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オルカトゥルカ  作者: lien-sh
二学期
37/56

記憶37:紫と暗い場所

 私が見るのは悪夢とばかり思っていたけど、このお昼寝で見た夢は母の愛を感じさせるものだった。

 人間が夢から覚めれば自然とまぶたを開けて、自分の眠っていた場所を確認し始めるだろう。

 私は母に寄り添って眠っていたと思うのだけど、目を覚まして見えた景色は電灯にチカチカと照らされた廊下のベンチに横たわっているものだった。

 この怪しさ満天の建物がなんだとしても私が安心して眠れるくらいの安全はあるし、眠る前の出来事から多分軍の施設だと予想できる。



「んんぅ」


 もぞもぞと体を動かして横たわった体勢から座った体勢に移そうとしたところで、身体に掛かってたブランケットが床に落っこちた。

 それに眠っている間に寝返りをあまりしなかったせいか、一箇所に溜まりすぎた血液が全身に均等に流れ始める感触がして目眩と少しの気持ち悪さがある。

 それも胸を張って頭の後ろで腕を組んで背筋を伸ばせばすぐに良くなる。


「よくねた」


 左向きに寝ていたから体の下にある右腕の痺れだけはまだ解消してないけれど、手を振っていればそのうち良くなるから今はこの状況の細かい情報が欲しいところだ。

 眠っている内に拉致された可能性も無きにしも有らずだから、困った時の情報収集には人と話すのが一番だ。まあ縄で縛られてないし、監視する人もいなくてカメラも最低限で、放置する場所も部屋じゃなくて廊下だからその心配は全く無いけども。

 それでも人と会えばその人の反応や話す内容である程度の立場や状況が読み取れる。会話が出来れば更に詳しい情報を抜き取れるからまずは人探しをする。


「魔道具、展開型... やめとくか」


 魔道具を使って人探しをらくしようと思ったけど、ここは推定軍の施設だから許可されていない魔道具を使ったら排除認定をされるかもしれない。

 感知システムの種類にもよるから、回路魔術の反応を検知する魔道具だったら改造された回路魔道具を使う私の魔道具の発動は感知できないけど、肉体から離れた魔力を感知しているなら魔法でも魔術でも関係なしに感知される。

 一般的な感知システムは前者の発動した魔術の検出だけど、軍の施設だったら魔力感知のシステムでも問題ないから、魔道具を発動する危険は冒せない。

 外の世界だったら魔力を放出する魔道具を付けている人が魔法に変質した人以外にも一定数いるから、放出の魔道具で肉体から離れた魔力にも反応する魔力感知のシステムは外だと誤作動が多くて人気がない。

 軍の施設ならそんな事は少ないから魔力感知のシステムを使っても誤作動は少ないけど、うっかり魔術を発動した人にも反応するからやっぱり人気がない。

 登録した魔力紋以外に反応するシステムもあるけど、それはかなぁりお高めで常設することはとても難しい。御空学園には一つしかないし、機密の多い慶雲学園にも三つしかないくらい貴重だ。


「誰かいませんかぁー」

かぁー かぁー かぁー・・・


 声を上げてみても私の声が木霊するだけで他の人からの返答はない。

 廊下には十メートル毎に扉が設置されているけど、どれも鍵がかかっていて中から音も聞こえないから誰も使っていないことが分かる。

 一通の廊下は部屋が四つとベンチが置かれるくらいの長さで、角を曲がればまた同じ光景が見えてくる。


「階段だ」


 廊下の角を四回曲がれば元いた場所に戻ってきて、私のねていたベンチの近くに階段があったのを発見した。

 寝惚けていて周りへの注意が散漫になっていたから今度からは気を付けないといけない。監視カメラは角に設置されているから私の無駄な巡回が見られてしまうと思うと恥ずかしい。

 けど多分大丈夫だ。多分だけど大丈夫だ。


「上、下、どっちだろう」


 今は恥ずかしさで悶えるよりも、人に会えるのは上か下かで悩んだほうが有意義だ。

 情報は皆無に等しくて、どっちからも物音は聞こえない。


「上に行くか」


 この施設の構造を把握している訳ではないけれども、廊下を照らす明かりが電灯だけのここは地上じゃなくて地下だろう。そうじゃなくとも周りに太陽からの光を遮る物があるのは確実で、手っ取り早く太陽を見るのは上に行くのが正解だ。

