記憶13:夏休み準備
「えーこれから夏季休業期間に入る。羽目を外しすぎないように気を付けろ」
園原教官はダルそうな声でそう言い放った。それと同時に魔法科の訓練生たちが雄叫びを上げて夏休みと連呼している。
試合形式の訓練からは毎日ほとんど同じ訓練が続いていた。ああいう行事は年に何回かあるから面白いものであって一ヶ月に一度や一週間に一度開催してたら流石に飽きる。それに魔獣を戦闘に使う準備だってしないといけないから時間がかかって当然だ。
「紫は夏休み何か予定があるんですか」
「両親と決めた約束ならあるけどそれ以外だと、、、」
「お二人共〜、ついに夏休みが始まりましたよ〜。もちろんボクが決めたイベントは覚えてますよね〜」
「声を荒立てなくても聞こえるし覚えてるよ」
「槙さん、肝試し楽しみですね」
「今年の魔法科優秀者たちが集まっての肝試し、絶対楽しいに決まってますよ〜」
「上位なのは四人中三人なんだけどね。企画した本人がのけ者っていう」
「そっれは言わないお約束ですってば〜」
槙からの提案で、私こと水瀬紫、同室の明来桃、試合で組になってから高頻度で話すようになった槙梓、訓練当初は生傷が絶えなかったけど今では傷一つできない楠歩で肝試しをすることになった。
星悠と柊楓は二人で夏休みを過ごす予定を立てているらしい。だから慎が誘った時も断っていたし、寮の部屋が別な分夏休みは一緒に過ごすと言ってた。
場所は御空学園から少し離れた、槙の実家の近くの山だ。山の反対側には海があるから昼に海で遊んで夜に肝試しをするつもりだ。
槙の両親がキャンプ好きでキャンプ場を持っているらしく、そこでテントとか食材を借りてお泊り会をする。キャンプが好きすぎて自分もキャンプ場を持ってみたいと母親が言いだしたことで買ったらしい。本職は別にあるからいつもは槙の従兄に管理を任せているんだそうだ。
キャンプが好きでもキャンプ場を買うのは楽しみ方が違うんじゃないかと思うが、キャンプ場の持ち主が高齢で管理が難しくなったことを聞いた慎の両親が折角だからと購入したらしい。
親族はいるみたいだけどキャンプ場の管理人をやりたくないと全員が反対して、引き継ぎに困っていたそうだ。
車でいけば一時間と掛からない道のりでも、キャンプ場の収益だけて生活出来るわけじゃあないので掛け持ちしないといけない。
電波も弱く道の途中は完全に届かない場所もあって誰も欲しくないと思うのも頷ける。
「はぁー早く母の仕事終わんないかなー」
「私のお母さんは午後に迎えに来ますけど、紫は識さんの仕事が終わるまで学園にいないとですからね」
「そうなんだよねー」
「槙さんは面倒だからと明日の昼頃に両親が迎えに来るそうですよ」
「夏休みの間、ずっと寮にいても問題はないけど可哀想だね」
「ですね」
部屋は入学指摘時よりも少し物が増えていて、日々の使いやすさを追求した配置に整えられている。
目覚まし時計は手の届く位置に、ペン置きはノートのじゃまにならない位置に、明来の崩れ落ちそうなぬいぐるみたちを堰き止めるクッション。散らかっているが明来のおかげでホコリはないしむしろ片付いている方かもしれない。
「夏休み明けまでここには来ないのか」
「やっぱり頭では分かっていても、実際に体験すると離れたくなくなりますね」
たしかに私も寮の生活に慣れてきているから離れ難くなる。
だけど家でやるべきこともあるし、久しぶりに弟の顔を見ておきたい。電話での会話なら月イチでしているが、それだけじゃあ伝わらないことも多くて、実際にあって話す方が人との繋がりは保ちやすい。
「ねぇ、折角だから学園の林を歩いてみない?帰るまで時間はあるんだしさ」
「良んじゃないですか、記念みたいで」
「じゃあ行こっか」
寮を出ると日差しがいっそう強くなっていて、肌にジリジリと熱線が当たっている。
林の入口まで少し歩かないといけないが、その間に高い気温と湿度のせいで肌から汗にじみ出ている。それが蒸発せずに服とくっついているせいで気持ち悪い。
こうゆう時に魔道具があれば便利なのだが、散歩の殆どを太陽の影になる林でする予定だった私たちは持ってきていない。ペットボトルくらいは寮の自販機で買っても良かったかもしれないが、それだけ持って歩いても邪魔なだけだから買わなかった。
「思った以上に外が暑くて嫌になっちゃうね」
「魔道具の一つくらいは持ってきても良かったですね」
「うん、水の魔道具だったら冷やすことができたんだけどね」
朝は涼しいくらいで戻る時もそこまでの暑さは感じなかったのだが、お昼に近くなって太陽が南の天辺に近づいてくると途端に暑くなる。
それでも決めた以上はやりきりたいし、ここで寮に帰ったらまた暑い思いをすることになる。少しだからって労力を無駄にはしたくないからあと僅かの林まで歩を進める。
「日陰に入ると急に涼しくなるね」
「やっぱり太陽がの下にいると暑くて困ります」
