記憶19:紫と槙の仕事
ここ数日訓練生たちが浮足立っているのが感じられる。その理由は明白で、今週末に御空学園の全訓練生たちが競い合う大会があるからだ。
内容はいたってシンプル。御空学園最強の人を決めるといったイベントだ。一年生から四年生までの成績優秀者が選ばれて一対一で戦う。意味があって開催している大会だが殆ど娯楽になってる恒例行事で、選出基準は様々だが平均的に技能がある人物から一点に特化した人物まで学園が記録しているデータから職員たちが何度も検討して選抜していく。
大会期間の間選ばれなかった訓練生たちは何をしているのかというと、裏方に回って出場者の治療や誘導案内をしたり簡易的な屋台をつくって大会をお物理状態にしたりといろいろな仕事がある。これらの参加は任意だが職員たちからの評価が良くなるのでみんな何かしらの仕事についているし、掛け持ちをしている人もかなりいる。
この大会で将来に関わるとしたら優勝して実力を見せつけるくらいで他に身になることはないが、この大会自体娯楽的な要素なので、未だ来てない未来のことよりも今を楽しく過ごすことの方が大会の性質としては合っている。違った楽しみ方をするのも良いけれどそれは健康診断の時に沢山したから、今度は普通の楽しみ方でこの大会を楽しみたい。
「納得がいきません!!」
「何が」
「紫のことですよ!何ですかエクストラって、エクストラってぇ〜」
「明来……酒のんだ?」
「飲んでません!!」
大会に出場するためには職員たちの選別の嵐を抜けなければいけないが、それで強制的に出場させられる訳では無くキチンと出場の意思確認をされてから正式に参加する。魔獣戦なら下手な人が上手な人の技術を見るために強制的に参加させているところだが、この大会は本来必要のない対人線を想定しているため強制参加はしないらしい。
対人線を主な軍務としている軍隊は御空学園とは違う軍事学園で育成されているため、ここでは護身術程度の技と対処法しか教えられていない。逆に対人線が主の軍事学園では大会の相手が魔獣になっている。対応する状況は異なっていても、万が一があるため全く教えないということはしないようだ。
「私だって参加したかったよ。だけど母が止めたからゴネて仕方なく優勝者と戦うことになったんだよ」
「いや~、ゴネても優勝者と戦うことにはならないと思うですけど〜」
「前年優勝者が卒業したから本来園原教官が戦うところを変えたってだけだよ」
「そうじゃなくて〜」
「優勝すれば紫と戦えるんですよね!だったら優勝してやりますよ。首を洗って待っていたくださいね」
「二人とも、ズレてる」
「ボクもそう思うよ〜」
魔法科で参加する人は明来と星野と楠だ。槙は私と一緒に観戦することになっているが、本人の成績が低いからではなくて魔法の性質と影響を考えて参加を拒否したからだ。空いた枠はほかの魔法科の訓練生に渡ったが、名前を知らないのでよく分からない。
それと園原教官がおまけ試合の相手を務めていたのは元軍人だからというのもあるし、姑息な手を使って戦うから戦闘が身体能力と技術だけでは勝てないと見せつける意味合いもある。去年の優勝者がいればその人が大会に参加不可となっておまけ試合に出場する。
殿堂入りみたいな感じで在学中に特典が得られる代わりに大会に参加できなくなる。他のイベントにも殿堂入りはあって、全てのイベントで優勝し特典を一手に得た人もいる。大抵の場合は最終学年の人が優勝するから次の年になると卒業して軍人になってしまうので園原教官がおまけ試合の相手をすることが殆どになっている。
「私と槙は治安維持の仕事を請け負ったから、試合を見れないこともあるけどシフト以外の時間だったらかならず観戦しに行くよ」
「ううぅ〜、約束ですよ」
「ハイハイ、約束約束」
「絶対ですよ〜」
「やっぱり酔ってない?」
「酔ってないです!」
大会当日、雲が時々太陽を隠す程度で涼しいといえる気温だ。
大会参加者はステージ裏に待機していて、これからくじ引きでブロックごとに振り分けられる。トーナメント形式で進んでいき勝利した人が本戦に出場して、同じくトーナメント形式で試合を行っていく。予選に訓練生全員が参加して、生き残った人が本戦に出場していた年もあったそうだが、職員が怪我人を把握しづらく魔術や魔法の巻き込みで重体になる訓練生が多発したため、今のように参加者の数を絞っているそうだ。
