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オルカトゥルカ  作者: lien-sh
二学期
43/44

記憶42:紫の物思い

 私が言えたことではないが、人間を模した物が人間に感心を示すのは、自身の足りない部分がもっている人間が憎いからだ。

 いや、憎いだけじゃないかもしれない。だけど感心を示すのは変わらない。

 人間を模した物が人間に向ける感情には憎しみか、興味か、怒りか、恋か、怨みか、友情か、色々ある。感情以外にも人間を殺したり食べたり調べたりするように義務付けられているのかもしれない。



 人の形を模した呪術は南部が最も盛んだが、その殆どは人間の廉価(れんか)物として扱われる。

 遠距離から魔術を発動する呪術では対象となる人間(確か動物でも良かった気がする)、人間の身体の一部を素材に人っぽい物を作ってそれを媒体にすることで遠距離の魔術を正確に発動させる。

 眷属を作成したり生き物を使役したりする呪術にとっては、自身の身体を使って呪術を発動すると紐付けが強固になって、筋力や器用さの上昇や意思疎通のしやすさや魔力の負担を減らしたりなどの様々な恩恵がある。


 人間を超えるものを作り出す呪術としては錬金術がある。クローンを作り出す技術と似ているが根本が異なるため分類するときは離れた分野として扱われている。

 錬金術は南部地域の中でも中央聖国に近い地域で発展してきた呪術で、錬金術が発展していた国が南部地域へ侵攻しようとする中央聖国の防波堤になっていた。小国の集まりだった南部地域が、魔術を得て勢いづいた中央聖国に飲み込まれなかったのは、既にそこそこの発展をしていた錬金術の国の前身が、錬金術を得て防波堤の役割を全うしていたからだ。

 錬金術の国は横に伸びていて、西と南を区切る大湖と東と南を区切る巨大渓谷の終点までを国として治めていた。そして錬金術の国は大湖派閥と渓谷派閥の二つの派閥に分けられていて、それぞれ別の方向で錬金術の終着点を目指していた。


 まず錬金術の終着点というのは、不死になることだ。

 死ぬことを恐怖した人間が死なないための方法を模索したのが錬金術の始まりで、そのための過程で錬成し生まれた副産物が国を豊かにしてきていた。錬金術の終着点を目指す者を錬金術師と呼び、国が抱え込んだ少数の錬金術師たちが探究の過程で作り上げた物が、下請けの錬金術を使うが終着点の探求はしない大勢の者たちで錬成されていた。

 仕事量と給料の釣り合いが取れたなかったり、身分の上下の扱いだったりは当然不平等なものだったが、それはそれとして不死になる方法は二つあるとされ、どちらの方法で錬金術の終着点を目指すかで派閥が分かれていた。


 大湖派閥が選んだ方法は賢者の石(メルティタ)と呼ばれる素晴らしい物を作り出し、その圧倒的な力で不死になるというものだ。

 賢者の石は数多の素材を正しい組み合わせと手順で錬成し、豊富な魔力と強い意思によって完成する。その効果は賢者の石と完成させた本人が一体化することで、人間の能力を逸脱して不死となり、賢者の石が持つ圧倒的な力を強い意思の下、自由自在に行使できるようになるらしい。

 賢者の石には人間を不死にする以外にもすべての病と怪我を治す薬としての効果もあるらしく、人間が死ぬ要因を全て癒やしてしまうから不死と呼ばれていたのではないかと考えている研究者もいる。

 賢者の石が人間を不死にする方法は、同化して人間を辞める説が一般的だが、強力な治癒能力で死ななくなる説もあるにはある。


 もう一つの渓谷派閥が選んだ方法が人間を超えるものを作り出す方法で、完璧な人間のホムンクルス(エルタ・ルギィイス)というものに魂(魔力)を移すことで不死になる。

 ホムンクルスは人間の手で作られる新しい生物で、隣国で敵対国の中央聖国の信仰対象の神に対抗して人造の神と呼んでいた。当然ながら中央聖国は大湖派閥よりも渓谷派閥の方をより敵視していて、分断工作も記録に残っているだけでも二十はある。隠蔽されたものや効果が出なかったものを含めれば、百は必ず超えていると思う。

 ホムンクルスの作り方は賢者の石以上に複雑奇怪だと分かっていて、騙しと消失した資料のせいで賢者の石以上に判明していることが少ない。科学技術を使ったクローン作成とは異なる培養方法だったことは錬成過程を書いた絵で分かっているが、ありえないつくれない方法だったために今でもホムンクルスに関しては謎に包まれていることが多い。