太陽の熱で温められた空気が風となって林の木々をそよそよと揺らしている。太陽の光が届かないからドケと罵っているようだが、木々はそれを関係無いとばかりに葉っぱをなびかせ枝を揺らして立っている。
風を起こした太陽の光さえも自分がすくすくと育つためにに使っているのだから、力がもっと強く耐えきれないくらいになって出直さないと太陽と風に木々を倒すのは無理だ。
上から照らす太陽の光は木々が満遍なく自分のものにしようと枝を広げて葉っぱを多く大きくしている。それでもこぼれ落ちてくる光はあるもので、その光は高くまで伸びた木の下にいる草たちのご飯になっている。
誰にも取られず地面に届いた光は、整備された散歩道の土の上でヒラヒラと踊っている。
私たちが進む先を示す道標のようでもあったが、それ以上に自由で楽しく踊っているのを見ると私も踊りたくなってしまい、うろ覚えのステップと陽気な歌を体が勝手に踊ってしまう。
「―――――――――ッ」
明来も静かについてきているが、ポツリと妖精みたいだと言った。
妖精は楽しく踊るこの子達だと思う。私はそれにつられて踊る人間の小娘に過ぎない。
だからこのまま、ステップを踏み続けて歌を歌い続ければ、いつかは妖精が別の世界へと連れて行ってくれるかもしれない。
辛いことから開放されたせいかもしれない。つい現実味のない事まで考えてしまう。
夏の暑さで辛かった場所から抜け出して涼しい林まで来たせいかもしれないし、面倒な学校が終わって一休みつけるせいかもしれない。
詳しいことを知ろうとは思わない。そうしたら折角の開放感が窮屈な思いに戻ってしまうと分かっているからだ。暑いものは暑くて、涼しいものは涼しい。
「―――」
「―――」
私も明来も声を出さない。
耳に聞こえる音は自然が奏でる音色ともう一人の足音さえあればそれで十分だ。
樹木に限らず植物は人間には聞こえない僅かな音を発している。一つ一つは小さくか細いものでも沢山の植物が集まれば、それは植物の音として私たち人間の耳に届く。
風に揺られて葉っぱや枝が擦れ合う音、虫たちが自分はここだと鳴らす音に混じって、本当に僅かだけど聞こえてくる。
匂いだってそうだ。
景色だってそうだ。
空気だってそうだ。
地面だってそうだ。
生き物たちが長い年月を掛けて作り上げてきた結晶がここにはある。
どこが一番優れているかなんてものはない。ここは素晴らしいものだと知れれはいいのだ。
「良い気分転換できましたね」
「最後に相応しい物だったんじゃないかな」
「また今度、冬休み前にでもしますか」
「決めておくとなんか特別感が薄れる感じがするから遠慮しとくよ」
「じゃあ、また今度いつか行きましょうね。」
「う〜ん、今日は深い所まで回って学園を一周したから時間が掛かったけど、浅い場所までだったら朝の特訓に使ってる人とかもいるくらいで簡単に散歩できるよ」
「朝は紫を起こさないとなので、夕方にでもしますかね」
「夏休み明けになるけどね」
「覚えてますよ、それくらい」
散歩にかなり時間を浸かったせいで、明来の母親が来る時刻が直ぐそこまで迫っていて大急ぎで最終確認をしてお別れをした。
「それではまた!」
「じゃあねー」
「また会いましょうねー!」
一週間もしたら慎の家?で会うのに大袈裟なお別れだったけど、明来らしくて笑ってしまった。
「ふふっ」
「こんなに仲良くなるなんで思わなかったわ。生き物っていうのは得てして変わるものね」
後ろから足音が聞こえてきて誰かと思って後ろを振り返った。
「母か。そんなに意外だったのか」
「過去が足を引っ張って話しをする人さえつくらなかったものが、たった一学期で親友を作るなんて思わないわよ。特別同士気が合うのかしら」
「私は特別じゃないよ。特別な場所で生まれて、その場所では少し優秀だっただけで」
「でも、今ここに居る」
「運が良かっただけだよ」
「それでもよ」
そうなのかな、私には分からない。
私がここにいる理由は私が明来とお別れをしたかったからだけど、私が生きてここにいるのはただそれしか思い浮かばないからだ。
死にたいとは思わないけど生きる意味もない。
魔法は虚しく響くだけで仲間の居場所を知らせてくれるわけではない。
「・・・仕事は終わったの」
「いいえ、まだよ。休憩室から娘の姿が見えたから来てみただけ。いけなかったかしら?」
「意地が悪なー、って思うだけだよ」
「侵害ね。娘の幸せは出来る限り考えているというのに」
「そうですね〜」
はあ、来なくてよかったのになんで丁度良く休憩しているのかな。
嫌な気分にはならないけど、良い気分でもない。
膿をほじくるような真似をしてくる人だけど、それは趣味で楽しいからだけじゃなくて治療のことも考えた上でやっているのが質が悪い。
「仕事は後どのくらいで片付きそうなの?」
「終業時間と同じ」
「そっか。・・・訓練場にいるね」
「ええ、待ってなさい」
日が落ちかけて空が少し茜色になった頃、母が迎えに来て家に帰った。
涙