わたしはわたしの容姿が美しいな方だと自覚しています」
「黙れ黙れ黙れぇ!」
賢者の方はかなり激昂して理性的な攻撃ができずにいる。火力はどんどん上がっていっているが初めと違って狙いが読みやすく防ぐのも楽になっている。招待客を狙って明来の行動を制限しようとしていた姿は欠片もなく、明来だけを集中的に狙いそのすべてを濁流の渦に飲み込まれて更に激昂するのを繰り返すばかりだ。
「愚者、とやらもほとんど片付いたようだぞ」
「明来様の娘さんが賢者とやらを抑えてお陰で安全だわ」
「護衛も戻ってきたしもう大丈夫だな」
三人の賢者は倒せては居ないが護衛複数人と明来がそれぞれの相手をして狙いを集中させてくれているから弱い愚者を倒しきった護衛たちが続々と招待客の集団を守るように戻ってきて安全が保証されてきている。
だけど私の悪寒は続いていてまだテロ組織の手が潜んでいることを感じさせる。
それに賢者には自爆機能が備わっているから、明来にも伝えたいけどこの状況で声を出すのは敵に伝わりそうで抑えないといけない。なので明来に渡しておいた通話の魔道具に連絡して自爆機能があるとと伝える。明来も護衛たちも気付いているから適度に距離を取って戦っているから心配はないと思うけど一応の連絡は必要だ。
ピコン
「はい」
『賢者は自爆機能があるよ。気を付けて』
ピッ
「分かってますって」
明来の戦闘は濁流によるものだから攻撃となると打撃で叩き飛ばすか窒息させるかで直接殺す手段に乏しい。魔術を使えれば弱点を補いながら戦えたが結婚式の衣装の下に戦闘用の魔道箱を持つわけにもいかないし、もし襲撃されても護衛がいるから大丈夫だと言っていた。
向こうの護衛たちは交代しながら賢者の体力を削っていっている。
明来は賢者の狙いを集中させて攻撃をすべて飲み込むことで一人で押さえつけているが、護衛たちの方は誰かが特出して上手いわけではなく連携で制圧する形を取っている。
賢者の使う魔術の種類にもよるが、明来が相手している炎の賢者は熱量が高いのと明来の護衛と連携して討伐しよう取る意識がないせいで護衛が邪魔にしかならず、優勢だが勝てない状況になっている。櫻井サンが持っているような銃の魔術を使える人が護衛の中に居たら良かったのだが残念ながら居ないようだ。
「濁流、渦巻き」
「魔術、獄炎!」
明来は増やして分裂させた濁流を一斉に賢者へと取り囲ませ、賢者の出した炎は幾重にも回転する層の濁流に当たって飲み込まれるだけで脱出に効果的なものではなかった。
これで最後と言わんばかりに回転する濁流は賢者を勢いよく飲み込み球の中心で渦の流れに押し留めながら溺死させようとしている。
賢者も最後の力で抵抗するがおぼつかない手足で無酸素の泥水を突き破る力はなく段々と力は弱まり力尽きた。
「結局自爆しませんでしたね。本当に自爆機能はあったんですか」
「うん、あったよ。細かい条件は見れなかったけど近代東部呪術の生命を魔力変えて枯老しながら外へ発散させる術式だね」
「なんで発動しなかったか分かります?」
「大きな理由は条件を満たしていないからだと思うよ。一定の範囲に人間がいることだったり魔力が不足することだったりね」
「今回は迅速に制圧したのが功を奏しましたね」
「まだ終わってなさそうだけどね」
護衛たちも賢者を制圧して、比較的招待客の近くにいた明来が私のもとへ戻ってくると助言を求めてそれに答えていた話を聞いていた招待客がまだ終わってないの言葉に強く反応した。
真っ先に動いたのは明来の父親で詳しい説明を求めてきた。
「紫くん、まだ襲撃が終わっていないとはどういうことかね。増援がまだあるのか」
「ありますね。テロ組織の目的が結婚式の参加者全員の殺害だとすると戦力が足りません。賢者の戦闘力は高いですが圧倒的ではないので低圧される可能性が高いです。現に制圧されてしまいましたしね。あと、これはただの感ですが近くに賢者がいます」
