第92話 暮夜
アザミ、ダチュラ、そして“唸る男”――その三人の姿が、闇の中からふっと掻き消えた。
煙のように。まるで最初から存在しなかったかのように。
「……チッ」
エーデルは、小さく舌打ちをした。
彼の眉間には珍しく皺が寄っていた。唇も、わずかに引き結ばれている。
焦りとは違う。だが、それは確かに想定外だった。
「連れていかれた、か。いや……自分で選んだのか?」
夜の空気が、ひどく静かだった。焚き火だけが、まだ細く火を揺らしている。
まるで、さっきまでそこにいた三人の存在を惜しむように、赤い光を吐き出していた。
エーデルは肩越しに一瞥をくれた先に、もう一人の存在があった。
――カルロ。
地面に横たわるその体は、いまだ意識を取り戻していない。
呼吸はかすかにある。だが、それだけだ。夢の底に沈んだように、まったく動かない。
エーデルは歩を進める。
その足取りには迷いがなかった。
そして、意識の戻らないカルロに手を伸ばした。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
目が覚めた瞬間、冷たい風が頬を撫でた。
そこは、夜の森だった。
土と苔の匂い。湿った空気。聞き覚えのない鳥の声が、どこか遠くで鳴いていた。
「……ここは……?」
目を凝らすと、すぐそばにダチュラの姿があった。服の裾を握る手はまだ、震えていた。だが、無事だ。それだけで、少し息がつけた。
……けれど。
「……いない、あいつが……」
あの“唸る男”の姿が、どこにもない。あれほどの異物が、消えた。まるで霧のように、痕跡も残さず。
私は、嫌な予感がして、周囲を見回した。
すると――
「……待って、これ……」
「অন্ধকারে ডুবে থাকা, অদৃশ্য」
彼は、真剣な眼差しで私を見ているだけだった。
そこには、カルロとダチュラと一緒に来た、私が初めてこの世界に来た野原が広がっていた。