 下に何かがあったとしても、私が放置されている時点で重要秘密などが無いことは決まっている。私の出自と身分を明かすわけにもいかないから、自由に出来て休める場所に眠っている私を置いたんだと思う。


「母はなにしてるかな」


 軍の要請と溶けた肉の情報伝達をして、母の普段の身分だとそんな権限はないから事情聴取している。

 形式だとしても面倒なことには変わりがなくて、隠すのもそこそこ労力がいる作業だから出来る限り軍と関わりたくはない。

 嫌いな訳では無いし、数年後には軍隊に配属されるのだから拒絶しているわけでもない。ただ軍に配属されることが私にとって違和感と忌避感があって、うまく軍人として働く自分の姿を想像できないだけだ。

 将来の選択肢だったら母と父親の研究室で研究員として働くのもありだとは思うけど、それはなんだか私の知識で可能でも私の責任感や罪悪感で続けられる気がしない。

 軍人になったら寿命の管理も難しくなって、人よりも短い寿命が更に短くなると分かっていても、私は私の生き方をこれ以上縛られなくない。

 やりたいことをして幸せになりたいわけじゃなくて、私の価値観が軍人とかの戦う仕事にしか合っていなくて、もしかしたら研究者として生きる道もあったかもしれないけど、私はそれを選ばないし選べなかった。



「お、光だ」


 一つ上の階で人がいる気配を感じ取れたけど、どれも廊下に出ているのではなく部屋の中で黙々と作業をしている感じがったから遠慮しておいた。

 二つ上の階も同様に部屋の中にいる気配だけで、外にいる感じではなかった。でも階段まで声が聞こえていたから下の階よりも煩い。

 三つ上の階でようやく太陽の光を拝むことが出来て、廊下に窓が付けてなくて照明が電灯だけだった下三つとそれ以下と比べると、開放感がまるで違っていて出来ることならこの階で眠っていたかった。


「誰かいませんかぁ」


 廊下に窓があって壁が地面に埋まってないから発した声は地下ほど反射ない。

 歩いてみなくても四角く廊下が回っていたさっきまでの構造とは違っていて、学校の校舎みたいな造りになっている。御空学園よりも学校のほうが構造が近いと感じたのは、端から端まで通った廊下に教室がくっついているのが似ていたからだと思う。

 御空学園廊下で繋がった箱の中に講義する部屋がある構造で、兵科や科目の移動や外への出入りがしやすくなっている。


カッカッカッ


 返事はないものの革靴の硬い音を立てて歩いてくるのが聞こえてくる。

 革靴だと訓練の時に動きにくいから書類仕事を専門にしている軍人、軍人?の人が私の声に気付いて向かっている。

 書類仕事のために軍に所属したら一応軍人と呼べるのかな。もしそうなら軍人だけど非常時以外戦わなさそうだし、寿命管理も簡単になりそうだな。まあやらないけども。


「何故ここに子供がいるんだ。侵入者か、それなら声は…とにかくついて来い」

「まずは名乗ったら?」


 想定外だという顔をそのまま貼り付けた表情をして、驚きのあまりに次の言葉を発しなかった。

 私はこの人に聞きたいことがあるから待つけど、そうじゃなかったら声を掛けられた瞬間に魔道具を発動して退治していたと思う。


「何故俺から名乗らなければならないんだ。俺は軍人で身分が不明なのはお前のほうだろう」

「…代替品よりも唯一が価値が高いのは当然のことでしょう」

「子供の相手は嫌いなんだ。良いから早くついて来い」

「そう言われると行きたくなくなるのは人の(さが)だね」

「ふぅ」


 焦げ茶の髪と瞳の彼は私に対する怒りと面倒さと見付けてしまったことへの責任感で、それらのどれともいえない全部と混ぜて付けたかのような表情へと変わった。

 身長は園原教官と同じくらいで東雲教官ほど大きくはない。軍服を身に纏っているが土埃やほつれなどはなく、初めの予想通り書類仕事を専門とする軍人なのだろう。

 それなら私を知らないこともあるかもしれない。一般的な軍人なら巡回や移動とか出会うかもしれないから連絡するけど、部屋にこもって仕事をする軍所属の人たちには緊急だったし遭遇する可能性も低いから連絡しなかったんだと思う。