「紫くんに槙くんには、最初の見回りをお願いするにゃ」
「分かりました。時間になったら腕章を外して自由行動で良いんですよね」
「にゃーにゃー、そうだにゃー。その腕章は警備の目印だから仕事中は必ず付けてて、終わったら必ず外すにゃー」
「は、はい〜。真面目に仕事してきます〜」
御空学園の警備担当の白猫さんに警備員の証の腕章をもらい、警備室兼治療室のテントを出て見回りをしに行く。
白猫さんは白い猫で誉と名前を持っている。人と同じくらいの知性があり、会話も出来るのは魔法の性質のおかげだ。元々潤という女性のところで飼われていた猫だったが、その人の死をキッカケにもっと人間のことを知っていれば寂しくさせなかったと想い魔力が変質して、人間とコミュニケーションが取れるようになったそうだ。
このような事例は他に確認されていないらしく白猫さんは研究対象として扱われていたが、持ち前の知性で研究所を逃げ出したどり着いた先が御空学園だった。その時の学園長がもの好きで有り余る権力を持っていたから、その白猫に戸籍を与えてこの学園の警備担当にしたらしい。白猫さんの戸籍は白猫誉としてその学園長の養子ということになっているみたいだけど、無茶苦茶すぎるし何故養子登録が通ったのか疑問が尽きない。
それと白猫さんの寿命もかなり普通の猫とは違っている。潤さんの家で大体九年過ごし、研究所では一年、この学園には七年住んでいて、合計で一七歳の猫としてはお婆ちゃんと行っても差し支えない年齢だ。そのうえ白猫さんは捨て猫で餓死寸前だったところを潤さんが飼いだしたそうで、そのときには既に成猫だったらしく年齢は二十を超えていると予測されている。それなのに白猫さんは元気ピンピンで七,八歳くらいの細胞年齢と診断されたようだ。
本人、本猫も潤おばあちゃんと出会う前のことはあまり覚えていないらしく、研究所の記憶も曖昧なことから保存しておける記憶が人間よりも少なく取捨選択をしているのだと仮説を立てていた。
普段の職務は猫を使って学園に不審者や不審物がないかなどをチェックしていて、人の手が届かない場所や見分けの付かない物を発見して報告している。お金も使えるから魚の現物支給じゃなくて役職に見合った給料を貰っている。
この大会では訓練生が歩き回る範囲を募集した人員に見回りをさせて、人があまりいない外回りを猫で警備している。本猫はテントでただ猫と連絡を取りながら好物のビーフジャーキーを食べて過ごしている。
「見回りっていっても一般市民がいないんじゃあ問題とかも無さそうですけどね〜」
「訓練生同士の喧嘩はあるからね。他にも道に迷ったり落とし物したりもあるよ」
「喧嘩を止めるの面倒そうですね〜」
「だから参加しなかった成績優秀者だけが受けられるんでしょ」
雑談をしながら大会会場を一周するルートで巡回している。
だけど二十歳に近い訓練生だけの大会で問題が起きるわけもなく、時々雲が太陽に隠れる天気の中で散歩するだけになっている。問題が起きたとしても私たち以外にも警備の仕事を受けた人もいるから、そっちの人たちが先に着いていることの方が多くてやっぱりやることがない。
一般人も入場できてたら迷子探しや道案内も必要になってくるけど、生憎と軍事に関わることだから一般公開は無理みたいだ。
「何だとテメー!」
「悔しかったら言い返してみやがれ!」
このまま平和に終わるかと思っていたけど道のど真ん中で大声を出して喧嘩している人たちを見つけてしまった。何事もなければそれが一番だったのだけど、見つけたからには無視して通るわけにもいかない。チラチラと私たちの腕章を見て助けを求めてる人もいるからなおさら難しい。槙も魔道具と魔法の発動準備を整え始めていて、鎮圧をするから私に声掛けをしてきてと小声で話している。この事態は白猫さんの耳にも届いているはずだから、評価が下がらないように真面目に騒ぎを収めることにする。
「君たち、何が理由で騒いでいるんだ。話を聞くから広場に来てくれ」
「ああぁん!うっせーぞチビ!」
「ガキは黙ってやがれ」
「はぁー」
チビ、ガキ、どちらも子どもに向けて放つ言葉で、子供扱いが嫌いな私はコイツラのことを内心殺そうかなと思い始めていた。そんな事したら罰せられるのは私だから殺らないけど、そのくらい怒るのはしても良いはずだ。