私の言葉に周りの招待客は一瞬ざわめいたが護衛たちが安全ですと言ったおかげて収まった。
だけど私の感触は賢者がいるような気がしてならなかった。魔法が使えたときのようだが初訓練の日から使ってない魔法を試してみたいが、あの時みたいに歯止めが効かなくなってしまうかもしれないから止めておいたほうが良いだろう。
「魔道具を使ってみても構いませんか?」
「許可する」
「待ってください。この子供に何が出来るのですか。もうすぐ軍が到着するのでそれから残りがいないかを見つければよいではないですか」
それでは間に合わないから今ここで索敵をする提案をしている。懸念事項があって賢者、もしくはテロ組織が技術的に不可能じゃないと知っているから魔道具を使って調査をしたいのだ。
明来の父親もそれが分かっているのか、ふぅと溜め息を付き護衛と周りに許可をする根拠を説明してくれる。
さっきの護衛の発言は懸念が分かっているからじゃなくて、子供が出しゃばって周囲を混乱させたと捉えたからか。守るだけだったら優秀だけど柔軟性はないみたいだ。
「この女性は私の娘の同級生で成績の最優秀者だ。アルトアプテアというテロ組織が寄越した刺客を探す手段があるため依頼している。私と同じ懸念を抱いているならばほんの数分でも軍の到着を待つわけにはいかんのだ」
「御空学園五十二期生の水瀬紫と申します。時間が惜しいので説明はこれまでにして調査に移らせていただきます」
私は身体の魔道具を起動させて拘束してある賢者と同じか似通った魔力を持った生物を探し始めた。魔法が使えなくなって不便に思っていた時に母と一緒に改造した魔道具で、知識の回収や感情の共感は出来ないが、対象と指定して似ている魔力を探せる魔道具は自分の魔力と似ている魔力としか共鳴出来なかった魔法と比べて融通が利く。
「いた。そのベレー帽の男性と捕らえて!」
「捕らえろ!」
「分かりました」
私の懸念は見事に的中して、招待客の中に賢者が隠れているのを発見できた。
だけど向こうもバレると理解していて制圧のために飛びかかった護衛たちを躱す。賢者たちの魔法技術は魔術科の一学年位はあったが身体能力と戦闘技術はいまいちだった。だけどこの賢者は身体の動かし方を分かっている。走る姿勢がきれいだし周囲の様子も見れて落ち着いている。
魔法だったら細かな共鳴度合いも判別がつくけど魔道具はそうもいかない。繋がりがはとこくらいまで離れていたら魔道具で判別できる違いが表れるけど、同じ遺伝子を基礎として編集しているクローンにそこまでの違いが表れるのは難しいだろう。
「ハハッ、こっちだよノロマめ」
「そちらから回り込め!」
「魔術使います!」
中々捕まらないが軍ももうすぐ来る。心配はもうないと思っていたのが良くなかったのかもしれない。
護衛の殆どは攻撃をギリギリで避ける賢者を捕まえるのに苦労している。
明来は元いた護衛の代わりに、逃げ待っている賢者の攻撃が飛び火を防ぐために魔法を発動させている。
両親と新婚夫婦は招待着を落ち着けながら軍の到着を待っている。
私は胸に仕舞っておいた認識阻害の魔道具に魔力を流し続けていた。
ドスッ
嫌な音がして腰から腹にかけて鋭い痛みが走る。
断たれた神経は一瞬、腹から腰に向かって刺されたと誤認したが、私の前には誰もおらず下を見れば血に染まったナイフが左腹から突き出ている。
もう賢者はいない。安全だと思い込んでしまった。
魔道具は魔力をが共鳴するかどうかを確認できるだけで、私の魔法みたいに感情までは共鳴させることは出来ないのだった。
「もう安心だよ」
その言葉とともに私は食べたばかりの胃が引っ繰り返るほど酷い吐き気に襲われ、視界は暗転し声を出す事も出来ず身体全体を引っ張られる感覚を受けた。
人生の終わりにしては呆気なく、腹の痛みだけが生きていると実感させられた。
賢者と戦闘
紫が拉致
軍は無能




