記憶25:紫の観戦
試合が始まる前には外の空気にもなれて、体調が良くなってきた。車椅子に乗ったままだと後ろの人が見えづらいから、後ろの方の席で観戦することになった。前日前々日は早めに観戦席を取っておいて、見やすい場所を確保しておいたから不満がたまる。
だけど邪魔になるなら仕方ないし健康診断のときはもっと見えづらい場所で観戦してたから、その時よりかはマシだと思えば少し不満がなくなるかもしれない。
「入場まであとどのくら〜い」
「そうですね、おそらく五分もしないんじゃないでしょうか」
「暇だねぇ」
暇だと言ってもたかが五分。雑談をしていればすぐに過ぎていって、ステージから離れたところから司会の人が開始の合図を始めた。ちなみに司会の人は本戦に入ってからずっと同じ人が続けている。だから優勝者を休ませるだけじゃなくて、司会の人の声を休ませる目的もあるのかな。
「それではこれより!対人大会優勝者のキルシェ選手と御空学園教官の櫻井教官との一戦を始めます!両者ステージに上ってください!」
大声では鳴った合図とともに入場を知らせる破裂音が鳴り響き、ステージを挟んで対面に位置する入場門から一人ずつ歩いてくる。私たちの観戦している場所はちょうど真ん中だから、二人が歩いてくる様子がよく分かる。よく分かるから二日前の出来事でも思い出せた。
「クレープ屋の人じゃん」
「突然なんですか」
「キルシェって人、大会初日にクレープ屋で店番やってた」
「美味しかったクレープ屋〜?」
「クレープ屋があったとは」
マッチョで大会にも出場していると思ってたけど、まさか優勝するほど強いとは思わなかった。マッチョの人って魔術のことを理解していない人が多いから出場してもあまり勝てない。東雲さんは体を鍛えているけどキルシェみたいにマッチョではない。もしかしたら細マッチョって区分になるのかもしれないけど、そこら辺はよく分からない。
「クレープ美味しかったからなぁ。鞍替えしちゃおうかな」
「駄目です!ちょうど半々だったのに仲間がいなくなっちゃうじゃないですか!」
「しー、しーっ。鞍替えしないから。冗談だから声の音量落として」
「うっ、すみません」
私は食べ物にツラれるほど安い人じゃないと証明してやりたいけど、今は櫻井さんとキルシェが位置についたから押し黙る。前の席の人もギロッとこっちを見たから余計に静かにしないといけない。
試合が始まる前の緊張感は興奮するから余計なもので気分を削がれたくないのだ。後でも出来ることより今しか味わえないことを優先した方が良いに決まっている。
「・・・」
「・・・」
「始め!!」
キルシェは得意の筋肉を活かした肉弾戦を仕掛けるつもりみたいだ。というかあのひと半裸だから、どこに魔術を使うための魔道具を入れてるんだろう。私と同じだったら母が教えないはず無いし、なけなしのズボンの中にでも隠し持っているのか。それより私の身体のことを考えたせいでむず痒くなってきた。失敗したのを気付かれないようにしないと。
「櫻井教官の持っている銃は魔道具なんですよね」
「そうだね。特別な魔道具で最先端技術の代物だよ」
「その割には〜、魔道箱の魔術しか使ってないんだけど〜」
「魔道箱の方が汎用性が高いからね」
戦闘中に魔術を使う際に貴重な魔道具を剥き出しにしておくのは破損の危険性が高いため魔道箱と呼ばれるものに収納して持ち運ぶ。
六本収納できる物が一般的だけど、十本や二十本収納できたり一,二本しか収納できないものまで幅広くある。魔道箱を装着する位置によって形も変わり、腰にかけるタイプが収納数六本と合わせて一番人気だ。一般装備と合わせて胸や足に一,二本隠し持って奇襲に使ったり、背中にデカデカと魔道箱を背負って魔術の種類の多さで勝負したりする人もいる。
「中の魔道具は本来遠距離狙撃用に開発されたから使いづらいんだよ」
「性能は見れないんの〜」
「ムキムキは弾丸も通さない」
「性能は魔術を遠くに飛ばすってだけだよ。離れた場所に魔術は発動できないから、弾丸が当たった所で魔術が発動するようにしたんだよ」
「このステージの大きさなら不必要な性能ですね」
「ちなみに名称は魔弾発射装置」
「そのまんまですね」
「まんまだよね」
「ダッサ〜い」
「ムキムキ」
