記憶21:楠の試合
私たちが確保しておいた席に座って楠が出場する試合を待っている間にも、別の訓練生たちが戦いを繰り広げている。私はその戦いの良い所と悪い所を解説して、明来は自分の戦い方の参考になる所を見つけていて、槙は買ってきたお菓子を食べながら観戦している。
明来は私の解説を別の視点からの意見として聞いていて、槙はすごんだな〜とか気を付けないとだな〜とかのほほんとした空気で聞いている。
「一撃が強い魔術も使ったほうが良いでしょうか」
「隙を見せないためにって連撃用の魔術を使ってたけど、明来の魔法を考えれば一撃頼りの魔術と隙を補う魔術の組み合わせが良いんじゃないかな」
「一撃頼りと聞くとどうしても忌避感がありまして、使いたくないんですよね」
「それで負けたら意味ないんじゃないかな~」
「う、んー」
「貸してあげるから試しに使ってみれば。練習する時間はないけど、困ったときの解決策になるかもだし」
「魔道具って学園に申請しないと貸し出せないんじゃなかったけ〜」
「私有だから学園の貸し出し許可とか必要ない。使用も認められてるから試合でも何の問題もなく使える」
「魔道具ってかなり高価なものですよね、本当に良いんですか」
「大丈夫、気にしないで」
明来は申し訳無さそうだったけど、私の勢いに負けて渋々受け取ってくれた。わたしたのは夏休みに魔獣を消し去った光を出す魔道具…の廉価版だ。あれは殺傷能力が強すぎて試合相手を殺す危険性があるから許可されなかったし、扱いも難しくて練習する時間のない今は暴発する危険性があるからなおのこと使えない。
廉価版に改造されたことで面倒な手順を踏まずに熱光を出せるようになって、威力も大型の魔獣を蒸発させる熱量から皮膚を焦がす程度まで落ちた。この学園の設備なら即死や体の半分くらいが吹っ飛ばなければ再生できるから腕の一つ蒸発させられる威力でも良かったけど、それは学園が許可しなかったから更に熱量を落として今の威力になった。
「ほら、楠の試合も始まりそうだしぱっぱと受け取っちゃて!」
「それでは、お借りします」
「桃ちゃんが強化された〜」
楠の相手は魔術科の三年生だが、そこまで分の悪い試合でもない。楠のちを操る魔法は自分の体の消耗が激しいとは言え攻撃としてはかなり優秀だ。出血性ショックの可能性を考えて血液を外に出せる量が限られているけど、それも魔法によって緩和されているし出した血液を戻せば問題ないらしい。
魔法があれば魔術のクールタイム中にも行動ができるから、隙をなくしやすく攻撃の量も増える。その分魔力消費も増えるけど計画的に使って管理できれば手数の多さは強さにつながる。便利なものだけど不利益を考えると得たくないと思う人のほうが多い。
「それでは両者、試合初め!」
「渇き」
「魔術、発射型、火炎」
楠のほうが魔法で詠唱が少ない分早く発動できている。相手もスタンダードな攻撃魔術を発動してきて、まだ一年生で情報の少ない楠の戦い方を様子見している。
魔法や魔術は発動する時に詠唱する必要はなく、園原教官とか熟練の軍人は無詠唱で魔術を使っている。訓練生がそうしないのは詠唱したほうが精度も威力も高くなるからだ。魔法は口で言葉にして現象と性質を少し曲げて発動し、魔術は焼き付いた回路の意味を明確にするために言葉にしている。何度も使って慣れた人や言葉の意味が強固な人は無詠唱の魔術も使うことが出来る。魔法も慣れはあるだろうが大抵の場合魔法を使う才能とは別の才能が必要になってくる。
「うぐっ」
「熱い」
楠は魔法で体から血の刃を出しそれを伸ばして相手に突き刺した。みぞおちを狙っていたがとっさに避けたことでズレて脇腹に刺さった。脇腹でも十分に痛いが根性で我慢して、突き刺したまま動けない楠に向かって火炎を発射してきた。
楠の魔法は肉体、主に血液を人間の限界以上に操作できるといったもので、血液の槍を作り出して投げたりすることはできない。まず投げるために振り被らないとだし、投げたものが肉体と繋がっていないから強度も落ちてしまう。
だから今回の場合動けなくなって火炎を浴びてしまった。
「燃えてるね」
「燃えてますね」
「のんきすぎない〜」
「だって楠が勝つし」
「分かりきっていますしね」
「だからってもう少し心配を〜」
槙は不満の声を上げているが楠が勝つのは分かっているのかそれ上追求してこなかった。周りにいる他の訓練生たちは楠が一向に体に付いた火を消さずに動き回っていることを水の魔道具を持っていなんだと思って勝負あったなと話している。