 私のように科学技術で作成したクローンは、性能が殆ど同じになる。

 魔力技術で作り出した人間の廉価物たちも、性能は殆ど同じになる。

 人間に利用される生き方が作られたときから決まっているのは不幸か幸福か、私に決める権利はないけれど、私にとって産まれた時から生き方が決まっているのは不幸で不満だった。

 だからそれに満足して幸福を感じていた姉妹たちのことが嫌いで嫌いで仕方がなかった。同じ遺伝子から作成されて全く同じ教育環境のはずなのに、ここまで性格に違いが出来るのは不思議なことだ。性格を決まる要因は先天的なものと後天的なものがあるらしいけど、どちらもが同じはずの私と私以外の姉妹が反対の感性を持っているのはなんでなんだろうか。

 まあ、今となっては全て処分されているから確かめようがないのだけど。




「帰りました」

「明来おかえり」

「何してたんですか?」

「考え事」

「暇なんですね」


 寮にある私たちの一室は頂点から降り始めた太陽の光が差し込んでいる。

 椅子の背を傾けて物思いに浸っていた私の耳に扉を開ける音がして、講義をしていたルームメイトが帰ってきたのだと分かった。

 今日は休日でもないのに訓練が休みで、午前中に講義をするだけで一日の内容が終わってしまう。

 明来は講義で使った教材を机の上に出して、宿題に使うものと明日の講義で使うものに整理している。

 部屋に一人の暇つぶしに考え事をしていた私は、部屋にもう一人が入ってきたら物音で集中が切れるのと会話をしたい欲求で一旦考え事をやめた。


「最近訓練がないことが増えたよね。私としては明来が早く帰ってきてくれるから、一人の時間が減って嬉しいんだけど」

「その分、訓練がある時の内容が前よりも厳しくなっていますし、自主練習でやる課題も増えましたよ」

「良いことばかりじゃないんだね。でも槙と楠は喜んでそう」

「槙さんは訓練の時間が減って喜んでいますけど、楠さんはどうでしょう」

「身体を動かせなくて不満なのかな?」

「あぁー、そうだと思います」


 テロ組織の活動はしばらく鳴りを潜めていて、軍の警備も少しずつ弱いものへと変わっている。

 でも犯行声明を大々的に宣言しておいて、その目的を殆ど果たさずに活動を止めるのはおかしな事で、テロ組織の本拠地や次にする行動を探りながら警戒は続けている。

 

「人も少なくなって大変らしいね」

「ギリギリだったのに更に拍車がかかって休む暇もないそうです」

「刺激がない生活は心を腐らせるからね。こうして気になる情報を運んでくれるのは助かるよ」

「身体は大丈夫なんですか?」


 明来はそういって私が隠している左半身を覗いてくる。

 寮の生活だったら私服で過ごすのが普通で、部屋の中だけだったら寝間着で過ごしても構わないだろう。だけどそれでは見られたくないものが見られてしまうから、緩くて袖の長い服を着て左足と左腕は極力外に出さないようにしている。


「早くテロ組織が無くなれば良いんですけど」

「テロ組織だけ消えても意味ないよ。テロ組織に使われているクローンの数を減らさないと症状は治らない」

「困りましたね」


 私の左半身には特別授業の時に出会った母子が変貌した溶けた肉の表皮に似たものが浮き出ている。

 始めのうちは赤紫色の筋が数本腕に出ているだけで、たまたま不健康そうに見えるだけなのかと思っていた。それが数日のうちに左腕の指の先から肘まで溶けてたように爛れていった。

 母には直ぐに相談したが見当がつけられないみたいで講義と訓練を全て休んで待機するよう命じられた。


「切り落としたいな」

「やめてください!怖いですよ」

「冗談だって。再生には季節一つ分くらいかかるし、魔道具を万全に使えるようになるには二つか三つ分は必要だからね」

「そういうことではないのですが」


 明来はため息を付いてベッドに腰を掛けた。改良を施した私のイスとは違って明来のイスは四つ足のすべらせて移動が出来ない方だから、疲れて今に休みたい時はベッドに座るほうが楽なのだ。

 私のことは体調不良として扱われている。

 これまでと違って入院ができる怪我じゃないし、検査をして原因を究明するのは不必要だ。これの原因は想像がついているのだ。いや、想像というよりから感じ取れるのほうが正しいかもしれない。