魔弾発射装置を櫻井さんが使っているのには理由があって、櫻井さんは魔術を二つ同時に発動できるのだ。魔術と発動させる魔道具は一つずつしか発動できず、魔法を使えないと二つ以上の現象は発動できないのだ。園原教官みたいに無詠唱で発動して結果的に二つ以上に見せるのは別としてだけども。
魔弾発射装置を魔道具の一種なので魔道箱との並列使用は不可能だから、魔術が二つ同時に発動できて魔弾発射装置の使用中も魔道箱を使用できる櫻井さんが使用者に選ばれた。制作費用が高価だったり制作難易度が高かったりなどで軍事利用は今のところされていないらしい。
「魔術って一度に一つしか発動できないんですよね。なんで魔道箱と魔弾の二つ同時に使っているんですか」
「ボクたちみたいに魔法を使ってるわけじゃなのにね〜」
「櫻井教官は魔術を二つ同時に発動できるんだよ。理由は知らないけどね」
「じゃあ~、櫻井教官が魔法を使えたら、最大三個同時に発動できるってことか〜」
「手数が多いのは純粋に厄介ですね」
「マッチョはそれで苦戦してるみたいだよ」
「ムキムキ負けるな、ふぁいとー」
マッチョのキルシェは櫻井さんの二つ同時の魔術のせいで近寄れず、お得意の筋肉が活かせなくて苦戦を強いられていた。キルシェは肉体の強化と攻撃の防御、鉄球の作成する魔道具の三つだけをズボンのポケットに縫いつけている。
マッチョな肉体を最大限に活用し殆どゴリ押しに近い戦法で冷静に相手の隙を伺って勝ち進んでいったらしく、第一印象通りのことと意外なこととが同居しているのにそれでも強いっていう不思議な人だ。
「ムキムキは凄い」
「筋肉でこじ開けましたね」
「私でも破壊できる意味の魔術を使わないと岩の壁は壊せないなぁ」
「優勝者は伊達じゃないってことか〜」
櫻井さんは魔道箱から岩石系統の魔術を発動してキルシェとの間に岩の壁を作り、魔弾で一方的に攻撃するのを繰り返していた。防御の魔術を使って攻撃を防ぐよりも、物体を作り上げて足止めしたほうがキルシェ相手には効率的だ。
身長の二倍以上ある高さの壁を出すのは消耗が激しいけど、防御の魔術で防御していると主導権を握られるからこっちのほうが良かったんだろう。岩の壁に使った魔術は多分岩を出す魔術じゃなくて、地面と同じ種類の物質を作り出す魔術だ。ステージの色と似通っているし、狙撃するなら周囲の環境に溶け込める魔術が必要でそれの応用、いやこっちが本来の使い方かな。
魔弾の方は婉曲して当たる魔術や小さな穴を通って別の場所へワープして当たる魔術を使っている。もっといろいろな種類の魔術を弾丸で発射できるんだろうけど、二つの魔術以外は一直線にしか飛ばず氷の壁を破壊するのを手伝う形になってしまうから使っていない。
ちなみにこれまでの試合は聴力を強化する魔道具や集音をする魔道具を組み合わせて出場者の声を聞いていたけど、今はそれを禁止されているのでどんな魔術を使っているのか正確には分からない。口は動いているから園原さんみたいに無詠唱ではないけど、読心術は習得していないし出来たとしても口が隠れたり丁寧に発音していないから分からなそうだ。
「浮いたね」
「あれだけ浮かんでいればキルシェ先輩に攻撃手段はありませんね」
「大丈夫、ムキムキは飛べる」
「歩ちゃんの理論は別として〜、長時間浮遊はキツイと思うから、降りてくるまで耐えられれば勝機はあるんじゃな〜い?」
私もそう思うけど櫻井さんが考えなしに浮かんだとは考えにくい。魔弾発射装置を使った戦闘はやったことないから、私には思いつかない戦法も沢山ある。使い方は違うけど地面の物質を増やす魔術は戦闘方法に合わないから使うことはない。
「爆撃し始めましたね」
「場外負けになりそう」
「こっちまで爆風が届いてくるからね〜」
「ムキムキ踏ん張れ。前の席の人も踏ん張れ」
私は空を飛ぶとき反重力の魔道具で飛んでいる。体重の軽さや身長の低さで制御が他の人よりも効きやすいし、身体能力良いから自由に空間を移動できる反重力を利用するのが一番性に合っている。他の方法だと櫻井さんみたいに体のブレが少ない座標を固定する魔術や初心者向けの揚力を発生させる魔術、噴射の反作用、磁力の反発、浮力の上昇、翼の生成と体重軽減、飛ぶ意味そのもの...様々だ。
