第87話 ネタバらし
少し苦みのような焦げた石の匂い。崩れた玉座。灰色の空。
その中心に、二人の影が対峙していた。
イグニスは深く息を吐く。拳に、もう力はあまり残っていない。
“焔闘者”としての力も、限界が近い。
だが――目の前の敵、“欠落者”も同じだった。
何度も交わされた刃。無数の火傷と裂傷。にもかかわらず、その構えには一片の揺らぎもない。
「まだやるかよ……このクソ剣士バケモンが」
イグニスが血の混じった唾を吐き捨てた。
“欠落者”は、静かに剣を構えたまま呟いた。
「散々な言いぐさだなぁ。それより口を開くんじゃなくて、もっと本気で来なよ。……そろそろ、演技も疲れてきた」
「……は?」
その言葉に、イグニスの目が鋭くなる。だが“欠落者”は、どこか軽い口調で続けた。
「ほら、君ってさ。どこかで“これ以上は殺さない”って決めてるだろ? 拳の重さが、さっきからずっと甘いよ。そんな焔じゃ、誰も焼けやしない」
イグニスは何も返さない。ただ、拳を握る力を強めた。
「……はぁ、もういっか」
彼は、深いため息と共に肩の力を抜いた。そして、まるで雑談でもするかのような口ぶりで言った。
「僕はね、ある友人に頼まれて、君らと戦ってるだけなんだよ」
イグニスの眉がぴくりと動いた。焔が、再び灯る。ぼろぼろの拳に、確かな炎。
「そんな事で、この国に火をつけたのか?」
声に、怒気が混ざる。
“欠落者”は肩をすくめた。
「違う違う、勘違いしないでよ。火をつけたのは君たちだ。“あの王”が姿を消し、セリーヌが玉座に向かい、君がここで僕とぶつかった……全部、自分たちで選んだ道さ」
その目が、まっすぐにイグニスを見据えた。
「僕はただ、ひとつの“余白”を作っただけだ。――この国に、これまでなかった“隙間”をね。そうすれば、何か変わるかと思って」
「ふざけんなよ」
イグニスの声は低く、震えていた。
「人が死んでる。
街が焼けて、国が崩れてんだぞ。……それを、“余白”なんて軽い言葉で済ませんじゃねぇ」
焔が爆ぜる。激情が、拳に宿る。
“欠落者”は、静かに構えを取り直した。
「じゃあ、止めてみせなよ。“そのマッチ”でさ」
イグニスは一歩踏み出す。焦げた床が軋む。
「止めてやるよ……全部な。お前も、この国の崩壊も。――この拳で、この焔で!」
次の瞬間、二人は再びぶつかる。
焔と鋼が、砕けた王宮の空に火花を描いた。