魔法で痛覚を鈍くして炎で焼ける痛みを軽減しているので徐々に体が炭化している様子を見るこっちの想像よりかは平気なのかもしれない。それでも生きたまま焼かれていく肉体を見るのは気持ち悪くて観戦席から逃げる訓練生もいる。
試合は楠が炎で焼かれているのを除けば一進一退で、手早く勝負をつけようとする楠と防御を中心に反撃をする相手の戦いが繰り広げられている。だけど相手は楠が水の魔術を持っていたいと考えているから、炎の熱で筋肉が収縮し体を動かせなくなるのをじっくり待っている。
それは楠も同じで体に入った毒が回り効果が出るのをバレないように必死に見せながら戦っている。
「ぐっ、なんだ」
「やっとでた。じゃあ最後にギューってしてあげる」
相手が突然体勢を崩すと立ち直ることもできないまま地面に膝をついた。それを待っていた楠は相手に近づき炎に焼かれた体で抱きしめた。炎が相手の体に移っていくのと同時に焼けただれた皮膚も乗り移っていく。炎は今まで燃えていた皮膚からそれほど燃え移っておらず、燃えている皮膚が動いたから燃え移ったように見えるだけだ。
相手には焦げた皮膚を与えて自分は新しい皮膚を得る。吸血鬼はもっとカッコイイと言っていたが、今のままでも十分吸血鬼のように恐ろしい血を吸う化け物だと思う。本人は絶対に認めないだろうけど。
「毒を注入して火傷も相手に移して、もう相手に勝ち筋無くなったね」
「油断していたからね〜」
「魔法科の性質で一番理不尽なのは楠さんの気がします」
「今の魔術技術じゃあ到底できないことを平然とやっているからね」
魔法科の魔法で一番強いのは誰と聞かれたら明来とみんなが答える。だけど明来の魔法は、効率が悪いし発動まで時間も掛かるしとても労力に見合わず別の意味の回路を焼き付けたほうが良いと絶対に考えるが、再現することができる。星野の魔法や槙の魔法も効率が悪いながらも再現できる。
それに対して楠の魔法は人間を人間という枠組みに捉えていないため、個々の能力を再現することは出来るが魔法そのものは再現できない。
これには楠の魔力の変質の型が願叶型だからかもしれない。願叶型は夢や願いや望みを叶えたい想いで変質するため、性質の具体性がハッキリせず複数の性質を持っているかのような状態になる。
性質がハッキリしないのは星野の共感型も同じだが、星野は元のイメージが強固な存在だからか性質の具体性がハッキリしている。明来の夢型もハッキリしない魔法に変質する可能性もあるが、実例が少ないのでこっちの方がハッキリしない。
「降参、する?」
「あぅ、」
「・・・」
「す、る。」
「審判」
「それまで。降参したことにより楠歩の勝利です。救護班は至急怪我人の搬送をしてください」
審判が告げると会場下から白い服の人が何人か出てきて、相手を水の魔術で消化したら担架で運ぼうとした。そしたら楠が止めて毒を抜くのは自分のほうが早いからと体に触って血液を体内に戻していた。楠の血液は他の人に与えると拒絶反応が強く出るため、初手の一撃で十分な量の血液を注入して相手が倒れるのを戦いながら待っていた。
「楠の次の試合まで時間があるから食べ物買ってくるね。二人は何かいる?」
「いつもより多く食べてるから大丈夫〜」
「わたしは夕食も考えて、今ある分だけ食べますから平気です」
「そっか。じゃあちょっと行ってくるね」
太陽は西に傾いているが夕暮れ時にはまだ遠く、大会のブロック戦も今日の夕暮れをすぎてからも行われる。明日からは試合に勝った人だけが出場するから少しはマシになるけど、試合数が少なくなる分戦うのは強者同士で試合時間は伸びる。そのうえ今日は試合会場を分散させていたから早く終わらすことができたけど、本戦は中央にあるデカい会場だけで行うから二日に分けないと真夜中まで試合することになる。
それはおまけ試合を受け持つ身としては遠慮願いたいことなので、二日に分ける案を採用してくれた過去の管理職の方々に感謝したい。
「うーんどれにしようかな」
立ち並ぶ屋台はお菓子から軽食まで様々なものが売っていて、立ち薫る匂いは混じり合って独特で空腹感を誘いお祭りだと感じる空気感を作り出していた。家の近くにはお祭りと呼べるものがなかったし、通っていた学校も文化祭や体育祭の時には参加を認めてくれなかったから、このお祭りは私にとって人生初のお祭りなのだ。
健康診断の時は外が騒がしいと思うくらいで、もっと見やすい所で観戦したいとばかり思っていたからお祭りに参加したいと思わなかった。お祭りという物自体知らなかったし、外に出て散策することは母が許可してくれなかっただろうからどの道関係ない話かもしれない。