学年を表すリボンは最高学年の色をしていて、大会が初めての一年が起こしたのかと考えていたから結構意外だった。それ以外のことは何にも分からないけど、大会に参加してないってことは成績優秀者じゃないから簡単に鎮圧できる。明来はもしかしたらコイツラの名前を知っているかもしれないけど、同じクラスの人の名前を覚えるのも苦手な私は関わりのほぼない奴の名前なんかを知っているわけない。
取り敢えず私のことをチビって呼んだやつを田中で、ガキって呼んだやつを佐藤にしよう。区別を付けないとこんがらがるし。
「ふぅ~。 私のことは置いといて、他の人の迷惑なので道の真ん中で騒がないでください。でないと強制的に黙らせます」
「ならやってみろよ!一年の警備員にやられるわけないけどな」
「人様の問題に口出すなって習わなかったのか〜?さっさとドケや!」
田中も佐藤もなんでこんなに怒っているのか分からないけど早く鎮圧したほうが良さそうだから後ろで待機している槙に腕を小さく田中佐藤に向かって振る。拘束の魔術を使ってと決めておいた合図で、他にも何種類かある。
槙が私の合図を受け取ると拘束の魔術を発動させて田中佐藤の体を鎖が縛り付ける。一人一本計二本の鎖は腕と胴体を縛っただけで足は動かせそうだが、拘束の魔術は動かなくなるイメージがしやすいから鎖が出ているだけで、実際には神経毒で体を痺れさせているみたいな感じだ。
「よし、捕縛完了。田中はガタイが良いから私が持つね。佐藤の方は槙が持って」
「田中と佐藤って名前なの〜?この人たち〜」
「知らないけど、人間一人間二って呼ぶよりかはマシじゃない?」
「たしかに〜。 ………いや、ボク成人男性持つなんて出来ないんだけど」
「え? あぁそっか。じゃあどっちも私が担ぐよ」
人間って子供ならまだしも大人になると体重もかなりの重さになるから、鍛えていても持ち上げるのはキツイか。仕方ないので痺れて口をパクパクさせている田中と佐藤を肩に乗せて白猫さんのところまで連れて行く。
身長が十二歳くらいの女子が二十歳の男子二人を軽々運んでいる光景は異常なもので、白猫さんのいるテントまで行く間に視線を向けてくる人がかなりいた。槙は手伝うことがないから私の後ろで暇そうにしてた。
「さてと。田中と佐藤、何が原因で喧嘩したのか話してもらおうじゃない」
「田中って誰だよ」
「佐藤じゃねぇし」
「細かいことはいらないんだよ。本名言おうとしたらその口塞ぐから、聞かれたこと以外に答えるな」
「「はい...」」
話し合いで分かったことは、コイツラ二人ともこの弱さで大会参加者だったということとこの大会で勝った方が好きな女子に告白するということだ。同じ女子を好きになったことを知り、この大会で白黒付けるつもりだったそうだ。
だけど大会出場直前に田中が佐藤を煽ったことで喧嘩になったそうだ。
「…馬鹿かよ」
「なんだとてめぇ!」
「黙れ」
「はい」
つい口に出してしまったがどうして男子というのは大人になってもこう考え無しなのだろうか。好きになった人がいるなら他人のことなんか構わずに自分だけを魅せればそれで付き合えるだろ。他人を蹴落として自分が相対的に有利になるやり方は気に食わないし、自分自身の魅力を上げれば他人を下げるよりも労力が少なく済むでしょ。
それにまだ思いを伝えてないのに相手の女子が付き合ってくれると思っている。告白したら必ず成功するくらいの自信があるなら、同時に告白してもライバルより自分を選んでくれると思わないのか。無いから告白するのを一人にするために勝負したんだろうが、無いならないで何故告白が成功すると思い込んでいるのか甚だ理解できない。
矛盾するのは生物の記憶が不完全だから仕方ないにしても、ここまで酷い勘違いをするのだろうか。念のため精神汚染されてないか調べてみるがその形跡は見付からなかった。ということは素でこれなのか。好きになられた女子は大変だな。
「・・・試合直前?」
「そうだよお前のせいで大会に参加できねぇじゃねぇか」
「どう責任取ってくれるってんだよ」
「知らないよ、騒いでたお前たちが悪い。」
「このガッ!」
「黙れ田中」
「紫ちゃん、それ佐藤だよ〜」
白猫さんに確認したところ田中と佐藤が出場するはずだった枠は不戦勝で相手の勝利になっていた。
その結果を聞いた田中と佐藤は絶望してたけど、騒いだコイツラが悪いから無視した。それと事情聴取を終わったので田中と佐藤をテントの外に放り投げて、私たちはテントにいるから腕章を戻して仕事を完了させた。
ウルタールの猫
ドリームランド
なぎゃい