記憶4:紫の魔法訓練
、、ブーーン、、、、ブーーン、、、
目覚ましが振動しその音で目が覚める。
もう朝かと思い寝ぼけ眼を擦ろうと腕を動かせば、布団の外の冷気に晒されてこれは危険だ察知して引っ込める。
この部屋は家の部屋とは違い日光が十分に当たらないから朝が冷え込んでいて、ただでさえ寒いのが苦手な私に辛い作りになっている。
それでも振動を続ける時計だけでも止めなければ二度寝だって出来やしない。
勇気を振り絞って腕を外に出し勢いよく時計を掴む。
そしてすぐさま布団の中へと引きずり込み停止させるボタンを押す。
この時計が体温で冷たくなくなったら外に出ようと心に決めて体を丸め込みながら布団の暖かさを堪能する。
まあそんな決心は無常にも同室の人間によって剥ぎ取られ、布団に包まりぬくぬくとしていた私を夜の間に冷え切った空気が突き刺す。
「おはよう亜来」
「おはようございます紫」
入学式から数週間経ち、毎朝寝坊助の私を亜来が無理矢理起こすのが習慣となっていた。
初めのうちは軽く声を掛けるだけだったのに随分乱暴になってしまった。
「相変わらず朝起きるのが早いねぇ、亜来は」
「早いことは認めますけど紫は目覚ましの鳴る時間も起きる時間も遅すぎです」
母よりも母親をしている亜来はどこか弟の紫を思い出させてつい年下に見てしまう。いや実際その通りだし身長も声も私のほうが幼いのだが普段の生活の慣れは恐ろしくお姉さんな亜来を妹のように感じる。
「今日の朝食は何でしょうね」
「う~ん、私はご飯が良いけど」
「わたしはパンですね」
初日の夕食はどっちも選ぶことは出来たが、特別でない日は私たちの健康を考えて作られた食事が出される。亜来とは食の好みが分かれているから毎食ごとに好きな方が出てくることを願っている。
「朝食は〜、パン!」
「わたしの勝ちですね」
だけど食べやすさからかバランスの取りやすさからか、パンがメインの食事が圧倒的に多くご飯は初日を除いて一回だけだ。
これは横瀬さんに相談してご飯の回数を多くして貰おうかと考えたが、亜来に横瀬さんは食事には関わってないから相談しても意味ないと言われた。
母の仕事も食事には関係ないし他の知っている人も同じだ。
だから諦めて少しでも多くご飯が出てくることを願うしかないのだ。
「早く行きましょう!今日はいよいよ実践訓練の日ですからね」
「早く到着しても訓練の開始時間は変わらないよ」
「それでも楽しみじゃないですか」
入学してからの内容といえば魔法魔術の歴史や分類などの座学が半分、魔法魔術を使わない訓練が半分でずっと退屈だった。
座学は毎回夢現になって眠ろうとしたが、隣の席の亜来に突かれてしょうがなく起きていた。
魔法の迫害や栄華の歴史、魔法から魔術が生まれるまでとかどうでもいいのに、役に立つかもしれないからと肘で突いてくる。
まだ本格的な講義は始まってないけど、ほんとに必要なのか疑問に思うのは私が学校嫌いなのと将来がもう決まっているからだろう。
訓練は入学したての状態を測る基礎体力テストが行われた。それが終わったら魔法を使う訓練に移るから訓練のたびにまだかまだか嘆いていた。
基礎体力テストは軍事学園だから項目が多く、内容も義務教育でやる簡単なものから軍隊で実際に行うものまで幅広くやった。
亜来の記録を盗み見ると平均の少し下くらいだった。それでも他の魔法科の学生よりかは上位にいて、平均以上の体力はあるみたいだったが軍隊の訓練について来れるほどではなかったらしい。
亜来の記録でも上位になれるのはこの基礎体力テストが全国の軍事学園共通で、重歩兵科とかの体力がある兵科も受けるためだ。
だから魔法の才能と戦闘中にバテない程度の最低限の体力があれば良い魔法科の記録は、平均を下回って当然なのにそれに近い記録を出した亜来は優秀なのだ。
ちなみに私は全てのテストを高水準で突破した。日陰で休んでいた奴らから驚愕の眼差しで見られたし、亜来からも体力バカと言われた。解せない。
魔法訓練がまだ始まる時間には早いため訓練場には私たち以外に人はいなかった。何人かはいると思ったがどうやら一番乗りだった。
この訓練場は今までの訓練場とは違い、魔道具で全体が保護されている魔法科専用の訓練場だ。
ここでは仮に魔法が暴走したとしても、仕掛けられた魔道具が展開している防護膜で被害が抑えられるし放出された魔力を吸って魔法の勢いも弱まる。
立っている場所の反対側には弓道やアーチェリーで使う丸がいくつも重なった的が立てられていて、あれも魔道具だからちょっとやそっとの魔法ではびくともしない。
隣には大きな岩がありあれは、、、たぶん壊して威力を測るのかな。
「チッいんのかよ。 ガキども、まだ訓練の時間には早いぞ」
訓練場を見渡していると後ろからタバコの匂いと一緒に声を掛けられる。聞き馴染みのある面倒臭そうな声をしていて誰だかすぐに分かった。振り返り目が合うと教官は驚いた表情をしたが、亜来を見ると納得したように頷いた。
「タバコ一本くらい吸う時間はあると思ったんだがなぁ」
「教官殿、この学園は全域禁煙のはずです。見本となるべき人が進んでルールを破るのはいけないことです。少し遠いですが喫煙所はありますので、そちらで吸ってきてください」
至極真っ当な亜来の言葉は残念ながらヤニカス教官には届いておらず、適当に分かった分かったと言いながら吸い続けている。
二人の性格を知っている私は、何となくこの展開が読めていたから予想が当たって頬が緩んでしまった。
いけないと急いで表情を戻して、久しぶりの挨拶と初めましての挨拶をすることにする。
「久しぶりです園原さん。学生としては初めまして園原教官。水瀬紫といいます。魔法科の一回生で今日の魔法訓練を楽しみにしています」
「うっっわ、お前の敬語とかマジ出来待ち悪いわ。でも社会性は成長したみたいだがまぁ、、」
そう言って私の頭から足までジロジロ見てくる。亜来の方も見るとフッと鼻で笑った。
怒りが沸々と湧き、ぶっ飛ばしたくなるが魔道具を持ってきてないから魔術を使えないし、肉体戦も体格や筋力で圧倒的に不利だから難しい。
後で覚えておけよクソ野郎。
「初めまして園原教官。私は亜来桃と言います。もしかしてですけど紫は園原教官とも知り合いなんですか?」
「おぉそうだぞ。こーんなちっちぇ頃からなって言いてえところだが、身長は全く伸びてないみたいで比べらんねえな!あーはっはっはっはー!!」
魔法科だけでなく魔術科まで教官を務める園原司は退役軍人で、いつでもどこでもタバコを吸い大きな高笑いと人を弄る癖があるが実力は確かで、軍人時代は狂笑の人でなしと呼べれて敵味方に恐れられていた。
魔術を的確に操り、確実に相手の息の根を止める。銃やナイフはもちろん毒物の扱いにも長けていて、軍隊同士の戦いではトップの成績だったらしい。
真実か怪しいが右膝に矢を受けまともに動かなくなったことで軍人をやめ、御空学園の教官になり未熟な学生に戦場で生きてゆける訓練を施している。
そして私に魔術の可能性を教えた師匠だ。
ひゅるるるるる~〜〜
どんっ!