 明来は制服を脱いで寮で過ごす私服に着替えているからこっちを見ていない。

 これを機会にブカブカの布で覆い隠した左腕と左足を眺めてみて、手首足首の関節を回してみる。

 皮膚が溶ける前と同じ感覚で動かすことが出来るが、手のひらを握りしめるとグチャッとした感触とともに剥がれた肉の一部が服の上に落ちた音が聞こえる。

 気持ち悪いと思いながらもこれの原因とつながっているこの状態を良いなとも思っている。

 心の深くでは懐かしくもっと触れていたいと感じてしまう。それが積み重ねてきた価値観と相反していて拒絶の意を強く示してしまう。


「あと少しで冬休みに入りますから、私は実家に帰りますけど、紫は帰れるんですか?」

「難しいかな。左半身の原因は分かっているけど、いつ症状が悪化するかは分かってないからね。安全のためにも冬休み中は御空学園の敷地内で過ごすことになるかな。まぁ、テロ組織が活動している間は外に出たら厳罰なんだけども」

「…連絡しますよ。退屈させないように」

「ありがと。明来もゆっくり身体を休めてね」

「それは難しくなったんです。姉様の結婚式が行われることになって、ついでにわたし達姉妹の社交会も合わせて行われるんです。準備を大急ぎでしないと間に合いませんから、ゆっくり疲れを癒やすどころか、どっさり疲れが溜まることになりそうなんです」

「冬休みはのんびりしてるって、言ってなかったけ?」

「私も昨日伝えられたんですよ」

「なるほどね」


 昨日の午後は母の部屋に薬を貰いに行って、その流れで検診もしてもらった。

 検診の結果が出るまでの間は、母の講義で使う道具の調整や課題のレポートの添削をしていたからそれなりに時間が経っていたはずだ。一訓練生が講義の内容や他の訓練生の成績に関与して良いのか問題はあるけど、暇をしていて手伝えて信用できる人がいる状況で母が黙って放置しておくはずがないのだ。

 明来が帰ってきたお昼から本を一冊呼んでから向かって、寮に帰ってきたのが母の部屋の近くにある食堂で夕食を食べた後だ。夜に帰った時には明来は夕食を食べていて、髪も濡れていなかったからお風呂にもはいっていなかった。それで邪魔をしないように部屋に戻ったそばからベッドで眠りについた。だから昨日は明来とあまり話していないのだ。


「結婚式って家族なのにギリギリまで知らされないものなの?出たことがないから分からないんだけど、冬休みまであと九日だよね」

「いえ、一年以上前から参加者に声掛けしている人達もいますし、予定が立ちづらい人もいるので一ヶ月も準備をせずに結婚というのは非常識です」


 自身の姉なのに酷い言い様だけど、明来がここまで言うってことは余程非常識な結婚式なんだろう。私たち訓練生や学校に行っている生徒なら無理矢理でも参加できるかもしれないが、母や園原さんみたいな職業に就いている人は簡単に休むことが出来ないから苦情もある。

 それに明来の実家は大企業だから呼ばれて参加しないわけにもいかない。明来が怒るのも納得できる。


「そもそもなんで急に結婚式をすることになったの?」

「姉様には婚約相手がいたんです。私が御空学園を卒業して妹も学園に入学したら、晴れて結婚式を開催するつもりだったんです」

「待って、明来の姉の結婚相手は婚約者じゃないの?」

「運命の愛を見つけたとかで結婚式を急にしたわけじゃないんです。ただ婚約者が好きすぎて『四年も待っていられない、テロ組織が活動して世間が暗いから結婚して明るくしよう!』と婚約者の画策してこうなりました」

「まあ、うん」

「それで紫にも私の友人ということで招待状があるんですが、来れますか?」


 うぅーんと唸ってしまう。行けない事はないのだし、明来には日々お世話になっているから姉にも挨拶しておきたい。

 表立って参加することは出来ないが、こっそりと抜け出して参加すれば分からないだろう。母は協力してくれそうで、バレたら凄く学長に迷惑がかかるが私は物凄く行きたい。


「うぅーん」


 もう一回唸って見ても考えが纏まらないから、母に相談することにする。

昔は魔術を利用した文明の発展が一般的でした。

こちらの錬金術のようにほぼ間違っているがなんやかんや上手くいって硫酸が作れた、とかではなくてキッチリとルールに則って行えばだいたい科学と同じ様になる原因が魔力です。

それでも紫たちが暮らす時代に科学が浸透しているかについては理由があります。

いづれのレ

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