第84話 焔闘者vs欠落者 その1
焔が、歩いていた。
正確には、その中心に立つ男――イグニスを中心に、世界が燃えていた。
彼の一歩ごとに、床はひび割れ、赤熱し、気流が逆巻く。抑えられたはずの魔力が解放され、空間そのものが軋んでいる。
“欠落者”の目が、ほんのわずかに細められた。
「……“焔闘者”か」
声に、初めて“評価”の色が混ざっていた。
イグニスは答えない。ただ、セリーヌの前に立つ。
「下がってろ、セリーヌ。お前は、もういい」
その声には、怒りも、焦りもなかった。ただ静かに、事実だけを伝える響き。
セリーヌは、しばし沈黙する。そして、ぽつりと呟いた。
「……あの御方の命令か?」
「いや、違う。俺の意志だ」
イグニスの目が、“欠落者”を見据える。焔がその周囲をうねるように纏い、全身から放たれる圧力が玉座の間を満たしていく。
だが、“欠落者”は笑った。
「炎は、未来を焼けないぜ?」
刃が、再び変形を始める。今度は長槍のように細長く、鋭く、時間そのものを貫くかのような軌跡を描く。
「それはどうかな」
イグニスが、左手を上げた。
瞬間、爆ぜた。
床が跳ね、玉座の間全体が衝撃で揺れる。烈火の柱が、天地を貫いた。
“欠落者”の姿が煙に呑まれ、一瞬、全てが焔に包まれる。
セリーヌが目を細めた。
その中心にいるのは、まぎれもなく――怪物だった。
人の姿でありながら、灼熱の権化。抑え込まれていたイグニスの本性。
「お前は未来を消せると言ったな」
炎の奥から、イグニスの声が響いた。
「ならば、俺は“今”を焼き尽くして、お前を倒す!」
“焔闘者”と“欠落者”。
二つの極が、今、交差する。
それは、未来と現在の戦いだった。