屋台には串焼きや唐揚げ、簡易焼き肉といった肉料理が多くあって綿菓子やチョコバナナ、クレープとかのスイーツ系は見つけられなかった。もしかしたらあったのかもしれないが、見つけられなければないのと同じだ。知った時にはぜひ食べてみたいと思ったから、最終手段の白猫さんを通して猫に教えてもらうのを試すしかない。
便利要因じゃないんだにゃーとか言いそうだけど一縷の望みにかけて聞いてみるのもありだ。そう考えたからには行動に移そうとポケットに手をやるが無かった。体中のポケットを探してみるが、無かった。
そういえば暑くて脱いだ上着のポッケトに入れてたんだった。魔道具での連絡手段はあるがそれは緊急用で私の欲を満たすだけに使うと後で大目玉を食らうことになるからやめておく。余程会場の僻地にあるのか考えている間にも歩き続けているが見付からない。
「おう、紫じゃねぇか。何しょぼくれてんだ」
「園原教官」
「おいおい、教官なんて呼び方やめろよ。今の俺は大会を楽しむ一人の人間なんだぜ」
学園の人がいる場所で出会ったから教官呼びをしたのに、ウザい返事を返してきて敬称つけずに呼んでやろうかと考えた。さんか教官の敬称を付け入るのに慣れているから、いきなり呼び捨てにするのは難しいだろうけどウザいもんはウザい。
こういう所を直さないからいつまで経っても独身のまま、家で一人寂しく暮らすことになっているんだ。普段の生活がどうなのか知らないけど、家の中がたばこ臭いのは間違いない。規則を破ってでも学園内でたばこを吸う人が自分の家でたばこを吸わないわけがない。
たばこの匂いは嫌いだから魔道具で風を出してこっちに来ないようにしている。園原さんも気付いているが、たばこの匂いが嫌いなことも分かっているから無視している。
「学園の職員が油を売ってて良いんですか」
「良いんだよ、仕事は全部終わらせて休憩時間なんだからよ」
「はぁ、そうですか」
「んで、紫はなんでしょぼくれてたんだ」
「初めてのお祭りを楽しもうと思って屋台を見てるけどお菓子だけない」
「…ああそっか、お前にとっては祭りは初めてなんか。てっきり水瀬の野郎に連れて行ってもらったことがあるのかと思ってたぜ」
「許可されなかった」
「そうかい。……あの道を進んだ会場の隅にクレープを売ってる屋台があったぞ。昼頃に見つけたから今あるかは分からんがな」
「ありがとう。行ってみるよ」
「おう、間に合うと良いな」
園原さんが指した道の先は私たちが暮らす寮とは反対方向にある寮で、たしか魔術科の前半のクラスが住んでいたはずだ。これじゃあ帰り道にも見つけられないから、あそこで園原さんと出会えて本当に良かった。クレープを売っている周りにある他の屋台も少ないから、お菓子ってそんなに人気が何だなと思ってしまった。カフェも一店舗しかなくて他の飲食店もスイーツとか売っていないから、御空学園の訓練生は甘いものが好きじゃない人が多いのかもしれない。
「クレープ二つください」
「ん? あぁ、少し待ってろ」
クレープ屋は繁盛していないのか使われてない生地が大量に積まれていて、ソースやフルーツも殆ど減っていないように見える。そんな状態だから屋台の人も筋トレに集中していて、クレープを作る準備を全くしてなかった。それにクレープ屋の店番がムキムキマッチョでフンフン言いながら鍛えてたら、見つけたとしても近寄りがたくて買う気も失せそうだ。私はクレープが食べたいから買うけど。
「えぇーと、チョコソースにバナナに...そうだ嬢ちゃん、クレープの種類を聞いてなかったな。どれにするんだ」
「バナナとマスカット」
「分かった。隣りにあるベンチで待っていてくれ」
木製のベンチに腰掛けて足をブラブラ揺らしながら、あの人は最高学年のリボンを付けているから来年には卒業していてクレープ屋が開店できないのかと考えてしまう。それと嬢ちゃんって呼び方は初めてで少し戸惑ってしまった。年の差があるとはいえ、園原さんが呼ぶならまだしも訓練生が訓練生を呼ぶ時に嬢ちゃんはなしだと思う。
まぁ嬢ちゃん呼びは新鮮だったし、田中と佐藤の呼び方と違って親しみがある感じがして悪い気分じゃなかった。
「おかえりなさい、紫」
「楠の試合まで後どのくらい」
「一つ過ぎてこの次ですね」
「そっか、遅れちゃったね」
「何かあったんですか〜」
「クレープが美味しかったんだよ」
(⌒▽⌒)