 だからこの人は何も悪くないんだけど、私が面白そうと感じてしまったから、精一杯からかって弄り倒してあげよう。そのうち必要な情報が集まるか私のことを知っている人に合うまでの時間潰しになってもらおう。地下から上がるまで一人で話し相手がいなくて退屈だったから。


「俺から名乗る。根岸だ、根岸翔。首都第三基地執務室室長の根岸翔だ。さあ俺が名乗ったのだからお前も名乗れ」

「うん、そうだね、相手に名乗られたら自分も名乗らないと失礼だよね。私の名前は水瀬紫。軍事大臣の孫だよ」


 さっきの表情からまた変わって、今度は一番の上司の孫だってことへの驚きと礼儀が欠けていたことへの焦りと騙されたことへの屈辱感が入り混じって、継ぎ接ぎなった顔に変化した。

 ほんと表情がコロコロ変わる人で弄り甲斐があって、他の人に見つかるのはもう少し遅くなってもらいたいくらいだ。


「この緊急時に...頼み込んで見学しているというわけか?まぁ少し暇していたし俺はこの基地の内部のことならそこそこ詳しい自信があるから案内してやれるぞ」

「ならお願いしようかな。お昼寝してたら周りに誰もいなくなっちゃったからね。困ってたんだ」

「任せておけ。行きたい場所はあるか」

「まずはお母さんと合流したいかな」

「そういえば母親も来ていたか。場所は探してやるから部屋に来い」


 ゴマをすっても根は真面目なのか案内は丁寧だ。言葉使いは敬語にならずに荒っぽいままだけど、警戒心は薄れて私の要求も通るようになった。


「そこで待ってろ」

「魔道具を使っても平気?」

「この建物では駄目だ。外だったらシステムも反応しないが、ここにはお前が頼み込んでも見せられない情報もあるからな」

「そのくらいの分別はあるよ」


 気になっていたことを聞けたから良かったけど、母はなんて場所に私を寝かしておくんだ。

 この建物じゃなくとも女性軍人用の宿舎とかを借りて寝かしておいても良かっただろうに。

 危険のない場所としてはありだとは思うけど、子供を一人寝かしておく場所としては全くの不正解だ。


「そういえば本当に軍事大臣の孫か確認しなくて良かったの?」

「今している。それにどちらだとしても俺のやることは変わらん」

「なるほどねぇ」


 私が本当に軍事大臣の孫だとしたら案内しなければ首が飛ぶから、行きたい所を聞き出してそれを調べるためと執務室に連れ込む。嘘をついていたならばここの調べれば分かって侵入者と判断できる。

 嘘でも本当でも執務室に連れ込む行動は変わらず、そこから判断をすれば何も問題なく次の行動をできる。

 殺されたとしてもシステムが反応するし、ここに重要な情報があるという簡単に知れる内容しか私に伝えてないから漏洩の心配もなし。この人結構有能だ。

 でもそうなると角にしか無いように見えた監視カメラも隠されたものが大量にあって、私が起きたことも階段を登ったことも無意味に一周したことも知られているのかな。そうだとしたら恥ずかしいな。


「軍事大臣の孫としては来ていないが、水瀬紫がこの基地にいる許可は確認できた。それと母親の水瀬識の居場所も分かったぞ」

「流石だね。口利きは出来ないけど、じいさんが知れば昇進もあり得るかもね」

「階級が高くなると仕事が増えるんだ。程々が丁度良い」

「お礼目的じゃなくて首回避ってことね」

「そうだ」


 この人はやっぱり真面目な人で初めっからずっと私に嘘を付いてない。

 誤魔化すにしても嘘とそうじゃないのは人に対する誠実さとかそこら辺が違ってくる。

 誠実な人には交換が持てて一緒に過ごすのは心地よい。

 御空学園がちょっと懐かしくなってきたな。


「母の場所まで連れてってよ」

「一人で行けるだろう」

「面白そうだからついて来て」

「嫌だね」


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