大半は重力を振り切るだけの力を発生させて飛び、反重力はその中で一番操作が難しくて定義があやふやだ。重力が空間の歪みでそれを平坦にする力を反重力と呼称しているのではなく、ただ重力に束縛されない力全てを総称して反重力としている。だから反重力の強さからベクトルの向きまで一から演算しないとだし、私の身体のように制御しやすくないと彼方に飛んでいってしまう。そうなったらあとは頑張れしかない。
「最初の方はキルシェさんが勝つかもって思いましたけど、試合の終盤になってくると櫻井さんが圧倒しているましたね」
「御空学園の教官の職にいるから、まだまだ未熟な訓練生には負けられないよ」
「ムキムキ、負けちゃった。 やっぱりお姉さんな吸血鬼を目指すのです。スラッとしてて、ウフフとかいって、カッコイイ吸血鬼です」
おまけ試合はキルシェの気絶で勝敗が付いた。爆撃の嵐はどうにか耐えることが出来たけど、終わったと油断したところに眉間に一発弾丸を打たれてしまった。脳天を貫くような弾丸じゃなくて、威力の大会ゴム弾みたいな弾丸だったから気絶するだけで済んだ。
最後の一発を防御する手段は結構あったはずだけど、爆撃が止まってターンが回ってきたと思ったことや煙で上空がよく見えなかったことで、防御への意識が薄れて魔術を付与しなかったり腕を使って急所を隠したりするのが出来なかった。園原さんや東雲さんとかおっさん組は油断とかせずに攻撃できる隙を伺うだろうね。
「やっぱり謎なんだよね〜」
「何が?」
「紫だよ紫〜。園原教官と東雲教官を二人同時に相手して勝っちゃうなんてさ〜、キルシェ先輩以上に強いじゃ〜ん。強いから参加不可なのは謎だし〜、体調不良も不自然だし〜。ぶっちゃけ同世代とは思えないね〜」
「…同世代とは、ってのは身長と体付きが幼いってこと?」
「年齢が上ってことだよ〜。分かってるんでしょ〜」
「槙さん前にも言いましたが秘密をほじくるような真似は、」
「桃ちゃんさ〜。ボクだって魔法の話はしたくないんだよ〜、それでも立ち直るために努力してるの。紫ちゃんだって話してみたら楽になるかもしれないでしょ〜」
「そうとは限らないのですよ。誰も吸血鬼に憧れた理由を知らないでしょう。語りたくないのですし、語れないかもしれないです」
楠は一人称を言わないから言葉の対象が分かりづらい。だけど槙に言葉に反論してくれているのは伝わる。楠が吸血鬼に憧れた理由を私たちが知らないのは、誰にもその話を語りたくないからなんだろう。そして私が過去を語らないのも、語りたくないからか語れないからか理由があるのだと分かってくれている。
「なんで~。スッキリしちゃったほうが良いじゃ〜ん」
「緊急時において嘔吐することは、胃に入った毒物を吐き出すことで毒素を取り込まないようにする意味があります。ですけれども嘔吐して胃を空にすることが、症状の重症化を引き起こす場合もあるんです」
「え、え〜?」
「一つの方法に縛られてはいけないという事です。槙さんはそれで解決に近づいたかもしれませんが、紫や楠さんを解決できる方法とは限りません」
「吸血鬼になる道は一つじゃない!紫さんがそう教えてくれた」
「もお分かった〜、ごめんなさい。もっと勉強してれば良かった」
槙は結構落ち込んでいてなんと声をかければ良いのか分からなかった。
寮までの道は長いけど暗い雰囲気を変える話題は誰も思いつかなくて、黙ったまま帰路に着くしかなかった。ロビーに座ったままの横瀬さんは私たちのギスギスした感じを読み取ってちょっとした個人面談を開いてくれた。
順番は槙、明来、楠、私で進めていく。面談の順番に意味があるとは思うけど、詳しい意味とかは学んだことないし慣れてもいないから判断できない。まあ、原因の槙が最初で対象の私が最後なら明来と楠は入れ替えても問題ないのかもしれない。
「さて、紫さんの番だけど。これを言っておくわね。よくあることよ、解決手段が一つと思い込むのは」
「私はどうしたら良い?」
「それは紫さん、あなたが決めなさい。だけど辛い時は頼ることを覚えてほしいわね。明来さんは何も言わずに受け止めてくれるでしょうからね」
「…ままならないね」
「希望は捨てないでね。それがあなたにとって病だとしても」
こうして書いていると、初期設定の不明瞭や矛盾、文章にした時に読みにくい表現などがあって、設定を変えたり足したりすることが多いです。
というわけで新設定が生まれました。
戦闘に使う魔道具は筒型、戦闘の時は魔道箱に入れる。
富裕層は護身用に持っている。